2発見! みるくちゃん!?

 少し肌寒い4月の風が、浩太の頬を撫でる。桜も、もう、散り始めていた。


「ったく、父さんの道楽には、ホント迷惑してるんだからね」

 ぶちぶちとつぶやき、家の敷地から道路に出ようとして……。

「ひっ!」

 浩太は舌をかみそうになった。

「な、何これ……」

 家の前の道路に、野郎が3人倒れていたのだ。しかも、どいつもこいつもタコ殴りされたようで、虫の息である。


(え~っ、通報、通報した方がいいの?)


 と。


「……ひっく、う、う、ひっく」

 門柱の陰から、女の子のしゃくりあげる声が漏れ聞こえてきた。

「……もしかして」


 ゆっくりと門柱に近づくと……いた!


「ねえ、キミ。もしかして、みるくちゃん?」

 少女が、びくうっ! と肩を震わせ、振り向くところまでは確認できた。が、その後の動作は見えなかった。

「へ?」

 浩太の左頬を鋭い疾風がかすめ、顔が持って行かれそうだった。いや、実際、髪の毛数本はやられていた。


「な、なななな……」

 少女がパンチを放った体勢で、こちらを睨んでいた。涙目で……。

「ひっく、だ、だぁれ? あたしをどうするつもり?」

「どど、どうもしないよ。ぼくは──」

「あ~っ!」

 訝しそうに彼を観察していた少女の顔が、瞬時にほころんだ。

「浩太~っ!」

 言うが早いか、どうっ、と浩太のみぞおちあたりに凄まじい衝撃が走る。

「ぐ、ぐえええっ!?」

 彼女を腹で受け止めながら吹っ飛ぶ浩太。

 刹那、地面に激しく衝突するや、轟音が響き、土煙が辺りに舞い上がった。



 もくもく……ふぁさー……。


 視界がクリアになっていく。



「ああっ!? 浩太~、死なないで~! びえ~んっ!」


 そこに現れたのは、まさに阿鼻叫喚……。


 馬乗り状態の少女が、浩太の頬を張る!

 2発、3発……いや、まだ……続くのか!?

 殴られる度に、彼の体がびくんびくんと、痙攣しているようだが……。


「こ・う・たーっ!!」

 今までのはジャブだよ? そう言わんばかりに大きく振りかぶったところで、浩太は跳ね起きた。

「ここ、殺す気か~っ!」

「ああっ、ごゔだ~、よがっだああ~」


 ベアハッグ。


 まさに、グリズリーも真っ青だ。


 彼女が、そのか細い腕に微かに力を込めただけで、ベキバキ、とさわやかな朝に似つかわしくない音が、庭に響くのだった……。


「ぎぎ、ギブギブギブうぅ!? ……あぁ……」


 そして、少女の腕の中で、浩太は息絶えた?


「ん? んんっ? ああっ! 浩太あっ!?」

 犠牲者が白目を剥いているにもかかわらず、彼女は躊躇なくそれを地面に叩きつけると、再びマウントポジションを!

「いだーっ!? って、やめやめ! マウントダメ! ノーマウント、OK?」

 背中を襲った衝撃に目覚めるや、たまらず叫ぶ浩太である。

「お、おっけー!?」

 鬼気迫る警告に、少女は素直に立ち上がり、浩太に手を差しのべた。

「ふ~、死ぬかと思った……」

 その手を借りて立ち上がった彼は続ける。

「で、キミが、みるくちゃん?」

「うん、あたし、みるく!」

 言ってその場で、くるり、と回ってみせた。


 少したれ気味な目。その大きな瞳は、うっすらと青みがかっている。気の強そうなつんとした鼻筋に、小さな口には不敵な笑みがはりついていた。


 そして、巌の言った通り、ポニーテールをまとめ上げている大きなピンクのリボンが、透き通るようなホワイトの髪にとても似合っていた。


 その小柄な身体を見れば、たしかに浩太の通う坂崎さかざき高校の女子制服が、装備されている。それは、ベージュのブレザーに、紺と緑を基調にしたチェックのミニで、結構かわいいと評判だったのだ。


 あ、ちなみに、まぶしいおみ足に装着されている白のニーソは、学校指定ではありません!


「……」


 確かに身長のわりには、お、おっぱいが……少し大きいように思えた。


(さ、さきっちょに、ボタンが……?)

「あーっ! 浩太もエロおやじとおんなじ顔してるーっ!!」

 軽蔑の眼差しが、浩太を貫く!

