Part 4
「おい、
あたしと淘金さんは、開発部のなかでもっとも重要な場所に呼び出されていた。
火鑽さんは白髪のおばあちゃんだ。つまりだいぶお歳ってことで、そろそろ天寿が近いんだろうなという気がする。それは決して彼女に失礼な考えかたというわけじゃない。先駆入植人類が抱える共通の問題で、この兆候が出たならそう遠くないうちにお迎えが来てしまう。
だから、淘金さんたちは後継者候補として新型の銃を試作してる、という流れだ。もっとも、あたしみたいな変なのと組んでる時点で、淘金さんは最初から失敗しようと目論んでる。そういうの、えらいひとには簡単に見破られる気がして仕方がありません。しかも一番ボロを出しそうなのがあたしっていうね。えへへ。ここで笑えるくらいならこんなにびくびくしてません。
火鑽さん、普通に怖い。すごく存在感がある。見た目はしわしわだけど、動きは素早いし眼光は鋭いし。あたしなんてチラ見されただけで縮こまってる。さすがは御大将だ。違う。
そんなひとの前で、淘金さんは堂々と説明を始めた。始まってしまった。
「はい。本銃は白虹と一六式という優れた携行火器のコンセプトを継承した新式大口径対物狙撃銃であります。既存の弾薬を使用した場合の高い信頼性、有効射程の延伸、弾倉選択の自由、充実した射撃補助器具。しかし本銃の目玉は強力な新型弾頭を発射するために採用された新型の長銃身および強固な発射機構であります。これにより適切な使い手によって運用された場合の有効射程距離は3000メートルを超え、環境によっては4000メートル以遠の相手にも命中させることが可能です」
事実は事実なんだけど、淘金さんの言葉遣いは詐欺師のそれだ。
「なら訊くが、その適切な使い手というのは、どういう鳥だ」
火鑽さんは至極真っ当なことをいった。
「蜘蛛崩しの
「そうだろう。こんなトンデモ銃は普通の鳥に持たせられん。総重量は」
「ハッ。30キロであります」
はい。そうなんです。めちゃくちゃ重たいんです。というか問題はそれだけじゃなくて、全長があたしの身長を余裕で越えてるんです。新型のバレルを使うともっと長くなるんです。もうこれは持ち運ぶ機関砲に近いというか。どこかに固定しておかないと撃つのも一苦労だと思います。
「きさま、さてはバカだな」
「光栄であります」
「確かに分解が容易で、量産、整備、運搬、修理に利点があることは認めよう。あとからいくらでも射撃補助装置がつけられる点もいい。これだけ硬く作れば信頼性も高いだろう。射程距離が長いのはどんな鳥だって歓迎だ。この弾倉選択の自由のなかにベルト給弾が含まれるのも、状況によっては有効だ。使用する弾薬を部品交換で変更できるのも悪くない。基本的には白虹のものを使っておけばいいからな。だから携行火器ではなく、拠点防衛用の備えつけ火器として使うには、なかなかいいものを作ったと評価せんでもない」
「たいへん光栄であります」
「褒めてると思ってんのか?」
「いえ。そこまで能天気ではございません。たいへん反省しております」
「はあ。もういい」
火鑽さんが不出来な孫を持つおばあちゃんみたいに見えてきた。ちょっとかわいそうだ。淘金さんの図太さはちょっと常軌を逸してるからかな。
「そいつ、名前は?」
「
「本気でそこの嬢ちゃんに使わせる気かい」
「次期特例上位ランカーです。使いこなしますよ」
あたしはぺこりとした。今日は何度もぺこぺこしてる。
で、目線をあげると火鑽さんがこっちを見てるんだわ。なにかいおうとしてる。なんだろう。怖い。特に間が。独特の間が。自分がなにかしでかしているのであれば速やかに知りたい。なんなら月虹ができたのはあたしのせいですと口から出かけてる。きっかけはあたしの手品なので嘘をついてることにはならないはず……。
「アリアと言ったか。
ようやく聞こえたのは、予想より遥かに穏やかな声だった。
「そうです」
「あの
そういうことになっております。ついそんなことをいいそうになったけれど、黙っていた。あたしは
「淘金。責任を持ってそいつの面倒を見ろ。とりあえず白虹の貸与期間は延長しとく。それと、もうすこしマシなもんを持ってこい。これを許したら他の者にメンツが立たん。わかるな?」
「イエスメム。早急に準備いたします」
「よろしい。いけ」
