Part 2

 わたしたちは、閑散とした組織の本部のなかでも、特に暗くて静かな部屋に通された。そこで待っていたのは有栖アリス宮崎ミヤザキという鳥だった。茶色の髪の毛を後ろで束ねて結っており、頬にはそばかすがある。彼女は特例上位ランカーとは別の意味で有名人だった。有栖アリスが苗字で、宮崎ミヤザキが名前だ。日本語を知っていればそのおかしさに一瞬で気づくほどひどい。

「ようこそおいでくださいました」

 有栖はあいさつを済ませるとすぐ本題に入った。

「本部からの指示を伝えます。上天山脈に出現した擬態型ディズ、偽音イツワリノオトに接触し、情報を収集してください。作戦開始日時および参加者に関する情報はこちらの通りです」

 有栖アリスの配る資料は、どれもカナタイプライターで作成されていた。そして等しく極秘の赤い判が押されている。全部、彼女の手作りという気がした。彼女は、いま試験を受けたら実技で落ちるという風聞が立つほどの、典型的な非戦闘要員だ。戦場には出ない。普段は絵物語の執筆をおこなっており、つまりわたしの読んでいる本の一部を作っている立場だ。そんな人間なので、外部にもその存在を知られていない、はず。だからかどうかわからないけれど、こうした極秘作戦の最終伝達役によく駆り出されている。重要情報を保持していると、監視を兼ねた保護を受けられるので、組織に所属して長いにも関わらずランクCでとどまっている有栖としては都合がいいのだと思う。

「現在までに知られている情報では、対象の行動範囲は上天山脈を境界線として、それより北側に限定されています。また、出現時には他の災害級ディズと同様、コンタクト受容体に作用するタイプの頭痛を引き起こすことが確認されています」

「ということは、お姉さまが確認したということですわね?」

「そういうことです」

 わたしは黙っていた。こういうとき、素早く挟める口がない。

偽音イツワリノオトが持つ基本能力は、周囲にいる小型ディズを変形させて、自分自身の攻撃用・防御用端末として使役するというものです。接敵したスカウトからの報告では、小型ディズに直接触れることで不定形化させ、それから自身の欲するものに変形させているように見えたそうです」

「そういう相手は、いままでにいませんでしたわね。似ているのは土台ツチノウテナかしら」

「強いて言えばそうでしょう。ディズを生成される前の形に戻し、再生成していると考えれば、土台ツチノウテナが持つ機能に近いことをやっていると言えなくもありません。ただ、確証はありませんね。傍から見れば便利な機能ですから、他の個体がその能力を備えていないことにも疑問があります」

「予断を抱かぬ方がよいということですわね」

「現時点では、その姿が特例上位ランカーである蜘蛛崩しの緋音によく似ていると報告されています。ですが、そのことも疑ってかかった方がよいでしょう。もしかすると人間の形でさえもやめている可能性があります」

「頭に入れておきますわ」

「とりあえず、最後に目撃された際の姿を見ておいてください。もちろんアイズオンリーです」

 有栖は極秘の紙を一枚追加した。これも手製と思わしき絵だが、かなり出来がよかった。鏡で見る自分の姿と重なってみえるほどだった。違いとして、色合いが全体的に緑がかっている。それと、身体が全体的に丸っこい印象だ。ふくらんでいる、とも言う。どうやら模倣能力が完璧でないらしい。標準的な鳥の体型に寄せている感じがする。なんだかイライラした。ディズにまで自分の体格の不完全さを嘲笑われている気になったから。もちろん、気のせいだろうけど。どれもこれも近くに紅石がいるせいだ。比較対象がいると、普段は考えなくていいことを考えるはめになってしまう。

「現在、作戦領域内で作戦参加者以外の人間を見つけた時は、即時攻撃する許可が出ています」

「相手が他勢力でも?」

「そうです」

偽音イツワリノオトの存在を他勢力に知られないようにしたい、という本部の意図は了解しましたわ。できれば理由も知りたいのですけれど」

「そこまではわたしにも」

「詮索はやめておきましょう。くだらない秘密を抱え込んで、自分の身を危うくするのは愚かですから」

 わたしも紅石の態度を見習って、余計なことは聞かないでおくことにした。詳細な作戦計画書を読み、そこに書かれている指示を守ることの方が大切だ。本部が情報を隠すにはいつもそれなりの理由がある。他人にくだらないと非難されるような秘密であっても、理由とセットで聞けばきっと納得できるはず。

 資料には作戦参加者の名簿が含まれていた。目を通す。見知った名をいくつも見つける。ユイ。久遠雫。そして、アリア。

「このランクDは?」

「秘匿戦力候補と聞いています」

「会って確かめろと」

「支部の情報は山脈を越えないものです」

「南の情報は逆ですのに」

「それが本部の方針ですので」

 有栖の言葉はどこか空々しかった。なんでそう感じたのは説明できない。まるで悪びれる様子がなかったからだろうか。ただの情報伝達役にしても、自分が役に立つ情報を持っていないときにもうすこし申し訳なさそうにするんじゃないだろうか、とか。どことなく引っかかるところがあるな、という程度だけど。

