挿話・第三土台破壊作戦 / Operation 3rd Generator Break
聞いた話をしっかりと記録しておこう。
記憶では時間が経つほどに脚色される。
これは他人に読ませるものではない。もしこの文章を見た鳥がいたら、テキトーに知っている単語を探すゲームでもすればいいよ。
他人の手記なんて、たいていは読む価値のないものだ。
それに、軍人だったころの彼女はすごくかたっくるしい生き方をしていたようだから、これから書くものはできるだけかたっくるしくしようと思うんだ。あとで自分さえ読み返す気力をなくすくらいにね。
彼女に読ませたらどう反応するだろう。
考えたら寒気がしてきた。
ちゃんとしまっておかなくちゃな。
なにかを隠すとき
カギのかかった
デスクはだめだ
鳥は中身を確かめる
きみを応援する先輩より⭐︎
*
国家連邦では、にわかに
トーカ・ストラトスフィアは、長く伸びた白髪で左眼を隠している。そして直立不動で上官たちの話を聞き、他にはなにも求められなかったので退席した。世間話の相手というのは端的にいって時間の無駄だったが、トーカにとって必要な時間を削られたわけではないので、気にしない。訓練し、身体を洗い、食事をし、寝る。必要に応じて出撃して作戦目標を破壊する。大別すると彼女のやることはこの五つしかなかった。もし行動を細分化するのであれば、出撃して作戦目標を破壊するという部分が一番細かくできそうだが、そんなことをしても喜ぶ相手はいない。トーカ本人は話を聞かされるだけでなにをすればいいのかおおよそ判断がつく。だからやるべきことを細分化して検討する必要がなかった。それをしなくてはならないのは、なにをしたらいいのか自己判断できないものを部下に持つ上官だけだ。
トーカは無口だった。もっとも多く口にするのはイエス、次がメム、三番手がノーで、最後にユアマジェスティ。それ以外の言葉を知らないのではないかという与太話をする同僚がいるほどだ。それで楽しい人生を送れるのであればそうすればよい、とトーカは思っている。
そんな彼女に、
その賓客というのは、組織から派遣されてきた鳥という人種だ。三人組。名前はそれぞれ、エジー・ヤンガス、ゼノビア・トワイライト、そしてアカネ・スズハラ。カルパ王国のしきたりに従って本名で入国している。かなり行儀がいい。国家連邦の傭兵だと、たとえばテレーゼ・ラーズグリーズのような、ヴァルキュリアにおける名で入国してくることがあった。郷に入っては郷に従えを実践できるのは、日本語を使う鳥らしい。
しかし実際に彼女たちと会ったトーカは、色々な意味で予想を裏切られた。
白金に輝く髪の毛を持つ、ちいさな少女がいる。紅いヘッドバンドをつけた、人形のような外見の少女。使い古された常套句がぴたりとはまるのは傭兵として威厳に欠ける。だがそれはあくまでも外見だけの話だ。三人のなかでもっとも戦闘経験がみじかいにも関わらず、特例上位戦力として要注意人物に指定されている。だがそれは特殊な功績によるもので、ディズ狩りに特化した技能が人間相手にも通用するとは言えない。トーカはそのような予断を抱いてしまった。
彼女に見られた瞬間、トーカは恐怖を覚えてとっさに携行していた火器に手を伸ばし、対する相手はそれを上回る速度で拳銃を抜いていた。安全装置を解除する微細な音を聞き、トーカは我に返る。それを察した少女は再びセーフティをかけた。もし自分が相手の立場なら黙って撃っていたかもしれない。戦場でもないのに冷や汗が滲んだ。
「失礼いたしました。非礼をお許しください」
トーカはひさしぶりに日本語でそういって、しっかり右手で敬礼した。
「大丈夫でヤンス。それより日本語ができるひとがいてラッキーだったでヤンスねえ」
リーダーの緑髪は口調がおかしい。というかヤンスの使い方がおかしい。
「こちらこそすみません。エジーは万事がこんな調子です。それと、伝達済みかとは思いますが、アカネは声を使えないので、意志疎通はかなり難しいものと考えてください」
金髪はまともだった。救済措置かもしれない。この任務はただ戦場に出るだけよりも難易度が高い。
鳥たちは北より来訪した。組織の支部、極光雪原から。
