Part 6

 現在遂行中の任務はキラメキさんの判断により強制終了となった。あたしたちの部隊は第三波の襲来前にすこしずつ後退を開始する。

 あたしの月虹げっこうには知らない機能があることが判明した。それは二脚の部分に備えられている。フロートボードには物資をヒモで固定するために使うU字の金具が両端にあるんだけど、そこに二脚のつま先がぴたりとはまり、固定することができた。なんですかこれ。いっさい聞いてないんですけど。

淘金ゆりがねっぽい無茶。でもこれなら引っ張ってもらいながら射撃もできるね。あくまでも理論上はだけど」

 ユイさんがすごくあきれていた。あたしもまったくおなじ気持ちです。

 けど、こうなれば仕方ない。あたしはそれなりの準備をし、糖分の塊を噛み砕いてから、ディズの死骸をなでまわした。

 出発前、キラメキさんが全員に伝達する。

「災害級に近いなにかが接近している。僕が後方を、ユイが先頭を進む。そしてアリアくんには、緊急時の射手を担当してもらいたい」

「あの、それすごく重要な任務のような」

「そうとも! これはきみのような天才でなければなしえないことなのだ」

 ええ……。

「キラメキさまがいうのであれば、アリアさんは天才です!」

「次期特例上位ランカーどのを守れ!」

「おおーっ!」

 すごい士気だ。無理。あたしではこれを冷却することはできない。極光雪原の冷気でも無理なんだから。よってあたしは本当に緊急時の射手になってしまった。

「さきほど判明したように、運搬用フロートボードにはアリアくんと月虹をしっかりと搭載できる。四枚のフロートボードでこれを牽引しながら進行する。後方は僕と四人の鳥で守るから、アリアくんは僕の合図があるまで待機だ」

 そこに輝紗さんが当然の疑問を挟んだ。

「とはいっても、月虹の残弾数は5しかない。それでどうにかできるもの?」

 おっしゃるとおりだと思います。本当に災害級が来たらぜんぜん効かないのでは。

「そこは僕を信じろ。相手はみなが想像している災害級とは違う」

 ユイさんがそこに挟まった。

「同意見。とにかく、みんなは迎撃の必要に応じて通常のディズだけ狙って欲しい」

「ユイさんほどのかたがそうおっしゃられるのであれば!」

 あたし以外はとても聞き分けがよかった。

「アリアくんにだけ重要事項を伝達する」

「そうだね」

 上位ランカーふたりに囲まれた。なんだろう。最近、こんなことばかりだ。

「いいかい。これから出現する可能性があるディズは、かなり特別な見た目をしている。だから僕からの狙撃指示が出たとき、もしトリガーを引けなかったとしても、僕らは責めない」