 わたしも紅石も、読み終えた資料を有栖に返却した。

「無事に任務が遂行されることを祈ります」

 彼女はわたしたちの顔をひとつずつ覗いた。

「当然、成功させますわ。キラメキを持つ者として」

 堂々とした態度だ。わたしにもこんなふうに胸を張れる未来があったんだろうか。考えてみたけれど、紅石のようになれる道筋が現実になるとは思えなかった。そんなこともあるから、彼女といっしょにいるのがいつまでも苦手だ。


 紅石と共に行動することになると、主導権は握られっぱなしになる。それで困ることはないので、わたしはおまけのように黙って彼女についていく。で、即日本部から去ることとなり、エスペラントで一泊してから上天山脈への道に入った。

 上天山脈を越える経路のなかでも、エスペラントからつづくものがもっとも整備されている。山脈のなかでは比較的標高の低い山が連なる部分を東西に蛇行しながら北上していく。道となる部分は目の細かい砂利でがっちりと固められており、草が入り込みづらくなっている。そして標高が高くなると植物の量が減っていって、雪がちらつくようになる。道はやがて土を掘り返して固めただけの簡素なものへと変化していく。積雪があるとどこにあるのかわからなくなってしまうので、背の高い木の杭がところどころに打ち込まれている。新しかったり年季が入っていたりと見た目はまちまちだ。

 途上にはいくつかの中継基地が設けられている。木と石で構築された砦のような場所で、組織の拠点としての機能を小規模ながら備えている。量や質を求めなければ仕事を受けることもできるから、路銀が尽きたときなんかにはいいと思う。

「久しぶりにお姉さまと会えると思っていましたけど、時期が合わなかったようですわね」

 紅石の言うお姉さまというのは、煌翡翠以外にいない。ランクAとしては組織でもっとも有名であり、どうして特例上位ランカーでないのか不思議なほどだ。彼女の影響力は、キラメキという姓を持つ上位ランカーが多数存在することからも知れる。

 紅石はちょっと時間ができると、いつも翡翠の話をする。バリエーションが無数にあって、毎回違うエピソードを口にするから感心する。翡翠にそれだけの逸話があることもすごいと思うけれど、その場にいる鳥に合わせてまだ話していない物語を的確に選び取ることができる紅石の記憶力がすさまじい。

 紅石のなかの翡翠お姉さま像は、鳥たちの間で知られている翡翠のイメージとだいたい一致している。戦闘能力は控えめだが、洞察力と判断力に優れており、共に戦う味方を生きて返すことを重視している不思議な鳥。才能のある者には特におせっかいを焼きたがり、それがきっかけとなってキラメキを見い出された鳥が多くいる。その筆頭が煌紅石というわけだった。

 紅石は常に他人のことばかり話すので、自分自身のことについて言葉にすることは稀だ。だからわたしは、彼女について積極的に知ろうとしないようにしている。身の上話なんかだとはぐらかされそうだし。あんな喋り方してるけど、自分の武勇伝とかひけらかすタイプではないし。会話とかより、並んで仕事をしてる方がよっぽど彼女の人となりがわかる。

 と、思っていたんだけど、道中で予想外の質問をされた。

「そういえばアカネさん。弟子を取ったという話を聞きましたけれど、ちゃんと連絡を取り合ってるんですの?」

 紅石をして、そんなに気になることなのか。意外だった。

 ——取れてない。

「師匠失格ですわね。わたくしを見習って、手紙のひとつでも送っておくべきですわ。独りで健やかに育つような弟子ならいいですけれど」

 ——そうかもしれない。

「いまからでも遅くはありませんわ」

 ——でも、もうすぐ会えるから。

 作戦参加者のリストに名前があったから、わたしはすぐアリアに会えると思ってた。だから手紙なんて必要ない。

「作戦が無事に終わる保障なんてありませんわ」

 ——うん。

 ——だから、始まる前に会う。

「どういうことですの?」

 ピンと来ていないようなので、わたしはアリアの名前が書かれたメモを見せた。

 それで紅石はすべてを察した。

「弟子も弟子ということですわね」

 秘匿戦力候補にまでなってるとは思わなかったし、こんな危険な戦場に出てくるなんて……と嫌な感じもした。でもわたしは、あきれたような表情をした赤髪の鳥の前で、自分の顔がほんのりとあたたかくなるのを感じていた。

 会いたい、アリア。

「その顔、戦場に出る前に直してくださいませ。ゆるみますから」

 おでこをつつかれる。

 多分、お姉さまのことを話す自分みたいな顔をしていて、嫌だったんだろうな。

 わたしは自分の頬を叩いて、元の形に戻そうとした。

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Lilies Under the Aurora - 凶百合の花言葉は〈鏖殺〉 サクラクロニクル @sakura_chronicle

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