広大な凍土である極光雪原は、上天山脈の向こう側にある。天にオーロラが観測されるほどの極地であり、その広さから国家連邦では全貌を把握できていない。ただ、西の果てには
つまり、国家連邦にとって上天山脈の向こう側はよくわからない領域であり、自分たちの管理の及ばない地域ということになる。そこにいる組織と企業がなにをしているのか正確には知り得ない、というのは危険だとトーカは考える。しかし一般には、上天山脈という自然の城壁があるかぎり、国家間戦争を引き起こせるだけの軍備を輸送するのは困難であろうと考えられている。なにより、組織と呼ばれている集団はそもそも所属している人間の数が少ない。それゆえ、なにかしていたとて、ディズのいる環境下で国家を脅かすような真似はしないと考えられていた。
トーカは彼女たちのため、もっとも費用対効果が高い宿を紹介した。
カルパ王国は領土が縦長で、首都が南に寄っている。それでも南北の貧富の差はすくない。その理由のひとつが、物流の中継地点として栄えている点にある。宿泊施設もかなり充実しており、利用可能な言語の幅が広い。
そこには三人以外にも、鳥の宿泊者が幾人かいた。どの顔を見ても戦歴が長そうだ。おそらく、みな同じ目的でここに集っている。
「あなたも
金髪にそう訊かれた。
トーカは答える。
「はい。その予定です」
「それじゃあいっしょによろしくでヤンス」
緑髪のあとに、白金の少女もうなずいた。彼女は意思伝達に紙を使った。なかなか美しい字を書く。
——よろしく。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
取った部屋はふたつ。彼女たちが鳥として使っている名前から、それで十分だとトーカが判断したためだ。異論は出なかった。
エジーとゼノビアは共通の家名、
他方、アカネにはそれがないので、結婚はしていない。また、向こうでは結婚のことを連帯と呼び、子を作る意志がなくとも、単なる共同体として運用してもよいらしい。であれば恋人もいないと考えられる。同室で構わないだろう。
新たな生命を産むことのない関係を結ぶこと、連帯。そうした行為を国家連邦の共通法は許容しない。生命倫理を経済活動で覆せるアライアンスの勢力圏内であればともかく、中央との結びつきが強いカルパ王国では御法度だ。どれほど国防に貢献したとしても猶予は十八歳までが限度で、義務により結婚が強要される。そして結婚したのであればコンタクトを行って人の数を増やさねばならない。
鳥はそうしたルールから逸脱している。組織がディズ狩りにもっとも有効な生体兵器を養成しているという事実がなければ、これほどのお目こぼしはされないだろう。
トーカも時期が近づいている。候補は多くいた。また、その戦績を買われて王族の後宮に入れられる可能性があった。もしそうなった場合、自分は果たしていまのように平静でいられるだろうか。カルパ王国の王族は普通の人類だ。先駆入植という言葉はつかない。すがたかたちのよく似ている別の生き物ではないか。ときにそんな疑問さえ抱くようなことがある。あの目で見られたときに感じる、生理的な恐怖の源泉はなんなのか……
同室となった少女は、銃器を三つも所持していた。
ひとつは出会ったときに抜かせてしまった企業製の自動拳銃。トーカのものと基本構造は変わらない。安全装置を外して引鉄を引けば発射でき、次弾が自動装填される。過剰な攻撃力を持たない、いい自衛手段だ。
もうひとつは蜘蛛殺しで有名な白虹。ホワイトレインボウとそっくりだから見てわかる。それを片手で軽々と持ちあげていた。銃の扱い以外も要注意だ。
残りひとつは見慣れない対物狙撃銃だった。白虹ほどではないが、その銃も全長が少女の身長へ達しようというものがある。
トーカは珍しく自分から声をかける。
「それは、鳥の使うものでしょうか」
彼女はあっさりと教えてくれた。
——そう。一六式。
その銃は構造が単純化されており、道具を使うことなく分解することができた。しかも早い。組み立てもだ。弾薬は国家連邦でも流通している強力な対ディズ弾を装填できるらしい。有効射程距離はどれほどだろうか。かなり興味がある。
——持ってみる?
