極光の声 / Daydream Radio
Part 1
組織の本部は、極光雪原へつづく帰り道のうえにはない。
本部にはあまり知り合いがいない。理由はいくつかあるけれど、支部に比べると本部はなんだかぱっとしない印象があるからかもしれない。新しいものは基本的に極光雪原の支部から出てくることが多いので、組織の最先端は極光雪原にあるとみなされている。逆に最前線の話をしようとすると、今度は南部戦線の手前を移動する拠点のほうが注目される。存命の特例上位ランカーはほとんどがこの南部戦線にいて、人類の生存領域がこれ以上削り取られぬように戦っている。わたしもかつて、そこで戦うことを目的としていた時期があった。すべては巡り合わせだと思う。たったひとり、はじめての弟子との出会いによって、わたしはあっさりとその目的を忘れてしまったんだから。
本部の事務所は閑散としていた。今日の当番と思わしき鳥にメモを見せた。
——兵器開発部の真黒††は、いる?
相手はわたしの顔とメモに書かれた名前とを見て、二回当惑した。
「あの、どのようなご用件で」
おそるおそるという様子で、相手は聞いてきた。明らかに年上の、おそらくは二十歳をすぎている鳥。物理的にはわたしのほうが見あげてる形になる。
——頼んでたことがある。
「わかりました。どこにいるか確認してみます」
ぱたぱたと足音を立てて、相手は走っていった。
ナインステラで使用制限がかかっている技術のうち、どれがなくて一番不便ですかという問いには、いろいろな答えがあると思う。ただ、本部の事務を担当してくれている鳥たちなら、電話と答えそうな気がする。とっくの昔に封印されている電子計算機とその発展形に関してはあきらめがつくだろうけど、線でつながってる電話も、場所によってはだめというのは、ちょっと面倒だろうな。どれもこれも本部が海に近いというのが悪い。
しばらくすると、年上の鳥を引き連れ、野放図に伸びた黒い髪を引きずりながら、白衣の鳥がやってきた。いつもどおり、そして出会った当初と変わらず、彼女は顔が見えないのにいつも笑っているような気配をまとっている。それといっしょに、なんだかよくないものが憑りついているような空気もある。
「ヒヒッ。スズちゃん、おひさ」
そこはとても簡素な場所だ。どこかの企業の地方事務所だといわれれば納得する。近くには標準対物狙撃銃と対ディズ弾頭を製造できる工場があって、簡単な兵器ならそこで試作することも可能。だけど、支部のような設備も素材もない。なので、
彼女の領域には、通常の事務をこなすための机以外にも、会議用の丸いテーブルや、設計に使うための製図台がある。あらゆるものが木製で、金属製といえるのは††専用として緑の輝きを跳ねかえす定規しかない。
「あいかわらずの活躍ぶりでなにより。同期が順調に伸びていてうれしい。こっちもいろいろ捗ってる」
クロガネが用意した適当なコーヒーに口をつける。わたしは添えられた砂糖とミルクを遠慮なくすべて叩き込んで混ぜた。
「頼まれたものは支部に送っておいた。ヒヒッ。御大将がキレてなければ、おもちゃ箱に入ってるはず」
彼女は屈託なく笑っている。と思う。顔が見えない。髪の毛で。彼女はわたしと違って、髪の毛を切っていない。前髪も含めて。ディズが根絶される日まで。
クロガネは、わたしが特例上位ランカーなんてものになってしまったのとおなじ時期、兵器開発部の長である火鑽御大直々の指示により、本部に栄転してきたということになっている。栄転という言葉はいつもどこかに皮肉の属性を帯びている気がする。組織で使われると、余計にそのいろあいが強い。
「最後に送った設計図になんの音沙汰もないのがちょっと心配。そろそろ御大将も時間がないし、焦ってるのかもしれないけど」
そしてクロガネは、こんな話をなんのためらいもなくできる。むかしからそういうやつだった。面接のときも、わたしが「独りで生きるため」というありきたりで無難な志望動機を述べたのに対して、「超兵器を作るため」などということをいったらしい。あと、万事が平均的だったわたしと違い、クロガネはとにかく兵器を作ることにすべての技能が偏っていて、最重要とされる戦闘実技試験において、最低水準をギリギリで下回ってしまった。そのときはまだ