あたしと淘金さんはいそいそと退出した。
それとほとんど入れ替わりで、別の組が入っていったのを遠くに見た。そっちの人たちも見慣れない銃を持っている。特に黒髪で右眼が隠れてるひとのウキウキぶりが印象的だった。もうひとりもどこかで見たことがあるような。ものすごい有名人。でも名前を忘れてしまった。なんかきらきらしてる感じの名前だったと思うんだけど。あたしが記憶してないってことは、支部にあまりいないひとか。
淘金さんがにやにやしている。悪を感じる顔だ。見なければよかった。
「いまのが期待の新人だよ。有名上位ランカーと協働して、なかなかいいものを創りつつあると聞いている。楽しみだ」
「そうなんですね」
「そうなんだよ。しかも名前が
淘金さんは嬉々として新人のことを話している。
「あいつは元々アライアンスで粗悪品を造らされていて、それにブチ切れて組織に来たっていう兵器開発バカだ。御大将もその性格を気に入っている。これで実績が伴ってくれれば異例の大抜擢もありうる。彼女にはぜひとも出世していただきたい」
それを遠回しに支援するために、こんなバケモノ銃を持たされるあたしの身にもなっていただきたい。
「なんだかんだいって、きみなら使えると思うんだ。どうかな」
「すでにすごく持ちづらいです」
「慣れろ。鳥には銃器選択の自由がある。が、いまのきみにはそもそも自由というものがない。だから評価試験もおこなって、できるだけ金を稼げるように取り計らう。コトコトもきみが成長するなら先行投資を許容するはずだ。だから組織がくれるものはありがたく頂戴し、ありったけを貯金しておくことだ。一番不幸なのは、自由というものを獲得したときに、それを謳歌するだけの資本を持っていないことだからな」
淘金さんの考えかたが
「とりあえず了解しました」
「よろしい。基本的なことを確認しておくとしようか」
もうはっきりいう。月虹というのは銃の体裁を取り繕った持ち運ぶ機関砲だ。分解が容易な点は一六式に似ている。最大の特徴はバレルを中心とするいくつかの部品を交換することで発射する弾を変更できること。専用弾や白虹用以外だと、
「本銃への最大の要求は、手品弾を発射しても熱で銃身がやられないことにあった。白虹も素材の質のおかげで熱には強かったが、銃身の加熱に対して真剣に取り組んだ作りではない。だから手品弾を連続発射すると熱による素材の膨張などで普通に精度が落ちるだろうし、射手が火傷するなど馬鹿げた現象が起きるおそれもある。月虹はその対策のために放熱機構を強化しておいた。とはいえ、発散しなければならない熱がある以上、銃身を自分や他人に触れさせるのは控えろ。それと、白虹の弾丸発射機構に使われている素材を増量しているせいで、見た目以上に、値段がかわいくなくなった。特にバレルがな。換装用の部品はまかり間違ってもなくすんじゃないぞ」
「わかりました」
月虹を使った手品弾の試射はかなりうまくいった。いつまでも手品手品だとなんだか嫌な感じなので、そろそろ別の呼び方がしたい。考えようかな、真剣に。
それと、手品弾には重大な欠点がある。糖分とディズが欲しくて仕方がなくなること。だから試射も四回目となると、あたしは完全に音をあげていた。
「おなかがぺこぺこなのでもういやです」
「奇遇だな。そろそろこのカフェの代金を経費で落とすのが難しくなってきたところだ。コトコトのやつに月虹が目をつけられている。すなわちおもちゃづくりにかかる費用は経費で落とせなくなることが決まったも同然だ」
小鳥さんにまでおもちゃ扱いされてるんじゃ、もうこの武器は本当におもちゃなのではないでしょうか。そんな気がして仕方がありません。
「よって、さっさと実戦テストを開始する。こちらで実戦における人員調整と弾薬の調達はなんとかしてみる。それまでに月虹の換装・装填に慣れておけ。特にベルト給弾式の連射は経験が少ないだろうから、個人で訓練するように」
ちなみにベルト給弾式というのは、弾丸をベルトみたいなもので横並びにして束ねたものを弾倉代わりに使う仕組み。組織で使われているものは金属製で、排莢をしたときに本来であれば空になった薬莢だけがぴょんと出てくるところを、弾丸を保持していたベルトもいっしょに出てくるという感じになる。空薬莢はベルトのところからはずれるので、あとで個別にはずす必要はない。使い終わったベルトは組織に返すと弾薬費の一部が返ってくる。