その提案にトーカは乗る。すると一六式だけでなく、白虹のほうも持たせてくれた。
鳥の使っている狙撃銃はときどきこちらにも出回ってくることがあり、一部はここでもそのまま使われている。スタンダードアンチマテリアルライフルと呼ばれるそれは、なかなか性能のよい銃で、トーカにも供与されている。局地での使用を前提としているためか、堅牢で信頼できる。
一六式はその銃より軽い。どうやら射撃補助系の部品を後付けにすることで本体を軽くする発想らしい。いまの仕様でも十分な印象だ。分解が手軽ということは部品交換も簡単だと推測できる。ルートがあればうちにも欲しい。
白虹のほうも自分が思っていたものとはだいぶ印象が違った。比較対象はホワイトレインボウ。まず手にした時の安定感が違う。重量配分がトーカの体格に合っていた。逆にアカネという少女はなぜこのバランスで納得しているのか疑問に思う。まあいい。この少女には重さなどそれほど大した問題ではないのだろう。他にもひとつ気になった部分があるが、これに関しては後述する。
これを持つと、ホワイトレインボウが劣化した模倣品であるということがすぐにわかる。試射すると差がより顕著に出るだろう。ホワイトレインボウは決戦兵器であり、一度の作戦で一丁消費するものである。そのような前提で運用してきたが、こちらの方はきっと連戦に耐えてくれる。過酷な戦場を生き抜くためには、このような信頼のおける武器を持っていた方がよい。
トーカは両方を返却した。
「ありがとうございます」
そう答えた彼女に、アカネは首をかしげた。
——どうかしたの。
自分にあてられた文章なのに、すぐに意味を理解できなかった。
彼女は次の文章を紡いだ。
——うかないかおをしているよ。
それでトーカは、自分は性能の悪い武器で戦っている、ということに不満を持っているのだと思った。
「いえ。いつもこんな顔をしています」
それはきっと、出まかせの嘘ではなかった。
——わかった。気にしないよ。
年下の少女は銃器の手入れに戻った。
*
彼女たちと共同演習に出る予定だったその日、
本作戦の目的は、アルメリア合衆国に飛来するディズの根源をひとつ絶つこと。それにより、
だが、
これらはみな、トーカが生まれるずっと前に起きた出来事だ。普通の人類ならともかく、先駆入植人類の感覚で言えば昔話というところだ。輪廻転生が現象として発生しうるものであれば、前世の復讐を二回か三回は繰り返す余地がある。
よって、そのあとの
だがひとつ言えることは、人類が時代の転換期を迎えるとき、そこには必ず鳥と
当時その者たちが鳥と呼ばれていたかどうかは関係なく、
だからトーカの幼いころの思い出には、鳥について語る母たちのものが強く残っているのだろう。
彼女たちは北より渡ってくる。身体に見合わぬ巨大な銃を背負った少女たちが、寄星の獣を撃ち墜とす。彼女たちは自らを鳥と名乗った。国にも企業にも縛られぬ自由なる者。かつてこの空を飛翔していた、まことの鳥を目指すが如く。……
まあ、そういうわけだ。
つまり今回、人類は、というより国家連邦は、時代の転換点を自らの手で作ることを目的としている。付き合う方の安全は二の次で。
目標となる
発見当時はまだ小型ディズにさえ有効な攻撃方法が見つかっておらず、非効率的かつ破壊的な手段でしか応戦できなかった。そのため、合衆国の西部から南部、という非常に広い範囲に対して、そこにひとが残っていようがいまいが関係なく、最後の手段が乱発された。結果、広大な焼け野原と大量の慰霊塔を生み出した。それだけの犠牲を払ってもなお
技術的後退と貯蔵していた破壊兵器の枯渇により、ついに打つ手がなくなった人類は、ディズが近寄ってこない場所まで逃げることにした。生き残るため、探知されることを防ぐ方法が次々と見出され、時に無人木製飛行機に無線を積んで明後日の方向に飛ばすなど、涙ぐましい努力が身を結び、どうにかこうにか被害を食い止めながら生存圏を確保した。
だがいつまでもこの状態は続けられない。先駆入植人類より、普通の人類のほうがこの状況に堪えられなかった。それは国家連邦とアライアンスに共通している認識であり、価値観だった。
だが思想で敵を倒すことはできない。
