12話 平和ボケ

『12話 平和ボケ』

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「現代人は平和ボケしている」


誰だったか、そう指摘された事がある。

まるでそれが悪であるかの様に。


戦争を経験していない世代は危機感が足りない、と。

確かにそういう面もあるのだろう。

しかし、この平和ボケした社会は過去の人々が夢みた未来に限りなく近いとも思うのだ。


争いとは無縁の世界。

子供達が笑って暮らせる世界。

そんな幻想郷。


もちろん事実とは異なる。

平和ボケして見えていないだけで、真に平和な訳では無い。

ただ……


平和ボケすら出来ない世界なんて滅んでしまえ!

そうは思わないかい?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「本当に大丈夫なの?」


「あ、はい」


 先生に案内されたのは、2ーBのプレートが掛かった教室。

 ここが私のクラスらしい。


 憶えの無い場所だ。

 いや、いくら私の記憶があやふやだと言っても流石に自分のクラスぐらい覚えている。

 ……はず。


 言い切れないのが何とも情けない。

 が、数えるほどとはいえちゃんと登校はしたのでこれは自信がある。

 確かA組だった気がする。


 それが、いつの間にかB組に……


 プレートを再び確認するも、相変わらず2ーBと書いてある。

 見間違いではない。

 単に憶えてないだけならともかく、この年で幻覚とか妄想の類は勘弁願いたいのだけれど。


 そもそも、私は1年生だったはずだ。

 これは間違いない。

 流石に学校に一年以上通っておいて、その記憶が飛ぶなんてことは無いだろうし。


 え、無いよね?


「えっと、ここ私のクラスじゃ無いような……」


 先生に確認する。

 自分の記憶に絶対の自信があるわけでも無いので、何とも情けない聞き方になってしまったが。

 ちょっと驚いた様な顔をされたが、丁寧に説明してくれた。


 初め、先生が私を連れてくる教室を間違えたのかと思ったのだけど。

 そんな事はなかった。

 どうやら、一年間サボっていた間に私は退学になってないどころか進級していたらしい。


 2年生になって、クラスも変わった。

 ただ、それだけ。

 実に単純な話である。


 つまり、ここが今の私の教室って訳だ。

 何もしなくても自動的に進級するなんて初めて知った。


 私にとっては初耳だったが、義務教育ってそういうものらしい。

 結構、常識のようだ。


 しかし、面白い発見ではある。


 ほぼ、まるまる一年学校に行かなかったのに、

 授業を受けていないのに、

 なぜか中学2年生になっていたって言う……


 そして、この先生は私の担任の先生だった。

 なるほど、だから私の対応してたのね。

 進級してクラスが変わってるなんて思ってなかったから、そんな可能性考えもしなかった。


 時間的に、学校も授業中だったから。

 てっきり、たまたま手が空いてる先生が対応してくれていたものだと。


 でも、これでちょっと見覚えがあった理由も分かった。

 多分、前は1年生の他のクラスの担任だったのだろう。

 同学年のクラスの担任なら、確かにギリギリ憶えていそうな感じもある。


 しかし、私がうろ覚えだった担任とクラスメイト達。

 彼らはもう担任でもクラスメイトでも無いらしい。

 と言うことは、ほぼ役に立たないであろう私の淡い記憶が本格的にゴミと化した訳だ。


 もともとゴミみたいなものだったろってのは禁止だ。

 私はまだ若い。

 年寄り扱いはちょっと心に来るものがある。


 まぁ、ここが私のクラスだと言うなら何も言うまい。

 別に前のクラスに何か未練があったわけでもないし。

 単に、人生最後の学校というイベントをこなしに来ただけだ。


 先生が手伝おうかなんて言って来たが、手伝うってなんだ?

 ただ教室に入るだけでしょ?


 別にいらないと断りを入れる。

 悲しそうな顔をされた。

 どうやら何かミスったらしいが、今日はずっとバットコミュニケーションだったのでもう今更だ。


 中に入ると、教室って言われてイメージするのとは違う席の並びをしていた。

 席を動かしお昼の準備をしていたらしい。

 この学校、給食はなくお弁当なのだが教室で食べるのがルールだ。


 そう、お昼だ。


 おかしいな、学校に行くと決めた時はまだ10時を過ぎたぐらいだったんだけど……

 時間を気にせず生きていたせいだろうか?

 この一年の間に、変なだらけ癖でも着いてしまったのかもしれない。


 私が学校に着いたのは四限目の途中だった。

 中途半端な所から入りにくいでしょって事で、お昼からクラスに来る事になったのだ。

 私としては、先生と2人っきりの応接間もどっこいだと思うけど。


 自分の席につき、お母さんが用意してくれたお弁当を食べる。


 あ、そうそう。

 2年生になって一度も登校していなかったのに、私の席は普通にあった。

 学校って行っても行かなくても変わらないんだね。


 授業受けなくても勝手に進級するし、

 一度も登校した事ないクラスに自分の席が用意されてるし、

 多分、このまま2度と学校に来なくとも卒業するのだろう。


 この味、久しぶりに食べたな。

 どう考えても出来立ての方が美味しいとは思う。

 でも、冷めたお弁当も嫌いではない。


 特に、お弁当箱に入れられたこの手のお弁当は。

 きっと、味の問題じゃないのだろう。

 退屈な学校生活で、私の五感を刺激していてくれていたから。


 いわゆる思い出補正ってやつ?