ただ、たまにベルト自体に不具合があって途中で弾詰まりを起こすんじゃないか、とかそういう話がまことしやかにささやかれたりしちゃうものでもある。金属のベルトを使う時点で装填済みの弾倉を持ち歩くのとは別の不便が発生したりとか。ネックレスみたいに首からさげて持っていくのも手といえば手だけど。
まあそんなわけで、確かに使うのは慣れてないので練習した。
練習中、ひとりの鳥と並ぶことになった。
それはあたしがさっき、火鑽さんの工房ですれ違ったひとだった。
長い黒髪と、エメラルドみたいな色をした瞳が印象的。それにあたしよりすらりと背が高い。その割にがっちりした印象があるのは肩幅が広いからかも。
絶対にどこかで見たことがある。きらきらって感じの名前のひと。どうしても思い出せない。きっと見た目どおりの名前のはずなんだ。
いつまでも見ていたら失礼だし、いくら考えても出てこなさそうなのでやめた。
ベルト給弾はそんなに難しいものではなかった。連続発射できるので訓練の効率もいい。給弾不良にも遭遇しなかった。ただ問題が多々ある。まず使えるベルトリンクに選択の余地がなかった。新型弾薬用は試作品しかないから諦めがつくんだけど、白虹の弾薬用ベルトリンクも25発用のものがひとつしか入手できなかった。在庫がないらしい。訓練用にしか生産されておらず、予備からなんとかひとつだけ融通してもらった。じゃあ機関砲のやつは。こっちも金属でできたベルトリンクがあったんだけど、購入の最低単位が1000発からだった。機関砲なんてものはだいたい超高速で弾丸をばらまくものなんだからそりゃそうか。こっちに関しては、構造上は50発単位で分解できるけど、そういう小売りには対応していないということで断られた。つまり1000発買う羽目になった。部屋に置くと邪魔です。50発単位に分解してから装填してみると、ちゃんと使えたので、そこはさすが淘金さんだった。でも訓練で1000発はさすがに撃つわけないでしょう。一応大口径対物狙撃銃なんだから、一秒あたりに発射できる弾の数は機関銃には遠く及ばない。よって、使うひとのことをもっとちゃんと考えてくれてもいいと思うんだよね。火鑽さんの言葉が身に沁みるよ。さすが御大将と呼ばれているだけのことはある。
——なら訊くが、その適切な使い手というのは、どういう鳥だ。
すくなくともそれはいまのあたしではありません。
「すごい銃を持ってるね」
わっ。
「わっ」
心と身体が一致するような、そんな瞬間だった。人間機関砲をやり終えた瞬間、だれかに声をかけられたのだ。ドキっとするような、そんなハスキーボイスの持ち主。
あたしのことを、
だめだめ。あたしには師匠がいるんだから。
「それはなんという名前なんだい?」
「わふ。これはですね、
「月の光か、あるいは月を貫く虹か。美しい名前ではないか。惜しいな。この
キラメキ。
そうだ。思い出した。
「そうだ! 煌さんだ!」
「ああ、そうとも! 煌とはこの僕のことだ!」
とんでもない有名人に声をかけられてしまった。彼女はとても大人びて見える。それはそうだ。彼女は普通の人間だから。ゆっくりと成長し、20年くらいすると大人になって最盛期を迎えて、そのあとはじわじわと老いていく。らしい。老いが始まっている、だなんてぜんぜんそんな風には見えなかった。そしてランクA。上位ランカーだ。
「きみはきっと、近い将来におおきなことを為すだろう。この煌が保証する。だからこそ僕は、凡人側の代表として、より多くの鳥が使いこなせる新兵器の開発に協力しているのだ。それこそがより多くのキラメキをこの世界に残す方法と確信している」
彼女は終始、キラキラとしていた。煌というのは他人がつけたんだろうな。
「また会おう、月虹の鳥よ!」
そして、あたしのよりもずっと使いやすそうでかっこいい銃を携えて去っていった。彼女がいなくなったあとも、しばらく周囲の空気粒子が光を乱反射しているように見えた。それがきっと彼女のキラメキたるゆえんなんだろうなあ、と思わされたりしちゃったのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます