Part 5

 とんでもない集団と雪原に出ることとなってしまった。

 リーダーはランクA、キラメキ翡翠ヒスイ。彼女は試作型の大口径対物狙撃銃を携行していて、小型ディズ駆除任務を兼ねて銃の実戦評価試験をおこなう。さらにそこにランクAのユイさんがおなじ目的で相乗りした。じゃああたしも、と声をかけてみたらおまけで入れてもらえることとなった。状況を観察する第三者として、ランクBの輝紗テレサさんが派遣される。あたしひとりだけランクがDで、突出して低いのがとても気になる。

 さらに気になるのは護衛役。厳選されたキラメキファンクラブ精鋭部隊総勢11名が帯同する。しかも全員古参のランクBときてる。余計にあたしの立場がない。彼女たちはこの試験がほぼ無報酬どころか弾薬費含め経費持ち出しという条件でも喜んでついてくるキラメキさんの狂信者たちだった。

 煌さんは出発前にいった。

「みんな、今回も期待しないでくれたまえ。此度の任務はただでさえ荷が重いのだ。僕のような凡人に白虹は扱えない。にも関わらず、白虹に匹敵する性能の銃を使わなければならないのだから」

 周囲は口々にいった。

「そんなことありません。キラメキさまは天才です」

「それはまさしく、努力の天才」

「逆境の中で、輝く光」

「それに比ぶれば、われらこそ凡人です」

「キラメキさま万歳!」

「キラメキさま万歳!」

 本当についてきてよかったんだろうか。あたしは場違いではなかろうか。

「キラメキさんが天才なのは間違いないと思うよ」

 ユイさんもそう太鼓判を押しつつ、ファンクラブのひとたちに聞こえないようにそっと耳打ちしてくれた。

「先駆入植人類でもないのに鳥になってる時点で天才。この前も土台ジェネレイター破壊作戦で必要な任務をこなして帰ってきたし。あんなふうに冗談めかしてるけど、上天山脈の向こうだと、キラメキがいるかどうかで組織が本気かどうかわかる、なんていわれるくらいの超重要人物だからね」

「やっぱりそういう有名なひとですよね……」

緋音アカネのファンクラブも、キラメキさんの影響が多少はあると思う」

 そんなことを話しているユイさんもランクAというね。どうやってなったのでしょうか。あまり気にしないことにしよう。

「ところでそれ、淘金ユリガネのやつ?」

 ユイさんは、あたしがフロートボードにくくりつけている重くて長い物体を見逃さなかった。布で覆ってあってもどうしようもないですよね。

「そうなんです」

 とても目立ちます。30キロの銃とか、人間がまともに構えて撃てるものじゃないし。バラバラにして戦場に運んで現地で組み立ててもいいとか、まあいわれましたけど。なんかやばそうなのにいきなり出くわしたときとか考えたら、分解されてる銃とかただの重たい荷物なの。色々な意味で怖いから一六式も持ってきたけれど、なんだかんだ、この月虹という銃の破壊力に関してはそれほど疑っていないのです。

 そんなことより、問題はこの銃をどう扱うかです。

 キラメキファンクラブの先導によりあたしたちはスムーズに戦場へと運ばれた。彼女たちの連携はとんでもないレベルに到達していて、他人のあたしからすれば「いまなにかしました?」みたいな微細な動きだけで意志疎通が取れているらしい。

「キラメキさま、予定地点に到達しました」

「防衛態勢」

「キラメキさまの名誉のために!」

「おおげさだね。さて、敵集団到着までの間に戦闘態勢を完全なものとする。以後、自身の安全を最優先に行動せよ」

 キラメキさんはまず荷物を置き、その手前に防寒シートを広げた。銃身の安定は荷物で確保する。ファンクラブのうちのひとりが、近くに立って観測用スコープを置いた。それから風速や温度の情報を声で伝えた。

「ありがとう。おおむね体感どおりだ」

 お礼の言葉のあとに名前を呼ばれると、その鳥は至福の表情で自分の持ち場に戻っていった。一方のキラメキさんは、照準器を覗いて遠距離にあった雪塊を撃つ。銃声が思ったよりちいさい。銃の先端にはマズルブレーキだと思われるものがついてるのに。彼女は照準器に取り付けられてるたくさんの部品をくるくる回して、もう一度射撃した。それを何回かくりかえす。ちゃんとスコープの調整をしているみたいだ。

 彼女の持っている銃はすごくスマートな形をしていた。あたしのとは比べるべくもないし、白虹と比べてもちいさく見えた。そのせいか弾丸を飛ばすためにある銃身が相対的におおきく見える。

「ん。ディズが近寄ってきているな。戦闘態勢」

「了解!」

 え、どこに?