鳥が出現し、魔弾が科学的に生成可能な弾薬として普及してなお、人類の戦線は押され気味だった。頭数が足りない。極端なライフサイクルを持つ先駆入植人類でさえ、高速で増えるディズに対して物量で負けていた。
ではなぜ我々は戦線を押し返せるようになったのだろうか。
時代を変えたのはなにも組織だけではない。
アライアンス——企業連合もその一翼を担っている。
生き残るために、これまで盲目的に遵守されてきた生命倫理に見直しが入った。ディズの出現により見捨てられたナインステラで我々がこれからも生存しつづけるのであれば、あらゆる手段の検討が為されるべきだ。
その理屈を通した最も顕著な例が促成兵だ。
今回の大規模作戦の鍵を握る存在でもある。
「我々の行動方針を明確にしておきましょう」
そう切り出したトーカは
破壊目標である
人類にとって厄介なのは、
こうした経緯から、人類としてはまず相手の
さて、本作戦は大まかには五段階に分けられている。
第一段階。促成兵を主体とする部隊により、アルメリア合衆国南部の拠点から
第二段階。
彼女たちと肩を並べて戦えないのは残念だが、危険度も貢献度も未知であるこの段階に戦力を割くのは投機的である。カルパ王国にそのような余裕はなく、国家連邦からなんの要請も受けなかったのは、それゆえの必然だったのかもしれない。
第三段階は決戦兵器の輸送と配置である。トーカと、賓客であるエジーたちは、この段階から参戦する。
その任務は、本段階以降における各勢力の決戦兵器群の護衛だ。正確に表現すれば、決戦兵器群を
だからエジーたちにはこう伝えた。
「もし私たちが
鳥たちの理解は早い。全員、納得してくれたようだ。
第四段階の主役であり、我らが愛しき決戦兵器群は次の通り。すべて計算上は
国家連邦からは
アライアンスからは
組織からは牽引式長距離狙撃砲、運搬用軌道車両。これに加えて開拓用中距離迎撃武装軌道車両。国家連邦以上に、安全に攻撃するということに重きを置いた構成である。
そして最終段階が撤収である。無事に帰るまでが作戦だ。できれば使った兵器も持ち帰りたい。この段階になると死守という言葉が努力目標になる。なんとありがたい話だろうか。
なお、攻撃兵器の半数以上が戦闘続行不能となった場合、作戦失敗とみなして撤退することとなっている。もっとも、カルパ王国の兵士を筆頭として、実際にどれほどの兵士が撤退を許可されているのかは不明である。
トーカたちは作戦開始までの間、近辺に出没するディズの駆除を請け負った。これはエジーたちの練度をあげるためのものである。と言っても、彼女たちに有効な助言は見つからなかった。組織における特例上位ランカーというものは対物狙撃銃を片手で扱う人間の形をした新式自律型対ディズ兵器だったし、残りの二名も技量は高く、合衆国近辺に出没するディズの特性を把握するのに多くの時間は必要なかった。
むしろ、この期間を必要としたのはトーカであったかもしれない。
「トーカさん。アカネさんからこれを渡せと……。作戦終了後に返してくれればよいそうです」
アカネの持参していた一六式を貸与されたのだ。
「意図が不明です。このような銃は国家連邦にも企業連合にもない。つまり組織独自の銃器であるはずです。それを他勢力に貸すというのは」
「同じ見解でヤンスねえ。でもアカネさんがそうしたいなら、それをサポートするのがファンクラブ会員の役割でヤンス」
余計に意味が不明である。そもそもファンクラブなるものが意味不明である。
「きっとアリアちゃんに似てるから、やさしくしたかったんでヤンスよ」
「そんなに似てますか? 確かにトーカさんは極めて高い戦闘適性を持っているので、おそらくは戦闘型なのでしょうが」
「雰囲気でヤンスよ。ユウヒにもそのうちわかる日が来るでヤンス」
「そんなものですか。まあ、ファンクラブとしてすべき行動については同意見ですけどね」
そして金髪にも精神構造に欠陥があることが発覚した。誠に残念だ。鳥はやはり世間から隔絶されるべき思想を持った集団であり、そこに例外は存在しない。
超人とその信者に見守られながら新兵器を試射し、一六式の実戦投入は即座に決まった。だれも文句は言わない。カルパ王国には敵国の鹵獲兵器を現場の判断で使用する自由がある。それが戦力として有効であるならばなんでも使え。貸与品にも同じ原則が通用した。
