第2話 星未の場合
「悪いが今日は帰らせてくれ」
ホテルのロビーで私を待たせていた彼は、電話から戻って来るなりそうきり出した。
「今日は一緒にクリスマスを過ごすって言ってくれたじゃない」
私の抗議に彼は目を伏せながら言う。
「妻から急に家に帰ってくると連絡があったんだ。僕たちの関係がばれるとまずい」
彼が結婚しているなんて初めて知った。結婚指輪だってしてなかったのに。そう言いたかったのに、その言葉を口にしたら全て壊れてしまうようで口に出せなかった。
「私だって、親にはクラスの友達とお泊まりパーティーだって言ってるんだよ」
私は彼の左腕を掴んだが、彼は右手でゆっくりと私の指を引き剥がす。
「本当にごめん。埋め合わせは今度するから」
彼は両手を合わせて拝むように一礼すると、ホテルを出て行った。
私はホテルのロビーを出ると、渋谷駅に向かって歩き出した。川沿いの通りには黄金色の街灯が光のすだれのように続いている。彼の腕を掴みながらこの道を通ったのが遙か昔のことのようだ。
私がバイト先の店長だった彼と付き合いだしてから一年になる。親切に指導してくれた彼に惹かれたのだが、付き合い始めてからも経験不足の私を優しく導いてくれた。大学受験のためにバイトを辞めてからも、連絡を取り合ってホテルで会っていた。私たちはこのまま続いていくと疑ってなかった。なのに、彼は私を騙していた。何か考えようとしても、頭の中に光が詰まっているように真っ白で何も浮かばない。
私は駅前に立つクリスマスツリーをぼんやりと見つめた。ツリーの前では待ち合わせしていたカップルが歓声を上げ、プレゼントを手渡している。
私だって手焼きクッキーのクリスマスプレゼントを持ってきていた。彼にリクエストを聞いた時、「食べ物がいい」と言われたのも今なら分かる。奥さんに私のことがばれるとまずかったのだ。
ツリーの中央には金色の星が輝き、色とりどりのLED電球が点滅している。私にとって彼はあの星だった。いつか私だけの星になって側で輝いてくれると信じていたのに。
私はクッキーの入った包みをカバンから取り出し、握りつぶした。その時だ。
「
私は振り向いた。クリスマスケーキの箱を手に持った夏夜が立っている。
「ドタキャン。
「あたしもだよ。これから一緒にケーキ食べない?」
夏夜の言葉に私はうなずく。彼がいなくても、私は一人ぼっちじゃない。ようやく前に進めそうな気がした。
おわり
クリスマスケーキとクリスマスツリー 大田康湖 @ootayasuko
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