11話 常識的に考えて

11話 『常識的に考えて』

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常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションでしかない。


常識的に考えてという文言。

それは自分の中の偏見をもとに思考しているに過ぎず。

違う偏見を持つ相手に通じる言葉ではない。


偏見を集めている途中の子供にとって……

昨日獲得した偏見は、今日には常識に置き換わっている。


そして、その偏見を元に行動するのだ。

正解なのか、間違いなのか。

そもそも、それを誰かに批難する権利があるのか。


例え、どんなに極端な偏見であったとしてもだ。

本来批難されるべきではないのだろう。

だって、常識的に考えて正しい事なのだから仕方がない。


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 制服に袖を通す。

 これを着るのもほぼ1年ぶりか。

 学生にあるまじき所業だ。


 部屋の前に置いてあったお弁当を持って家を出る。

 家出をする前、何度も往復した覚えのある学校までの通学路。

 ただ、その頃とは景色が随分違う気がする。


 別に私が成長したとかなんだって話じゃない。

 中学生の今は成長期真っ只中のはずだが、生憎なことに私はあまり大きくなるタイプじゃなかったらしい。

 体格は一年前とそう変わらないはずだ。


 今は平日の真っ昼間。

 学生は本来学校にいる時間である。

 そりゃ、新鮮に映るはずだ。


 見覚えのある街並み。

 でも、歩いてる人間も違ければ開いている店も違う。

 それだけで全く違って見えるのだ。


 この時間、学生が好きに出歩ける祝日や長期休みとも異なる。

 本来は学校に行ってるはずの間の外の景色。

 この街に住んでいた私が知らなかった、この街の別の姿だ。


 1年近く学校に行っていなかった私は、間違いなく真面目な生徒ではない。

 が、その間この街で遊んでいたわけでもなく。

 学校に行ってない期間はそもそもこの街にもいなかったのだ。


 だから、これは新鮮と言うべきなのだろう。

 今見てるのは、特別ではなく新しいのでもなくただ単に見る機会が無かっただけの街並みだ。

 同じ道なのに、時間が違うだけでこうも別物に見える。


 昨日、青年に声をかけられたのを思い出す。

 財布に万札が1枚も入ってなかったあいつ。

 あそこも訪れる時間によって、全く別の顔をみせる場所だった。


 ここやあの場所が特別だって事もないだろう。

 どこもそうなのだ。

 むしろ、常に同じ景色の場所があるなら見てみたい気もする。


 都会のコンクリートジャングルでも、

 自然豊かな田舎でも、

 流れる時によってその顔は180度に近い形で豹変してみせる。


 そんな何にもならない事を考えながら歩いていたら、あっという間に学校だ。

 登下校なんて無駄に長くて怠いだけの行為だったのに。

 無駄な思考に脳のリソースを割いていたせいか、今日は不思議と退屈しなかった。


「あ、……おはようございます。七音さん」


 校門近くに人が立っているのは見えていた。

 特に気にしていなかったが。

 向こうから私の名前を呼んで話しかけて来たって事は、知り合いなのだろう。


 どう考えても同級生って年齢ではない。

 そもそも、授業中だろうし。

 多分、学校の先生か何かだと思う。


 思い返してみれば、多少見覚えがある気がする。

 クラスの担任とかではなかったと思うけど。

 入学して、ほぼまともに通ってないので記憶が曖昧だ。


 よく私だって分かったものだ。

 先生からの認識は、私からの先生への認識より薄いはずなのに。

 生徒は教師よりずっと数が多いのだから。


 教師をやるような人間は違うって事か。

 人を教え導こうっていう人種だ。

 子供に、人間に興味のある人が多いのだろう。


 少なくとも、私みたいに人をそう簡単に忘れたりはしないのだ。

 私の場合、青年の顔もおっさんの顔も忘れかけ。

 昨日殺したばかりだって言うのに、なかなか酷い記憶力である。


 この先生、たまたまここにいたってことはないはず。

 用事もないだろうし。

 私以外の生徒が登校してくるような時間でもない。


 わざわざ、私のことを待ってくれていたって事だろうか?

 お母さんが何か連絡でもしたのかもしれない。

 そんなに特別扱いしてくれなくてもいいのだけれど。


「おはようございます」


 一応、挨拶を返す。

 挨拶が何たらかんたらって話を学校でされた覚えがある。

 あれは小学生の頃だったっけ?


「よく、がんばりましたね」


「は、はぁ……?」


 それは、挨拶の返として適当なのか?