しかしスタンダードアンチマテリアルライフルとはなんだったのだろう。世代の違いを感じる。トーカは自分の実感と戦績が正比例していることに喜びを覚えた。ディズの撃墜数と有効射程距離が同時に向上するなど、通常の兵器であればありえない。つまり世代が違うのだ。作戦が終わったら返さねばならないのか、この武器を。惜しいな。なんとか返さずに済む方法が見つかればよいのだが。
……。
少なくとも持ち主を殺害して自分のものにする、という方法は無理だ。
「この銃、買い取りたいほど出来がいいですね」
トーカはカルパ王国兵士の品位を貶めないよう、比喩表現という形式で売買交渉を試みた。
——いいよね。
そのメモだけで話は終わった。
*
作戦開始時、カルパ王国兵およびカルパ王国に駐留していたすべての兵士に対し、国王からの挨拶があった。トーカの立ち位置は、指揮官たちの占める特別な場所を除けば、最前列、つまり王の目につきやすい最悪の位置だった。
それは喉仏という特殊な器官を通じて発せられる、トーカたちとはまったく質の違う低音の声だった。
「余はそなたらが
トーカが呼ぶところのユアマジェスティはそのように言うと、第一から第八までの妃を引っ提げて去る。はい歓声と拍手。兵士たちは団結した。運のいいことに、カルパ王国の兵士たちは高貴なる者の興味をまったく惹かなかった。視線は見慣れぬ装備に身を包んだ別勢力の方へと逸れていたためだ。
「X保有者の声は慣れませんね」
「でヤンスね。中央や企業連でもあまり表に出てくるものではないでヤンス。カルパの文化的独自性でヤンスねえ」
慣れないという話であれば、ヤンスのヤンスもいつまで経っても慣れん。日本語の持つ文化的受容性の高さと、それが持つ問題点を露出している。
作戦が開始されると、各自の動きは素早かった。
第一段階は計画を上回る速度で進行した。アライアンスから供給される新型狙撃銃は自動給弾機構を有し、弾倉に装填できる弾数も多いという特徴を持っていた。有効射程距離や信頼性には課題を持つものの、集団戦闘における時間単位の火力投射量には目を見張るものがあったと報告されている。連続発射能力に対して耐久性、主に放熱力が追いついていないという点が改良されれば、促成兵以外にも持たせられる優秀な性能を有していた。
中継地点の構築においても企業連合の貢献は大であった。国家連邦において洗練されてきた建築技術を標準化し、統一された規格によって大量生産された資材で組み上げる。ディズに対する防御能力とは、ほとんどが迎撃能力であり、それに必要なのは敵集団に対して一斉攻撃が可能な足場と陣地である。よって中継地点に求められるのは複数の階層を持つ迎撃用の足場であり、それに付随する最低限度の風雨をしのぐ寝所、そして調理場だ。資材置き場や弾薬の貯蔵庫のように、恒常的にその場を維持するならば必要となるものは必ずしも設営されなかった。
経路の確保も順調だった。過去に使用された大規模破壊兵器による整地は、先駆植民人類が何度も世代交代を繰り返しているにも関わらず、植物という自然の障害物を減らす効果を発揮し続けていた。もちろん、元々あった丘陵など、あまりに質量の大きい地形まで変形させるには至っていないわけだが、資材や決戦兵器の運搬に支障をきたすようなものはほとんどなく、もっとも邪魔なのは駆除したディズの死骸である、という軍隊式の冗談じみた実話ができあがった。
促成兵の損耗が予想より少なかったことは別の弊害をもたらした。食糧の不足である。アルメリア合衆国はアライアンスに対して割高の食事を供給した。促成兵たちは通常の戦闘糧食ではありえない高級品を支給されて困惑し、デザートのケーキを食べながら、自分たちがどうやら近く消耗される予定であるとうわさしたという。気の毒な話だ。
景気のいい話は続く。計画の第二段階に入り、三つの部隊が
いよいよ計画の第三段階が開始された。トーカたちの出撃である。
