ふたり
旗尾 鉄
ふたり 前編
白菊と白百合に囲まれて、親友の
黒い額縁の中、セーラー服のスカーフの赤さが目をひく。
お坊さんの読経の声を聞きながら、私は焼香を終えた。
喪主席に一礼する。
雪希のお母さんは、目が真っ赤に腫れていた。
葬儀場の外に出る。
あたりはもう、薄暗くなりかけている。
私はその足で警察署に向かい、自首した。
私が通されたのはテレビドラマで見るような取調室ではなく、小さめの会議室のような部屋だった。私は高三だけど、まだ誕生日前だから未成年だ。そういうことで配慮されたのかもしれない。
お父さんぐらいの年齢の、スーツを着たの男の人が私の向かいに座った。私の隣には制服姿の婦警さんが座り、こちらに画面が見えない角度でノートパソコンを開く。
「お名前は堀林友紀さんですね。では、落ち着いて、詳しい話を聞かせてください」
男の人の声は、想像していたよりずっとソフトだった。
私は深呼吸してから、言った。
「私、友人の富士沢雪希さんを殺しました。校舎の屋上から、突き落としました」
私と雪希は、親友だった。
小学校は違っていたけど、中学校で同じクラスになったのがきっかけだ。
彼女は
私たちは、二人そろって陸上部に入部した。
タイムが伸びたといっては喜び合い、大会で予選落ちしたときには慰めあい、励ましあった。
私は初めて、親友と呼べる人に出会ったのだ。
私たちは、同じ高校に進学した。スポーツ活動が盛んな高校だ。
高校に入学すると、雪希は才能を一気に開花させた。陸上部のコーチが元実業団駅伝で活躍していた人で、その指導がぴったり合っていたのだと思う。
雪希はタイムをどんどん縮めて、自己ベストを連発するようになった。大会でも好成績を収めた。
でも私は、そんな雪希を見ても、中学時代のように素直には喜べなくなっていた。
一緒にクラブやってて楽しいね、では収まらない気持ちになっていたのだ。もしかすると、それが成長するってこと、大人になっていくってことなのかもしれない。
私は悔しかった。置いていかれたくないと思った。
雪希に勝ちたい。その一心で、私はひたすら練習に打ち込んだ。雪希が二時間練習したなら、私はさらに三十分延長。雪希が十キロ走りこんだら、私はさらにもう一周追加。
雪希の存在は「親友」から「ライバル」へと変わっていたのだ。
そんなのおかしいと思われるかもしれない。友達であることと、競い合うことは別だと。親友同士で切磋琢磨すればいいと。
もちろん、そんなことわかってる。それが理想だ。でも、私の心はそんなに器用じゃなかった。練習が終わったら切り替え、なんて簡単にはできない。
猛練習の成果か、私のタイムも徐々に上がっていった。いつのまにか、私はエースの雪希に次ぐ、サブエースになっていた。才能の雪希と努力の友紀。ダブル・ユキは最強コンビ、なんて言われたりもした。
でも、そこまでだった。
いくら足掻いても、雪希を追い抜くことはできなかった。あと三秒、あと十メートルが、どうしても詰められなかった。届かない雪希の背中をずっと見続けて、私は高校時代の三年間を過ごしたのだ。
私は嫉妬した。
同じ名前なのに。親友だったのに。どうして雪希だけなの?
大会前になると、雪希の調子が悪くなればいいと思うようになった。
嫉妬なんて汚くて惨めだってわかってたけど、雪希が悪いわけじゃないってわかってたけど、自分でもどうしようもなかった。
あの日。
高校駅伝の県予選まで一か月を切っているなか、私は雪希に校舎の屋上へ来てほしいと呼び出された。練習はオフの日だった。
放課後、屋上に行くと、雪希はもう先に来ていた。
屋上のふちに立って夕焼け空を眺めている雪希の後ろ姿はとてもきれいで、そのきれいさに私はまた嫉妬を感じた。
私が近づくと、雪希は一度振り返り、微笑んでから、また夕焼け空のほうを見た。なんとなく軽く扱われた気がして、私の嫉妬は膨らんだ。
私は雪希のすぐ後ろまで近づいた。雪希は静かな声でなにか言ったけど、なんて言ったのか覚えていない。聞いていなかったから。
私は目の前の、雪希の背中を見つめていた。
三年間、一度も届かなかった背中を。
その背中へ向けて、私はゆっくりと両手を伸ばした。
「なるほど。そうやって、後ろから両手で突き落とした、というわけだね。間違いありませんか?」
確認する刑事さんに、私は頷いた。
「わかりました。時間も遅いし、今日はここまでにしましょう。明日また話を聞かせてください」
警察署の玄関ホールに、両親が迎えに来てくれていた。父は刑事さんに深々と頭を下げ、母は泣きながら私を抱きしめてくれた。
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