「……それは、どういう」

 ユイさんが耳元でつぶやく

「そいつは人間に擬態して、小型ディズの群れに紛れてる」

「えっ!」

 ふたりに口を塞がれた。

「もがもが」

「他言は無用に願うよ」

「はっきり観測されるまではね」

 こころを整理する時間が与えられることもないまま、あたしたちは出発した。

 おおよそ一時間くらい経過し、あたしたちはこちらに向かっていたスカウトと合流した。それは前に会ったことのあるひとだった。

シズクではないか。そういえば連帯記念日を祝い損ねたな」

「そんなものだろう、フェイ。おたがい仕事が最優先だ」

「ふっ。それで、用件は」

「例の、で伝わるな。目撃情報が増えている。だから遠距離から観測させてもらうこととなった」

 そのスカウトのひとは、前はひどく冷たい印象だったのに、キラメキさんに話かけるときは、なんだか態度がほんのすこしやわらかくなっているような気がする。

「逃げていい?」

 ユイさんの言葉に、スカウトさんは首を縦に振った。そして冷たくなった。

「指令内容は、できれば接触せよ、だった。好きにしろ」

「そう。了解。じゃあやる。死なないでよ、スカウト」

「それが仕事だ」

 完全に退路を断たれた感がすごい。

 スカウトさんがあたしのことを見る。

 なんか助け船出してくれないかな、という視線を送ってみる。

「こいつがそうか。どう死んでも、報告書には奮戦したと書いてやろう」

 終わりだ。

「では、作戦を開始しようではないか」

「いっておくが、組織はおまえの損失をなにより嫌う。だからフェイ、すこしでも危険と判断したら接敵前でも退避しろ」

 ユイさんが真剣な目つきでふたりに割り込んだ。

「組織の要請には応える」

 キラメキさんがスカウトさんの肩を叩く。

「上位ランカーが三人もいるのだ。僕らならやれるであろう」

「もう一度いっておく。死ぬなよ」

「その役割はこっちで引き受ける」

 ランクの違いは強さの違い。あたしはそれを確信した。大人数のなかに紛れているときにはわからなかった。個々の意志の強さと自信。目だけでなく、全身がそれを感じた。ディズに襲われている時とは違う種類の震えが背筋に走って、だから、このとき本当の覚悟が決まったのだと思う。


 第三波の先頭集団が感知される。全員、フロートボードを近くにスタンバイさせていつでも撤退できる状態だ。

 キラメキさんとそれに帯同する11人は、全員キラメキさんが下がるまで撤退しないということになった。キラメキさんは粘り強く説得したが、全員、キラメキさんが死ぬまで死なないと主張して聞かなかった。

 ユイさんは独立した行動を取る。攻撃開始時はキラメキさんに合わせるけれど、それ以外は自由行動だ。撤退も、最期まで戦うのも。すべて自己判断するという取り決めになった。

 あたしと輝紗さんは、キラメキさんに指示された特異型ディズへの攻撃を試みる。装填されている弾丸は通常のものにあらず。すなわち手品弾5発。絶対に当てる。そいつがどんなやつであったとしても。

 これはディズを殺す最強の武器。すなわち魔弾だ。

 人間に擬態するディズ。

 そんなものがいるなら、絶対に許せない。

 あたしの家族は全員ディズにやられた。

 そのディズが人間の真似事をしようとしている。

 そんなこと、許せるはずがない。

 皆殺しだ。やつらはことごとく殺してやる。

「思いつめすぎなくていいよ。その特異型ディズとやらがどんなものかわからない以上は、攻撃するのも危険だから。撃たなくてもだれも責めない。キラメキも、ユイも。おそらく、クオンもね」

 ランクAのスカウト、シズクさんはあたしたちのずっと後ろにいて、戦闘の様子や敵の形態について情報を収集して支部に持ち帰る。それを専門としている鳥だから、自衛能力はあると思うけど、基本的に戦わない。そして、味方が死のうが必要に応じて即時撤退する。いまのあたしには、その態度が仕事に求められているものだと理解できている。もしあたしたちに大損害が出たとしても、ディズがなにか企んでるなら組織は阻止すべく行動を起こす。

 だから鳥になった。

 だから組織にきた。

 すべての点はいま、明確にひとつの射線となって敵に向かって伸びている。

「よし。有効射程に入り次第、攻撃を開始しろ。僕が遅れても気にするな」

「キラメキさまのために!」

 最初の射撃と当時に、その場にいたほぼ全員がぐらついた。それはあたしのそばにいた輝紗さんもおなじだった。

 まともに立っていたのはあたしとキラメキさんだけだった。

 キラメキさんは攻撃を継続している。淡々と、冷静に。それを見た鳥たちがつぎつぎと立ち上がって攻撃を再開する。輝紗さんはまだ頭をおさえてる。きっと慣れてないんだ。

 ユイさんはいつの間にか匍匐ほふくの状態で銃を連射していた。セミオートマチックの特性を活かした高速射撃だ。銃を発射する際に発生するガスの圧力を使って、ボルトアクションとは違い自動でリロードされる仕組みになってる。ユイさんの技量もあいまって師匠並の速度で敵を撃墜していく。だけど匍匐しているということは他の体勢と違って動きづらい。相手から反撃されたらほぼ確実に頭を消し飛ばされてしまう。

 あたしは音を聞きながら、その光景を眺めていた。

 そして、敵集団のなかにいるそれの影を見た。

 音はだんだんと甲高くなっていく。

「アリアくん! 射撃を許可する」

 了解。相手の形が見えた。それは確かに人間のような形をしていた。頭、身体、ふたつの腕にふたつの脚だ。遠くから見ると色合いが鳥の制服に近い。そういうことをしてくるのか。だったらなおさら容赦することはできない。