決戦兵器群はその重さによって機動性能が限定される。ここでアライアンスはこれまで稼いできた貯金を徐々に吐き出すこととなった。運搬用軌道車両の性能は、組織のものが突出しており、国家連邦とアライアンスはおおむね横並びというところだった。自走砲などの自力で移動可能な兵器に関しても、国家と企業の間に有意な差はない。ただ、アライアンスの兵器は費用対効果を重視する傾向がある。それは時に絶対的に求められるべき信頼性を犠牲にして成り立つこともある。結果として機関部の故障や無限軌道の破損が相次いだのである。帯同していた国家連邦および組織の技術員たちによってそれらの復旧は速やかにおこなわれたが、計画の進行予定を当初の予想通りというところまで遅滞させてしまったことに関しては擁護すべきものではない。
また、兵器の運搬中、何度か飛行型ディズの集団が飛来した。それらは目標となる
一六式。やはり欲しい。
なんなら白虹の方も欲しい。
トーカは切にそう思った。
ディズの駆除速度は弾薬の消費を加速させるが、必要な弾丸を必要な分だけ使用することを浪費とは呼ばないだろう。この段階においてトーカとアカネの弾薬消費量は突出して多かった。百発して百中する精度を発揮してなおこれである。
欲しい。
夜、トーカはまた銃器に関する交渉を試みた。
「組織の銃は素晴らしいです。金銭的なやりとりでこれが入手できるならなんといいことでしょう」
芝居がかった行動と、流し目による意図の伝達を試みた。
——鳥なら買えるよ。
返ってきたのは、組織において一六式は買うものだという情報だけだった。
「鳥であればいつでも買えるのですか」
——買える。高いよ。新しいのは高い。
そうか。高いか。特例上位ランカーというものの感覚でも高いと表現できる高さなのか。そうですか。
「こちらで言えば、どれほどの価格なのでしょうか」
本気で購入を検討しているトーカだった。本気の密輸入には危険が伴う。しかしその価値がある。自国で生産できれば特産品か技術的優位性が手に入る。
——本が買える。
本か。
何? 本?
本というのは、文字および絵が記載された紙を束ねて作るあの本か?
カルパ王国において本と言えば、写経によって受け継がれる聖典や、同じ方法で作られる軍事マニュアル、その他の保存すべき有用な知識の集積体である。個人が所有することのできるものではないので、値段などつけられない。王族では他にもアライアンスから流入してくる物語というものを娯楽用途で消費しているらしいが、王族御用達のものを国民が個人的に入手するのはまず不可能だ。
なんだか余計に欲しくなってきた。
「あの……。組織では、本というのは、どれくらいのお値段なのでしょうか」
「なんか不穏な話をしてるでヤンスねえ」
緑髪のやつに口を挟まれて最悪である。
「組織でも、本はけっこうな贅沢品でヤンスよ。いま一六式は鳥になったらまず最初に欲しい装備として有名でヤンス。万事順調に進んでランクEからランクDに昇格した鳥が、貯蓄をはたいてやっと買えるのが一六式なんでヤンスよ。それと同じ値段でヤンスから、本は高いんでヤンス」
ヤンスのせいで内容がまるで頭に入らん。
「それに、一六式はまだ横流し禁止リストに載ってるでヤンス。正式なルートでないと手に入らないと思うでヤンスよ」
「その正式なルートというのは、なにを指しているのですか」
いつになくトーカは饒舌だった。
「それは組織の秘密でヤンス」
「そうですか」
つまり鳥にならねば一六式を手に入れることはできない。他に方法はないだろう。アライアンスでさえもホワイトレインボウみたいな粗悪品を作っている以上、自分の手元にはせいぜいスタンダードアンチマテリアルライフル程度の銃しか回ってこないのだ。
カルパ王国は言わずもがな、国家連邦も頼りにならない。
鳥になりたい。だがこの可能性は実現しない。カルパ王国に生まれてしまったトーカが悪かった。
カルパ王国に生まれたすべての国民は王のために尽くす存在であり、それを達成するために必要であるからこそ国民に人権が認められるという社会構造になっている。これは共通法の命ずる人類を増やせという原則に反していない。強力な法的拘束により個人的な事由で国境を超えることはできないし、傭兵という職業も存在が許されていない。兵士になるのであればまず第一に国王とその利益を守るための武器として存在すべきである。カルパ王国は思想性が強すぎるが、X保有者を社会秩序の頂点に擁立しているようなところにはだいたい似たような制度がある。まあこれは、権力者の絶対性が内部でしか担保されないような構造の集団だったらどこも同じかもしれない。そしてトーカの立場は半端な強さを持つゆえになにもできないという典型例で、歩兵としての戦闘力が高いから国防への貢献が求められ、その優秀な形質を後世に残すべく、何回結婚しても構わないからコンタクトで子を増やせと明言されている。