 よくわからない。

 なんとなく会話が噛み合っていない気がする。


 別に、何かを頑張ったような覚えはないのだけれど。


「ありがとう、ございます?」


 少なくとも褒められてはいるようだし、これで問題ないだろう。

 会話なんてものが上手く行った試しはないのだ。

 いちいち悩んだところで答えなど出る訳ないし、時間の無駄だ。


 返しが適当なのかなんて疑問。

 相手は教師だ。

 きっと適当なのだろう。


 私の方が間違っているのだ。

 自覚はない。

 でも、理解はしている。


 これまでも、上手くやってるつもりではあるのだけれど。

 ずっと、空気を読めない子扱いである。

 世の人間は一体どこでコミュニケーション能力なんて特殊なものを手に入れているのだろうか。


「大丈夫? 学校には入れそう?」


「あ、はい」


 もうコミュニケーションに関しては諦めることにした。

 こうやって話が噛み合わない時は、どうやったって噛み合わない。


 先生に連れられるがまま、校門をくぐる。

 学校自体は見慣れたものだった。

 まぁ、この時間は本来学校にいるのが普通だし、1年前の私もそうだったから当然なのだけど。


 ただ、下駄箱ではなく玄関の方へ案内された。

 記憶は曖昧だが、少なくともそこから私が出入りしていなかったことぐらいは覚えている。

 これだけを切り取るなら、またこの学校も新鮮ではあるか。


 外側からこうやって入ったのは初めてだ。

 私がこの玄関を使う機会があるとすれば、せいぜい掃除をする時ぐらいだろうか?

 案内だけされて、実際にした覚えはないが。


 ……何も覚えていないと思っていたが、実際学校に来ると結構思い出すものだ。

 先生の顔も見覚え自体はあった訳だし。

 私の記憶力もそこまで捨てたものでは無いのかもしれない。


 まぁ、クラスメイトの顔とか担任の顔とかは結局朧げなのだけどね。

 この先生の顔も見覚えある気がするってだけだし。

 これじゃ、多少はマシ程度で本当になんの役にも立ちはしない。


 スリッパが並べてある。

 まさか土足のまま上がるわけにもいかない。

 履き替える。


 先生の後を続き、ぺたぺたと廊下を歩く。


 どうも慣れない。

 別にスリッパを履き慣れないって事はないはずなのだけど。

 ホテルではずっとスリッパを履いていた訳だし。


 なぜだろう。

 妙な違和感がある。


 学校といえば上履き。

 そんなイメージが強いせいかもしれない。

 一種の固定観念だ。


 中学はほぼ通っていない。

 でも、小学校は丸々六年間通ったのだ。

 そりゃ違和感も覚えるか。


 むしろ、ここ最近は上履きの方が触れていないはずだが。

 それでも、か。

 幼い頃に身に付けた常識は案外強力なものらしい。


 まぁ、そういうものなのだろう。

 別に学校でスリッパを履くことに違和感を感じるからって、何か困るってこともない。

 ただ現在進行形でちょっと変な気分ってだけだ。


 先生が教室に入る。

 応接間のプレートがかかった部屋。

 初めて入った。


 この部屋にって事は、私はお客さん扱いなのだろうか?


 退学になっているのだとしたら。

 確かにその対応なのかもしれないけど……

 え、違うよね?


 学校に行くのお母さんに止められたりはしなかったし。

 目の前の先生にも、別にそんな風な対応された気はしなかったけど。

 何故、この部屋に通されたのだろうか。


 先生が鍵をかける。

 2人っきりだ。


 学校って扉の鍵閉めたりするんだね。

 初めて知った。

 あれって付いてるだけで使わない、ただの飾りだと思ってたよ。


「それで、七音さんはどうしたい?」


「……?」


「このまま教室に行っても大丈夫? 行きづらかったら、例えば保健室に行くって選択肢もあるけど」


 てっきり、何かオハナシでもはじまるのかと。

 勝手にサボっていた訳だし。

 そもそも、今日だって学校に遅刻して来た訳だし。


 そのためにこの部屋に通されて、鍵まで閉めて。

 どれほど怒るのかと思ったけど。

 全くもってそんな雰囲気ではない。


 当てが外れた。

 ダメだね。

 私の予想って全然当たらない。


 で?

 保健室って……

 何故に?


 少なくとも、退学になってたりしない事は確かだ。

 退学になった人間相手に教室に行く選択肢は出てこないだろう。

 ただ、保健室って選択肢を提示されたことが疑問ではあるが。


 別に体調が悪い自覚はない。

 そんな相談をした訳でもないし。


 もしかして、不健康そうに見えるのだろうか?

 確かに色白な方ではあると思う。

 日が傾いてからの活動が多かったせいか、この一年でさらに白くなったし。


 でも、最近は好きなものを食べてる。

 適度に動いてもいるし。

 一年前よりも、肉付きとしてはいいはず


 自分で言うのもなんだが、健康的な女の子の範疇だ。

 じゃないと男が釣れないだろうし。

 これは客観的な視線もあるので結構自信がある。


「えっと。……教室に、行きます?」


 よくわからないけど、とりあえず断っておいた。


 この断り方でいいのかは不明。

 本当に会話が噛み合わない。

 ここまで噛み合わないのも珍しい。


 普通に教室に行く。

 それ以外の選択肢ってないでしょ?

 そのために学校に来たのだし。


「無理はしないでね」


 ちょっと驚いたような表情。

 そして、優しく言われた。

 教室に行く事は無理してる事なのだろうか?


 ……本当によくわからない。


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