 死ね。

 あたしはありったけの情念を込めてトリガーをはじいた。

 輝きが飛翔する。風に揺られ重力に引っ張られ、それでもなお光はねじれながら敵に向かって推進した。絶対に当てる。その一念で狙撃目標への誘導をつづける。

 ひときわ強い音が聞こえた。

 その人影は、近くにいるディズに手を伸ばす。するとディズの形が変形した。まるで傘を広げたように、それは光を放つ盾となる。目標に着弾するまでには、確かに数秒近い時間がある。だけどその短時間でこちらが攻撃をはなったことを察知して行動したっていうのか。

「全弾撃ち尽くすまで攻撃していい。迎撃は任せてくれ」

「取り巻きは殺しておく」

 上位ランカーたちは攻撃態勢に入ったディズを確実に墜としていった。相手は守勢に回っている。だから駆除の速度は追いついていた。

 あたしは次弾を発射する。軌道を横に逸らして。

「どこへ」

 だれかの声がした。どうでもいい。

 要は、当てればいい。

 その弾丸は相手の手前で急激にカーブする。

 体からごっそりと力が抜けていくのがわかる。頭の回転がにぶった。

 それでもやつには当てる必要がある。

 だが、再びディズを犠牲にした盾によって攻撃は防がれる。

 あれは一度につき一体のディズを消費しているようだ。

 取り巻きを全滅させようとすると難しい。

 なら、こうしてやる。

 あたしは自分が倒れることを承知で、魔弾を三連射した。

 撃つリロード撃つリロード撃つ当たれ当たれ当たれ!

 すべてがまったく別の軌道を描く。

 ひとつは右から、ひとつは上から、そしてもうひとつは正面から。

 もはや見ているだけの余裕がない。

 当たれ。やつに、当たれ。

 吹き飛ばしてやる。

 その、身体を。どこか一部でも。

 時間差で、三つの閃光がほとばしった。

 巨大な音がバンドを貫通して、声となって聞こえてくる。

〈あなたは、シックスではないの?〉

 ぼやけていく意識のなかで、それはひどくあたたかな問いかけとして届いてきた。

 ずっと……

 そう、ずっと聞きたかっただれかの声によく似ていたから。

〈こたえて。あなたは、シックスなのでしょう〉

 わからない。そういうあなたは、いったいだれなんですか。その問いが相手に届くことはきっとない。それは一方通行だった。音が広がりつづけている。ディズへの攻撃をつづけているのは、キラメキさんただひとりだけだった。

〈どうしてあなたは、てきとこうどうをともにしているの。あなたはたしかにシックスなのに〉

 これがディズの声だとするなら、すべてが勘違いだ。

 あたしはアリア。

 ディズを喰らうために生まれた。

 シックスではない。

 おまえたちに牙をむく、岩如翼イーターの欠片なんだ。

 あたしは身体を探った。どこかに一発でも弾丸がないかと探した。そして倒れている輝紗さんから一六式を奪った。弾倉から弾丸を引き抜いて一発だけ魔弾に変える。残りからすこしだけディズの力をいただいた。

 これが最後の一発だ。

 リロード。構える。

 消えろ、ディズ!

 弾丸の発射と共に一六式が歪む手ごたえがした。

 死ね、ディズ。

 消えて、しまえ。

 あたしは意識が途切れる寸前まで、そいつの影を想い続けた。


 絶対に許せない。

 その影の正体がわかってしまったから。

 あたしが会いたくて仕方がないひと。

 最強のディズ殺し。

 その資格がないのはわかってる。

 だけどいま、もっとも恋しいあのひと。


 その贋物の影イミテーターは、緋音アカネ師匠にそっくりだったんだ。




*




 あたしたちは全員、無事に生還することができた。

 キラメキさんとシズクさんは、敵の姿を次のように報告した。


 ディズが人間に擬態することを覚えたのは確実である。

 そしてディズはもっとも強力な個人へと擬態している。


 組織は、新しい敵の存在を認めた。

 その名は偽音イツワリノオト

 最強の鳥、緋音アカネの姿を真似る者。


 災害級Dis Astral,模倣者 the Imitator


 そしてこいつこそが。

 そう、こいつのおかげで。

 あたしと師匠は。

 ううん。

 あたしと、緋音は。


 あの未来に続く為、の戦いに挑むことになったんだ。




 偽りの音 / Encounter the Imitator ————END

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