「あ、あううっ! ちち、ここ、これは違うのっ!」


 だが、何も違わなかったのである。


「そそ、それよりみるくちゃんは、どうしてぼくの事知ってるの?」

 浩太は劣情を振り払うかのように、必死の形相で話題を変えた。

「ん~、エロおやじがね、浩太の事、色々教えてくれたの!」

 そう、彼女には、彼のデータがインストール済みなのだ。

「へ、へえ~」

「うん! 下僕だから、好きにしていいってっ!」

「……へ、へえ~」

 クソおやじぃ! そんな憎しみに満ちた表情だった。


「ねえねえ、浩太は弱いんでしょう?」

「ま、まあ、強くはないかな?」

「ふ~ん。じゃ、ボコるね? ね?」

 みるくちゃんが、うれしそうに指を鳴らす。

「何でーっ!?」

「あたし、わりゅだからっ! ……あ! わわ、わるだからあっ!」


 思い切り噛んでしまった彼女は、悪には全く見えなかったわけで……。


「わ、わるかあ……」

 こんなヒールキャラ、いたっけ? と思いつつ、再度話題を変えようと頭をフル回転させる。


「あ! そういえば……みるくちゃん、あそこの道でのびている人たち、知ってる?」

 ふと視界に入った、いまだに道路に転がっている野郎どもを指さす。

「……う、うん」

 なぜだか急に、しゅん、とする。そして。

「あのね、あたしがお外に出ようとしたらね、急に声かけてきたの。なんか、遊びに行こうって……」

(朝っぱらからナンパかよ……こいつらのスルー、決定!)

「そっか~、それは怖かったね〜」

 いいながら頭をふんわりとなでなで。

「え、えへへ~」

「でも、みるくちゃんは、こいつらぶっ飛ばすくらい強いのに、なんで泣いてたの?」


 そこで、またお顔が曇った。


「……え、えとね、あたし……人見知りがはげしくて……ここ、コミュ障? なの」

 うるうると浩太を見つめる。

「だ、だから知らない男の人に声かけられて、怖かったの……」

「そうだったんだ」

 肩を小刻みに震わせている彼女を、いつくしむように見つめ返した。

「だから、浩太をボコらせて?」

「え? どういう流れでそうなるのっ!?」

 聖人の微笑みから一転、鬼の形相が、みるくちゃんを非難たっぷりに睨みつけた。


「うー、じゃあ格闘技のお稽古しよ~?」

 だが、彼女も負けてはいない。ぷっくりと頬を膨らませて、おねだりである。

(……稽古くらいなら、死なないかな?)


「わ、わかったよ」

「わ~い!」

「で、どんな稽古をするのかな?」

「うん! ぱんちの練習~」

「パンチの練習か~」

 そう言って、みるくちゃんが構える。浩太もギクシャクと、その隣で構えた。


「えいっ!」(小パンチ)

 めぎゃっ!(樹齢50年程の立派な松が、半分にへし折られた!)

「ひっ!」


「やあっ!」(中パンチ)

 ドガアっ!(その左隣にあった大きな庭石が、空中に打ち上げられた!)

「あひゃあっ!?」


「どおうりゃっ!」(大パンチ)

 カッ! ドゴォオオンっ!!(それが爆散し、粉々になった破片が降り注ぐ……)

「……」


 パンチの練習だけで、牛原家の庭は大惨事だった……。


「みみ、みるくちゃん? やや、やめようか?」

「えー、なんでー?」

「おお、女の子がこんな事、危ないよ?」

「そーかなー? あたしの頭の中、こういうことばっかりなんだけどー」

(の、脳筋、脳筋だあ!)

「みるくちゃん、格闘技よりも、おもしろいこと教えてあげようか?」

「いらなーい」

「そういわずにね、ね?」

「じゃあ、聞いたげる」

 彼女は言葉とは裏腹に、興味なさそうに俯いた。


「みるくちゃんは、恋愛って知ってる?」

「……知らない」

「あ、あのね、恋愛って、おもしろいんだよ~?」

 彼女いない歴=年齢の浩太が、もっともらしいことを言う。

「へー」

 が、やはり、響かないようだ……。


「恋愛……それは、男と女の勝負でね? 駆け引き? が面白いんだ?」

 どこの受け売りだろう? しかし、浩太はここでミスを犯していた。


「勝負!」

「そう」

 気づかずに相槌なんか打っている。

「駆け引き!!」

「そう」

「恋愛って、格闘技なんだね!」

「そう……え?」

 あながち、間違えてはいなかった。

「そっか~、やるぞ~っ!」


 ばばばっ! と両腕をせわしなく動かし、腰を落とす。そして、左腕をゆっくりと前に突き出し、右腕は落とした腰のあたりでためを作るように静止した。

「はあああぁあぁあっ!」

 みるくちゃんの右掌から、何やら気? のような物が溢れ出し、輝き始めた。


「刮目せよ! 必殺の……みるくびーむっ!!」


 左腕を後ろへ素早く引き、その反動で右腕を突き出す。その掌から、一気に解き放たれた真っ白な閃光が、走る!


 ずびゅううぅううむ!!


 ……なんだかえっちに感じてしまうのは、自分だけだろうか?


 そんなみるくびーむが牛原家の家屋に直撃し、文字通り激震していた。


「……」

「ねえねえ浩太! 恋愛の特訓しよ~!!」

「え? 特訓?」


 呆然としている浩太に、満面の笑みのみるくちゃんが迫ってきた。その右拳が思い切り後ろに引かれる。


「とう!」

「あ……」


 そして、浩太は浮遊感に包まれた。

 刈り取られる意識の中で、みるくちゃんの邪悪な笑みが、煌めいていた。

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