 あたしは気づけなかった。キラメキさんの合図と共に、全員が方向転換をしていた。キラメキさんが号令をかける前に動き始めていたのはユイさんだけだ。あたしもつられてそっちを向き、スコープを覗いてみた。本当にいた。

 戦端が開かれるまでけっこうな時間があった。ディズはこちらを感知していないけれど、蛇行するような軌道でじわじわとこちらに近づいてきている。それはスカウトの観測したディズの予測進路が正しかったことを示している。

「58秒だ。それから射撃開始。僕は先頭から墜とす。再度告ぐ。各員、自身の安全を第一に確保せよ。他人を狙っているディズは気にするな」

「キラメキさまのために!」

 もうこれはキラメキ分隊と呼んでも差し支えない。

「アリアちゃんも自分第一でね。こっちは戦況に応じて柔軟に対処するから」

 ユイさんが冗談めかしていった。彼女も新型の銃器を持ってる。印象は、なんというか、手前が四角い。弾丸を発射する部分から先の銃身のまわりも、やっぱり四角い印象がある。でこぼこしていた。それとなんかボルトが見当たらないような。あ、いや、なんかひらべったいの横に飛び出してる。

 見てる場合じゃない。

 あたしのほうも準備万端。銃本体を安定させてるように見せるため、二脚を使ってる。給弾にはベルトを使う。試作された大型の弾頭を飛ばすため、今回持ってきた弾丸は残念ながら25発しかない。そのため撃ち切ったあとは一六式に切り替えて戦う。おかげで荷物は体積も重量も半端じゃないことになってる。武器弾薬だけで自分の体重を越えてしまっている。ごめんなさい、人間やめました。

 後方にはキラメキファンクラブのしんがりがひとりと、輝紗さんがいてくれる。ひとまず撃つのに集中してよさそうだ。イヤーマフをなでる。全員がつけてるこれは、おおきすぎる振動が伝わった場合に音を遮断する効果がある。その間は声が聞こえなくなる弊害があるので、意志疎通はハンドサインでおこなう。主に月虹の発射音がうるさすぎるせいなので、あたしの近くにいる人ほど甚大な影響を受ける。この銃、本当に要るんでしょうか。

「5セカンズ、3、2——」

 攻撃開始。先頭のディズが一斉に落ちた。それからはバラバラのリズムでディズが狙撃されていく。新型弾頭を使った月虹の威力は、過剰すぎだ。あたしの撃ったディズだけ空中でのけぞってから落下していくように見える。

 あたしは慎重に撃っていった。なにせ弾丸の数が少なすぎるから。ユイさんのアドバイスに従って、より遠くにいるディズから墜とすようにしている。そんなふうにしていると、あたしの撃墜数は自然にすくなくなっていった。

 キラメキさんの射撃はとても安定していて、なにより動作が美しかった。狙う、撃つ、再装填、狙う、撃つ、再装填。所作が乱れることはない。その速度は決して早くなかった。多くの上位ランカーたちといっしょに戦った経験があるせいか、あるいは師匠っていう比較対象にしちゃいけないひとと長くいっしょにいたせいか、とてもスローペースで射撃している。

 一方、とてつもない速度で弾丸を発射しているひとがいる。ユイさんだった。あたしは一発ごとに発生する反動をどうにかやりすごすかたわら、彼女の射撃をちらちらと盗み見ていた。それでわかったんだけど、ユイさんはボルトをひっぱる動作をしていない。なんとなくそんな気がしていたけど、セミオートマチックなの?

