ふたり  後編

 翌朝、私は両親に付き添われ、指定された時間に警察署へ行った。


 通されたのは、昨日と同じ小会議室だ。昨日と同じ婦警さんが、すでに準備を整えて待っていた。


 十五分ほど待っていると、昨日の刑事さんが入ってきた。


「それでは、はじめます。まず、昨日の内容なんだけどね。一晩たってみて、間違っているところや、訂正したいところはありませんか?」


 私がないと答えると、刑事さんは少し考えこんだ。


 しばしの間の後、刑事さんは一通の封筒をテーブルに載せ、私のほうへと滑らせた。封筒には見慣れた筆跡で、『友紀へ』と書かれている。


「雪希さんの遺書です。一通はご両親宛て、もう一通のこれは君宛てでした。捜査の必要上、中身は確認ずみです。どうぞ読んで」


 私は頭を殴られたような気がした。そうだ、遺書があることぐらい気付くべきだった。私は震える手で、その手紙を開いた。






『友紀、ごめんね。

 あたしは友紀に謝らないといけないことが、たくさんあります。あたし、友紀と友達になれて本当に嬉しかった。おばあちゃんになって、死ぬまでずっと親友でいたいって思ってたんだ。

 でも、あたしは友紀を裏切りました。高校に入ってから、あたしのタイム、急に伸びたよね。あれはたぶん、ドーピングです。練習効率を上げる薬と言われて、コーチからもらった錠剤を定期的に飲んでいました。たぶんっていうのは、きちんと確認できなかったからです。成績の伸びが良すぎて、ちょっとおかしいんじゃないかって薄々気づいたけど、そのときはもう止められなかった。だって、勝つ快感を知っちゃったから。絶対、誰にも負けたくなかったから。もっと正直に言っっちゃうと、止めたら友紀に追い抜かれそうな気がしたから。

 友紀は前に、あたしにあと十メール追いつけないって悔しがってたよね。あの十メートルは素質の差でも練習の差でもなくて、ドーピングの差です。ズルをしたかどうかの差だと思う。他の子はあたしにだったら負けてもしょうがないって感じだったけど、友紀だけはラスト勝負まで粘って食い下がったよね。あたしね、毎試合ビクビクしてたんだよ。今回こそ、友紀に逆転されるんじゃないかって。

 ドクターの話だと、あたしの体はもう限界らしいです。ドクターはドーピングのことを知らないから、変なドラッグをやってるんじゃないかって疑われました。これ以上やると、日常生活に支障が出るだろうって。

 自分勝手だけど、今のあたしは友紀を心から応援できそうな気がしません。このまま陸上を辞めて、友紀が活躍する姿を見るのは耐えられない。嫉妬なんだと思う。そういう自分がすごく嫌です。中学生のころに戻りたいな。ただ一緒にいて、同じことをしてるだけで楽しかったのにね。

 最後に友紀に直接謝ってから、あたしは自分がやったことの責任を取ろうと思います。本当にごめんなさい。大好きだったよ、友紀』





 私は、なにも知らなかったのだ。ドーピングのことも、そのことで雪希が深く思い悩んでいたことも、私に対する雪希の思いも。

 大切なことは、なにひとつ知らなかった。気づけなかった。


 私が読み終えるのを待って、刑事さんが口を開いた。


「調べた結果、雪希さんの着衣の背中部分からは、指紋や掌紋は検出されませんでした。最近は技術が進歩してね、布地からも調べられるようになったんですよ。つまり、雪希さんは誰にも背中を触られてはいない。コーチにも事情聴取しました。ドーピングの件について、全面的に認めています。自殺だった、というのが、われわれ警察の結論です」






 あのとき。

 雪希の背中を目の前にして、私は確かに手を伸ばした。


 でも背中を押す最後の一瞬、私は思わず目をつぶったのだ。

 三年間、届かなかった背中に届くはずだった私の両手がむなしくくうを切り、驚いて目を開けたとき、雪希の姿はもうそこに無かった。


 あまりにも惨めだった。私にはもう、何も残っていない気がした。


 せめて、嫉妬心で醜く歪んでしまった私自身を、殺人犯として罰したかった。だから自首した。


 でももう、それもできない。

 雪希に謝罪することも、つぐなうことも、永遠にできないのだ。この、言葉では言い表せない、胸をえぐるような、心臓を突き刺されるような気持ちをいつまでも抱え続けていくことが、私に課せられた罰なのかもしれない。


 雪希はあのとき、屋上でなんて言っただろう。

 いくら思い出そうとしても、思い出せなかった。






 私は釈放された。


 警察署から出ると、まだ十一月だというのにひとひらの雪が舞い降りてきた。今年の初雪だった。


 雪希に会いたい。


 私は暗い空を見上げ、大声で泣いた。

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ふたり 旗尾 鉄 @hatao_iron

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