「顔色が優れないでヤンスねえ。そんなに一六式が気に入ったんでヤンスか?」
「はい。そうですね」
それもあるが、なんなら未婚で子供だけ作るという選択肢もあると伝えられた時の衝撃の方が自分の心を曇らせていた。ひとりの兵士としてのトーカは非常に優秀なのであるから、基本的に戦場にいた方が国家、ひいては国王への貢献度は高いものとなる。であれば、自身の形質を受け継いだ子を他の先駆入植人類に何度も産ませることで共通法の求める数字的な義務を果たすという選択肢は決して批難されるべきものではない、とかなんとかだ。そのために何人の相手を紹介されたことだろうか。子供を作ることに幸せを感じる先天的な資質を持つ者たちは、確かにトーカの生物的な興味を刺激した。だからこそ、トーカは彼女たちと接触することを避けた。一度でも経験してしまえば、自分はきっとその虜になってしまうと恐れたから。
それゆえ、トーカはいまだにコンタクトをした経験がない。
同期で済ませていないのは、トーカだけだ。
連鎖的に思い出されるすべてが、トーカの心を曇らせた。
「一六式が自由に撃てる日がくればよいのですが」
自律型の戦闘兵器になりたい。ただそれだけのための存在に。
……なぜ自分は生き物なのだろうか。
そんなところまで戻る。くだらない問いだった。それに理由などない。気がついたら、先駆入植人類、カルパ王国生まれのトーカ・ストラトスフィアだったのだ。その理由を深掘りして得られるのは、ある種の宗教的自己陶酔だけである。だったら既存の宗教に身を任せた方がずっと早く確実だ。社会の中で生きるということは、トーカにとってそんなものでしかなかった。カルパ王国の軍人として求められることを求められた通りにやっていればよろしい。その過程のなかにコンタクトが存在しているのであれば、手慣れた先達にしっかりと手ほどきしてもらえばよい。どんなことでも最初からうまくやれるほど、人類というものはよくできてはいないのだから。
*
第三段階も終盤に差し掛かり、組織の開拓用中距離迎撃武装軌道車両は目覚ましい活躍を見せた。この名前がやたらと長くこれが本当に正式なものか疑いが生じるような車両は、端的に言えば武装した建築車両の一種である。整地能力に特化しており、車両前方に取り付けられた特殊な金属板によって進路上の土などを押し出し、地面を平らにしていく。この車両の活躍によって、国家連邦もアライアンスも自身の攻撃陣地を速やかに確保することができた。いかに組織の技術が模倣困難かを見せつけられた場面でもある。似た車両が国家連邦にもアライアンスにもないというのは、単に不要だからという一言で片づけられるものではない。整地に使えるということは道路を作る時にも使えるということなのだから、実現できるならどれだけ足が遅くとも軍用として役に立つ。似たものが存在しないということは、そもそも要求されている性能を発揮する別の車両を作ることすらできていないということなのだ。
ひとりはクラリッサ・ラーズグリーズ。遠くからでは銀髪が目立つが、それだけでは彼女を彼女として識別できない。対面してその瞳を見ることで、ようやくクラリッサだと確信することができる。極めて珍しいヘテロクロミアの持ち主だからだ。左が翡翠色をしており、右側が碧色である。
話す時に独語を使うと、クラリッサは驚いたようだ。
「どうして独語を使う?」
独語での問いだった。
「あなたは独語話者として有名です」
「そうじゃない。英語でいいはずだ」
クラリッサはかなり独語に近い英語に切り替えた。
「リンガフランカは英語なのだから、戦場でまず最初に使うべきは英語だ」
「相手に合わせた方がより適切な効果を得られます。それに、各勢力が協働する作戦では、どれだけ多くの言語を理解できるかが重要でしょう。確かに英語を使えない人間など存在しないでしょうが、とっさの状況では母語が出てしまう者も多い。だから意識的に相手に合わせて使う言語を変えるようにしているのです」