「クリア」

「クリア」

「クリアです」

 キラメキさん、ユイさん、輝紗さん。その他の鳥、そしてあたし。全員で周辺のディズが一掃されたことを確認した。

「総員、次戦に備えよ。——みんな、すごくいいじゃないか。僕はきみたちといっしょに仕事ができて幸福だ」

「いいえ、われらの方こそ幸せです!」

「キラメキ! キラメキ!」

 もしかしてこのノリで最後までいく気なんでしょうか。そしてあたしの残弾は残り15発です。いつでも一六式に切り替えられるよう、足元に置いてある。

 それにしても……。

 キラメキさんもユイさんも、本当に使いやすそうな銃を持っててうらやましい。

「やはりDの腕じゃないね」

 背後から声をかけられてドキッとした。輝紗さんだ。

「その、なに、携行狙撃砲なのかな。反動を逃がす機構がちゃんとしてるようには見えないけど。それで撃って当たるのと、身体がだいじょうぶそうなの、やっぱり新人としては常識はずれ」

 やっぱり銃には見えませんよねこれ。

「その子は緋音アカネの弟子だから。蜘蛛崩しシーカーブレイカー直伝のなにかがあるんでしょ」

 ユイさんはそう言いながらてきぱきと弾倉に弾をこめなおしていた。それから、あたしに近寄ってつづけた。

「でも、その武器はさすがにだめだね。おおきすぎ。歩兵の携行火器にはできないと思う。緋音みたいに身長がないは特に苦労するはず」

「そうですよね」

「アリアちゃんでもそれは使いづらいよね。なのにちゃんと当ててるのは本当にすごいから。がんばっててえらい」

「ありがとうございます」

「応援してる。はやく緋音が帰ってくるといいね。きっと成長したアリアちゃんのことをすごく褒めてくれると思うから」

 うう。なんだかじんとしちゃった。ユイさん、すごくいいひとだ。かなり気をつかわせてしまっているのが申し訳ないくらい。

 次の集団はなかなか来なかった。時計を見たけど予定より遅れている。それであたしには一六式の状態を見直すだけの余裕が与えられた。出発前に通常弾頭で発射確認はしている。というわけで弾倉を入れていない状態でボルトをカシャカシャして、動作がスムーズなのを見て安堵した。

「すまない! アリアくんに予備の一六式を渡してくれ!」

「了解!」

 えっ、今度はなに?

「アリアさん。こちら完璧に整備された一六式でございます」

「あの、あたしのはだいじょうぶですから」

「キラメキさまのお言葉は絶対です。こちらに置かせていただきます。弾倉は取り付け済みですので、ご武運を」

 どういうことなんだろう。

「それは借りといたほうがいい。万が一は、ある」

 ユイさんもそういうので、従った。

「第二波だ。戦闘態勢」

「キラメキディフェンス!」

 ついていけない。どうなってるんだろう。あたしは理解できないまま、彼女たちの動きに追従する。

「60秒。念のため言っておく。最優先目標は全員の安全だ。僕がいる戦場で死ぬことは許さない。いいな」

「われらキラメキさまが死ぬまで死ぬことなし!」

「よろしい」

 なんならディズの光を照射されても跳ね返せそうな気がしてきた。キラメキさんが強すぎてもうどうにも止まらない。

「撃て! 待たなくていい!」

 予告されていた時間よりはやく、攻撃が開始された。もっともはやく反応したのはユイさん。撃ての途中でもう銃声が鳴り響いていた。あたしはそれと比べて遅れた。どうにか待たずに撃てはしたものの、かなり手前のディズに当ててしまった。まあ一匹だし、とか思ってる場合じゃない。

 飛行型はまっすぐこちらに突進してきている。

 あたしは夢中でトリガーを引いた。外面を気にしてられる状況じゃなかった。

 だいたい20発を撃ったところで、あたしは自分の一六式に手を伸ばした。いつものようにボルトハンドルを引いて、装填し、撃つ。ちゃんと動いた。だいじょうぶじゃないか。よし。再装填。発射。近寄ってくるディズを撃墜していく。

「アリアちゃん! その一六式は変えて!」

 ユイさんの叫びが聞こえた。あたしはそれを無視してしまった。だってちゃんと撃てているから。弾倉を交換して再びレバーを引く。

 そのときだった。嫌な音と手ごたえがした。突然に。あたしにはなんの前触れも感じられなかった。

 ボルトハンドルが、ない。

 折れてどこかに飛んだ?

 一六式を見る。

 やっぱり。ボルトハンドルが根元から折れている。

 ということは、この一六式のなかに弾丸は装填されていない。

「援護する。慌てずに武器を変更しろ」

 輝紗さんがあたしの肩を叩いた。それでようやく自分の一六式を捨てることができた。新しいほうのボルトはていねいにあつかった。射撃を再開する。

 第二波は最初からこちらに向かっていた。攻撃態勢だったんだ。それに気づいたキラメキさんもユイさんも、速やかに攻撃を開始したんだ。あたしはそもそもディズが近寄ってきているのに気づけなかったし、ディズの状態をちゃんと把握できていなかった。そのうえ、自分の一六式を壊したあげく、武器の交換も輝紗さんのフォローがなければできなかったと思う。

 できなかったことがあまりに多すぎる。すべてが致命傷につながるものだった。あたしはあまりの無念さに震えた。けれどその怒りを銃にぶつけたらまたおなじことが起きかねない。一六式のレバーをにぎるだけで怖くなる。リロードの操作は自然と遅くなった。

 輝紗さんの声がする。

「それでだいじょうぶ。キラメキという鳥は、絶対に味方を殺さない」

「クリア!」

「クリア!」

 第二波の全滅が確認された。

 ユイさんがあたしのところに来る。

「うん。よくリカバリーしたね。テレーゼもありがとう」

「ここでは輝紗」

「はいはい。ありがとうね、輝紗」

 あたしの使っていた一六式が拾いあげられ、ふたりの鳥に見られている。

「ボルトハンドルが実戦で折れるなんて。これ、アライアンス製?」

「ううん。組織の純正だね。アライアンスのだったら組み立てるときに部品が噛み合わないんじゃない?」

「これは不安になる。私はかなり乱暴に使ってるから」

「気にしないほうがいいと思うよ。実戦中に折った例は緋音アカネでしか見たことない。あののことだから、そのうちなんかやらかす気はしてた」

「なるほど。アカネ・ザ・シーカーブレイカーね」

「そういうこと」

 キラメキファンクラブの皆さまが円形の防衛陣を組んだ。そして御神体があたしの前に立つ。

「天才には天才の悩みがあるものだな。力を持つ者は、その力を適切に使う義務を強制される。僕とは無縁だが、そのような束縛は鳥に与えられるべきではない。一六式は、きみの翼としては脆すぎたな」

「いうねえ、キラメキさま」

「茶化さないでくれたまえ、ユイ。アリアくんは近い将来に特例上位ランカーとなる器だ。その道はおそらく険しい。凡人には使えぬ特異な武器が必要なのだから。しかし力を抑制するために弱き物に合わせねばならぬとしたら、そのキラメキは消え失せてしまう。そんなことは僕が許さない。この世界により多くのキラメキを残すために、月虹げっこうについては協力を惜しまないつもりだ」

 ユイさんは肩をすくめて、それから真剣な表情になった。

「さて、キラメキさま。撤退か交戦か、どっちがお好み?」

 翡翠の眼をしたひとは、すこし考えてから答えた。

「正体を確かめておく必要がある。頭痛が出たら即時撤退。その場合はランクの低い者から逃がす」

「妥当だね。了解。キラメキファンクラブは?」

「そこは彼女たちを信頼したまえ。僕より先に死なないと誓った者たちだ」

 なにが起きているのかわからないまま、あたしは自分のレッドバンドに触れた。

 これを身に着けてから起きた変化がひとつある。それはディズの声がよく聞こえなくなったこと。でもそれとこれとはあまり関係ない気がする。

 彼女たちが話しているのは、まったく次元の違う話だと思う。

 頭痛——

 それを引き起こす存在で、心当たりがあるとすれば。

「災害級」

 そう口にしたあたしに、上位ランカーたちは無言でうなずいた。

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