煌めく瞳

黒星★チーコ

全一話 🌈👀✨


は口ほどに物を言う』


 こんなキャッチコピーをつけて、エクスフール光学社より新しいコンタクトレンズのテスト販売が大々的に開始された。

 従来のカラーコンタクトレンズを進化させたもので、これを装着すると瞳が虹色にきらめく。その光の波長は独特で、装着した人間とまっすぐに目が合うと好感を持つようになっている。

 いや、好感を持つと言うのはオブラートに包んだ表現だ。平たく言うと一瞬だけ恋してしまうのだ。


 道具によって他人の心を掴むというのは倫理上問題があるのではと懸念されたが、目線を外した瞬間に効果は無くなるし、対策として波長をカットするメガネも無料配布する事にした。

 何より、今この国の懸念事項の一つである少子化対策になるだろうという大義名分でなんとかテスト販売に漕ぎつけることに成功したのだった。

 しかし、蓋を開けてみれば結果は真逆だった。


 カラーコンタクトレンズを使用するのは若者が多い為、若い恋人達や夫婦が増えて出生率が増加するだろうという触れ込みだった。だがレンズを装着した人は老若男女問わずに半数以上がナルシストになってしまったのだ。

 コンタクトレンズをつける時にはまっすぐに鏡を見る事が殆どだ。ましてや対策用のメガネをかけたままレンズをつける人などいない。レンズをつけた途端に鏡の中の自分にうっとりして他人と恋をするどころではなくなり、鏡と一日中一緒に居る人が続出した。


 慌てたエクスフール光学社の経営陣はテスト販売を中止しようとした。

 しかし最初のテスト販売で購入した人の殆どが販売継続を求めた。また、その中に実際に恋(略奪愛含む)を実らせた人もいた為、購入できなかった人々の『ずるい』『奪われた恋人を取り戻したい』『夫が鏡ばかり見ているのでもう一度私を見てほしい』といった声が頻出し、結局販売を継続することになった。


「フフフフフ。素晴らしい!」


 エクスフール光学社の開発担当主任はスキップでもしそうなほど機嫌良く社内を歩いていた。その後ろを彼の部下が軽く眉根を寄せてついていく。


「……でも主任。やっぱりマズイんじゃないですかねえ。ナルシストの独身者が増えたせいで来年の出生率は下がるって予想がでましたもん」


「新たな対策として、カメラとディスプレイが一体になったデジタルミラーの使用を推奨しているじゃないか。カメラ越しの映像ならコンタクトレンズの効果は無いんだから」


「あれ、主任が一昨年開発して全然売れなかったオモチャみたいな商品じゃないですか。……それに立体ホログラムミラーも売れませんでしたよね」


「そうそう。あれも僕の素晴らしい商品だが世間には理解されず在庫の山だった。しかし、ナルシストになったユーザーが自分の姿を立体で見たいと言う要望が多くてね。今や在庫は無くなり増産が決定したよ!全て計画通りだ!!ハハハハ」


「……やっぱり主任は最初からそのつもりだったんですね」


「私は昇進間違いなしだし、以前から社員持ち株制度で持っていたうちの株価もウナギ登りだ。君も覚えておくがいい。成功するには先を読む目が必要なんだよ」


 部下は暫く難しい顔をしていたが、ポツリと言った。


「……成る程。良く覚えておきます」



  * * *



 確かにその年の婚姻率、翌年の出生率は減少した。しかしその翌年からは前々年を上回った。つまりV字回復し、僅かに増えたのである。


 きっかけはSNSを活用する若者世代だった。

 コンタクトレンズの効果はカメラの映像越しでは効果がない。

 画像編集アプリを使用しSNS上で所謂“盛った”写真をアップしフォロワーを集めていたインフルエンサーは、コンタクトレンズ使用者に『前は可愛いと思ってたけどそうでもない』『鏡で自分を見てる方がマシ』と酷評され、多くの仕事を失った。


 彼、彼女らは本アカウントで『レンズを付けてる自分をもっと好きになろう☆』と題して表情の作り方や目以外のパーツのメイクの研究、ダイエットや整形を薦める方向等にシフトチェンジしつつ、裏アカウントでは『コンタクトの力に頼るなんてダサい』『もう古い』とネガティブキャンペーンを始めた。