 ちょっと違うか。

 でも、似たようなものだ。


 一年も間が空いちゃったからね。

 懐かしくはある。


 私が教室に入ってから、チラチラとクラスメイトからの視線を感じる。

 当然だろう。

 昨日までいなかった人間が教室に混ざっているのだから。


 入学してすぐ学校来なくなった人間のことなんて覚えてるわけない。

 それが、何の説明もなく教室に入ってきてずっと空席だった席に座りお弁当を食べている訳だ。

 気になって仕方がないのだろう。


 何たって、お母さんも忘れかけていたほどだしね。


 先生はなぜか覚えてたみたいだけど。

 いや、電話来てからチェックしたのかもしれない。

 担任な訳だし。


 とにかく、クラスメイトからすれば不審者一歩手前の存在。

 かろうじて制服を着ているからセーフ判定なだけだ。


 あぁなるほど、手伝いってそういうことか。

 お願いすれば先生が私の代わりに説明なり何なりしてくれるつもりだったのだろう。

 任せておけばよかったかな。


 流石に、今から自分で説明する気にはなれない。

 そもそもどう説明したものかって感じだし。

 多少鬱陶しくとも、視線を受け入れる方がマシだ。


 と言うか、どっちみち無意味な気もする。

 多少説明したところで、どうせ注目はされてしまうだろうし。

 ならこの状態の方がいいのかもしれない。


 話しかけては来ないし実害はないのだ。

 ほぼ初対面みたいな相手にずけずけ行く勇気、日本人にはない。

 シャイな国民性にバンザイだね。


 結局、ただ居心地が悪いままお昼が終わった。


 午後の授業は体育らしい。

 体操着なんて持って来ていない。

 当然、見学である。


 体育館。

 その端っこで体育座り。


 ボールを突く音。

 どたどたと走り回る足音。

 振動が床から伝わる。


 あ、シュート外した。


 ……


 私は、一体何をしに来たのだろうか?


 お弁当だけ持って学校に来て、

 プロでもないただの素人のスポーツを眺めて、

 空の弁当を持って家に帰って、


 学校に弁当を食べるためだけに来たみたいだ。

 ピクニックで学校とか……

 私としては非常に不本意である。


 不本意ついでに、楽しみもパーだ。

 この授業で、誰かターゲットにちょうどいい様な人物の名前なんて出て来るとは思えない。

 流石にこのまま先生を殺すのは、ちょっとどうなのだろうか?


 ま、一度決めた以上実行はするが。


 あぁ、なんて勿体無い。

 せっかくの最後の学校なのに。

 これでいいのかな?


 そんなことを思いながらも、下駄箱まで来てしまった。

 授業は途中抜け。

 やっぱり最後のって希少価値に釣られただけ、学校自体が退屈極まりない事に変わりは無い。


 あ、そういや私の靴置いてあるのって職員室の方の玄関じゃん。

 スリッパを返すのも向こうだし。

 学校に来て微妙に取り戻した勘のせいでこっちに来てしまった。


 ……ついでだ。

 上履きぐらい履いてから帰ろうか。

 もう履く機会も無いだろうし。


 私の靴箱を開け、中に何枚か封筒が入っていた。


 え?

 これって手紙、だよね?


 なんで私の靴箱に手紙が。

 しかも、代わりに上履きが無くなってるし。

 持ち帰った覚えはないんだけど。


 果たして、手紙と上履きってトレードオフなのだろうか?


 変な疑問が頭に浮かぶが、当然そんなわけはない。

 学年が上がって靴箱の場所が変わった時にどっかいったのだろう。

 勝手にそう納得することにした。


 しかし、この手紙はなんだろう。

 ずっと来てなかった私宛に?

 それよりは、間違えて入れたとか無作為に選んで放り込んだってのの方が納得出来るが。


 そうでもないとおかしいでしょ。

 まさか、一年前に少ししか学校来てない相手に用があるわけもないし。


 それにしても、学校でここまで手紙が流行っているとは知らなかった。

 字的に男子だろう。

 しかし、男子が私に手紙ねぇ。


 適当に1枚開けると、『体育館裏に来てください』の文字。


 これ、呼び出しってやつ?

 体育館裏か。

 人気のないところに呼び出して何をするつもりだろうか。


 やることといえば、締めるみたいな?

 なら無作為に手紙を放り込む行為にも多少は理解できる。

 べつに締めかえしてもいいんだけど……


 ただ、うちの学校ってこんなヤンキー学校だっただろうか?

 数回しか来てないから語れる様な事はないが。

 少なくともそんな雰囲気は感じなかったのだけれど。


 しかし、学生相手はコスパが悪いんだよねぇ。

 絶対大した金持ってないもん。

 相手してやるだけ時間の無駄ではある。


 ま、これも運命ってやつかもしれない。

 先生殺すだけじゃ退屈だしね。

 私の目的はあくまで快感、お金は副産物だ。


 そりゃ、あるに越したことは無いけど。

 目的と手段を間違えてはいけない。

 殺しを継続するためにお金が必要なのだ。


 他の手紙も開けていく。

 体育館裏とか、屋上とか、人目のないそれでいてテンプレ的な場所への呼び出しばかり。

 男子共、ヤンキー漫画の読み過では?


 仕方ない。

 多少付き合ってやっても、


『好きです、付き合ってください』


 ……、なるほど??


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔法少女『シリアル☆キラー』 哀上 @429Toni

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