これはぜんぶ、クロガネがぺらぺら話したこと。他人は真偽を気にするかもしれない。でもわたしは、火鑽御大将が黒鉄の話をため息まじりにしたことをいまでも覚えている。だからむしろ、黒鉄が口にしことはかなり控えめな表現だったんじゃないかと疑っている。
「御大将が生きてるうちは、ずっと出禁かもね」
コーヒーがまだ苦い。この話がいつまでも湿っぽくなるように、どれだけの砂糖を投げ落としても黒鉄と飲むコーヒーには苦味が走る。
わたしは迷った。近く、極秘作戦がある。本部で済ますべきもっとも重要な用は、その内容を聞き、他の鳥と共にその作戦を遂行することだった。本部は作戦の存在自体を知られたくない、のだと思う。わたしを呼び出した鳥は「本部からの招集命令です」としかいわなかった。その言葉を伝えるためにひどく緊張した様子だった。まだランクCになりたてという感じの、若い鳥。といっても、きっとわたしとおなじか、もしくは年上もありえるという具合の相手。それがこの伝言ひとつするのに、とても思いつめた顔をしていた。
一言一句間違えずに伝えねばならない「本部からの招集命令」だとすれば、それは「手が空いてるならすぐに来い」だった。「作戦参加要請」みたいに「やって欲しいけど、どうしても嫌なら仕方ない」のような妥協は許されない。
目の前にいる鳥のことを見る。
せめて声が使えたら。声は霧散して消える。メモのように焼くなりなんなりしないと存在を消せないような強度を持たない。そういうものなら、こっそりと相手に伝えることができるのに。
そう、たとえばこんなふうに。
クロちゃん。わたし、実はこれから極秘作戦にいくんだ。
けど、そんな会話をする機会も手段も永遠に奪われてしまった。
「スズちゃん、そういえば弟子が来たんだってね。うちにはそういうの来ないみたい。だからいうんだけど、悔いのないように仲良くするのよ」
思うだけなら無料のたらればが、雪のように降り積もっていく。
「私みたいに独りでも大丈夫なほど、スズちゃんは強くないんだから」
ひたすら苦いだけの黒い液体のなかから、砂糖の甘みを感じとる。カップは空になっていた。
「どうせ本部に呼び出しでも喰らったついでだったんでしょ。ヒヒッ。だからそろそろいっておいで。私の仕事は結局、
本当に、クロガネはぜんぜん変わらない。
もしわたしに声を出す器官が残されていたら。その仮定については、きっとわたしの想像もしていないような悪い未来につながる余地を残してる。わたしは自分の力を過大評価しがちで、それがときに取り返しのつかないあやまちにつながる。身を持って知った事実だ。なにかをする機能があるということは、なにかを実現できることとじかに結ばれてはいないんだから。
——ありがとう。
——いってくるよ。
——元気でね、クロガネ。
文章でさえ、こんな感じ。
声が使えたって、きっとクロちゃんなんて呼びかたはできなかった。
「クロとかダガーとか、適当なのでいいのよ。
あんまり適当に書くと、メメと誤解されたりするんだよ。でもそれは、相手によって習慣を変えられるほどわたしが器用にできていないだけだ。なにもいわずに手だけ振って、わたしはクロガネのいる施設をあとにした。
あらためて本部に出向くと、さきほどクロガネの所在を確かめてくれた鳥が、また別の来訪者の対応をしているのを見た。わたしは急いでそれに合流する。タイミングがずれるとかわいそうだから。
「あら、あなたもですの?」
特例上位ランカー、ふたりめの到着だ。
「だからわたくしが必要、ということですのね」
つやのない黒髪を肩ほどまで伸ばし、その名前のとおり赤い宝石を思わせる瞳を輝かせる鳥。組織の制服で包んでも隠せないほど、恵まれた体型を持っている。恋を意識するようになってから、余計にうらやましいと感じるようになった相手がそこに立っていた。わたしのように偶発事故で力を手に入れたわけではない。自分の意志と努力によって実力と実績を培ってきた本物だ。
「であれば、キラメキの名誉にかけて成し遂げてみせますわ。よろしくお願いいたしますわね、アカネさん」
それが組織最高と謳われる
ランクS、
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