 ネガティブな方が他人には伝わりやすい。特に、それが面白おかしい場合は覿面だ。

 ある日動画サイトにアップされたひとつの動画が一気にバズった。


 コンタクトレンズを付けた女に迫られて目を合わせないように逃げ回るイケメン。彼が自分の後ろをデジタルミラーで確認しながら逃げる姿はとても滑稽だった。

 すぐにギリシャ神話になぞらえた『現代のメデューサとペルセウスwww』というコメント付きで動画が拡散され、コンタクトレンズのマイナスイメージに大きく影響した。


 『コンタクトレンズは、異性を無理やり手に入れる為ではなく、自分と自分を好きな人の為のもの』


 いつの間にかそんな価値観が徐々にSNSを通じて浸透する。

 常に波長カットのメガネをかけ、本当に愛する者同士が二人きりになった時だけお互いのメガネを外すのが最高にクールかつ燃えるという主張をする人が増えた。そうなると恋人同士はより深く結び付き、二人きりの場所を求める。ホテル業界は上向き、また結婚や同棲をする人が増えた。


 また、人々は目以外の美容をはじめとした自分磨きに非常に敏感になった。

 もともと自分の容姿にコンプレックスがあった人もコンタクトレンズの力で自分を好きになり、自信をつけてもっと美しくなろうとする。結果、美男美女の比率が以前よりも増えた。また、見た目だけでなく内面に気を遣う者も増えた。


 コンタクトレンズのブームが終わっても、世間は変化を続ける。

 美男美女の比率が増えた事と内面の良さに価値を求める人間が増えたことによって、見た目の美しさだけ優れ、歌や演技などの実力がないアイドルや俳優は仕事が減った。

 彼らは若く美しい間に結婚するようになった。彼らのファンは涙を流しつつも、自分の身の丈に合った幸せを探し、恋人を作る。有名人による結婚ラッシュで若いうちの結婚に対するイメージも良くなり、さらに婚姻率が上昇した。


 ただ、若い世代を中心に婚姻率は上がっても、子供を作るには金銭的な問題が大きく立ちはだかる。

 しかしちょうどその頃、謎の篤志家による【子育て基金】が設立され、子育てへのサポートが増えたことにより出生率も増加したのだった。



  * * *



「―――――ふう。今日はこの辺で止めとくかな」


 男はパソコンの株取引画面を閉じた。有り余る金を使いお遊びでやっていた取引だが、その額面は凡人が半生をかけて稼ぐほどの金額である。


 男はエクスフール光学社の開発部門の元部下だった。

 あの後すぐにエクスフール光学社を辞め、社員持ち株制度で持っていた株をほぼ最高評価額で売り抜け、退職金と併せた有り金全てを化粧品と美容関係の株に突っ込んだ。

 あとはちょっとした工作をしただけだ。最初はSNSでナルシストになった人のフリをして“盛った”インフルエンサーを酷評するコメントを入れてみた。


 あっという間に彼のコメントに追随する人が増え、後は見ているだけで“盛った”画像の人達は人気がなくなった。

 次に、その人気が無くなった元インフルエンサーに裏アカウントでコンタクトレンズを敵視するようなメッセージを送った。

 例のバズった動画も、男がエキストラを使って作った映像だ。

 それだけで世間は大きな波のように動いていった。


 現在の彼は化粧品会社やスポーツジム、エステ、ブライダルやホテル事業、子育て用品を企画販売する会社等を多角経営しつつ日々株取引で儲けている。

 今やこの国でも有数の大金持ちだができるだけ表舞台に出ないようにしている。

 あの【子育て基金】も彼によるものだ。


「しっかし、こんなに全部上手く行くとは思わなかったよ。成功するには先を見る目が必要って教えてくれた主任に感謝だね……あ!お礼に大株主になっちゃおうかな」


 コンタクトレンズのブームが終わり、エクスフール光学社の株価はほぼ元に戻っている。彼の資産をもってすれば、株の半分近くを保有することは不可能ではない。

 再びパソコンの画面を見つめる男の瞳は、モニターから発される光を反射して煌めいていた。

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