「そういう生存戦略もあるということか」
「どうして残ったのですか?」
「新しい雇い主の金払いがよかったからだ」
「なるほど」
クラリッサはアライアンスの兵器を護衛する任務を引き受けていた。命と金とどちらが大事なのだろうか。トーカならば選ばない道だ。戦場選択の自由を金のために使うだけの理由と自信があるということかもしれない。
もうひとりはジャニス・ホーク。アッシュブロンドの髪を肩ほどまで伸ばしており、余分な肉をすべて絞り切った無駄のない体型をしていた。だがそうした肉体的特徴のすべてはどうでもいいことだった。トーカは彼女の使っている銃器を見た。おどろいたので二回見た。
「あなたはジャニス・ホーク?」
「そういうきみはトーカ・ストラトスフィアじゃん? カルパ最強の歩兵でしょ。知ってる知ってる。まだ生きててよかった」
「どういうことですか?」
トーカは自分が
「だからさ、エスペラントに亡命して
「カルパ王国の兵士にそんなことをしてただで済むとでも?」
「そこはそれ。きっちりこの戦場で戦死したことにする。やりようはあるよ」
トーカは数秒考えてから、切り出した。
「向こうでは一六式も手に入るのですか?」
今度はジャニスが黙った。口笛で『エリーゼのために』の始まり部分を吹く。ナインステラに伝わる伝統的な誤魔化しの儀式である。
「一六式ってのはなにを指しているのかな」
「あなたの使っている銃器です」
「これはな、ちゃうねん」
ジャニスは、データ上では英語か中国語を使うことになっている。しかし「これはな、ちゃうねん」はどう聞いても日本語だった。既存の言語でコレワナチャウネンと聞こえるようなものは、すくなくともトーカの思いつく内にはない。
トーカは英語ではなく日本語で詰め寄った。
「ジャニス・ジ・エイミングホーク。その銃はどうやって入手したのですか」
するとジャニスも日本語で話し始めた。
「ちょっと借りてるだけだよ。ちゃんと持って帰らないと殺される」
「エスペラントですか。
「ノーコメント。いや、エスペラントってあんまり治安よくないから、亡命を勧めるなんてどうかしてたわ」
「待ちなさい。その武器は組織の横流し禁止リストにも載せられている武器です。通常のルートで手に入るはずがありません」
「詳しいんだねえ。わあすごい」
「これ以上とぼけるようでしたらカルパ王国兵士を勧誘した不届き者としてあなたを半殺しにし、必要とあれば全殺しにします」
「殺さないで」
そもそも、ジャニス・ホークという個人傭兵は謎だらけの存在である。
「鳥の試験に落ちてるようなダメな傭兵を半分殺したり全部殺してもね、なんの得にもならないと思うよ。カルパ王国の名誉に泥を塗ると思うなあ」
「それと一六式を現に持っていることの間に因果関係は認められません」
彼女は鳥の試験を受けて落ちたから
傭兵に限らず、兵士は自分の装備をできるだけ容易に入手できるものから選ぶ。そうしなければ戦闘能力を恒常的に維持することができないからだ。一六式がなんらかの秘匿契約に基づいて彼女に貸与された品であるということをよしんば納得するとしよう。であれば、彼女の近くにはこの契約を遵守しているかどうかを見張る役割の鳥がいてもおかしくはない。トーカの近くにはエジー、ゼノビア、そしてアカネがいる。ではジャニスはどうか。
「向こうにいるのはあなたの仲間ですか?」
「そうそう。傭兵フレンズ」
「妙な日本語はやめてくださいます?」
「イエスメム」
「あの中には鳥が混じってますね」
「
ジャニスはぺらぺらとよく喋ったが、肝心なことに関しては一切がノーコメントだった。
「一六式の入手経路について話す気はないようですね」
「エスペラントに来ることがあったら、うちに寄っていきなよ。一六式はないけど、標準対物狙撃銃ならいくつかある」
「遠慮しておきます。うちにもありますので」
「他にもお茶のコレクションや、季節のお菓子を作るのが趣味だ。銃に関しては、もうすこし努力してみよう。だから期待しないで待ってるよ。トーカ・ストラトスフィアが家に来たなら、最速で仕事を片づけて帰宅する」
トーカは後に、ジャニスの発言にはいくつもの嘘が混じっていたことを知った。とは言え、それらは決して自分を害するものではなかったことから、彼女たちの間に険悪なものは生まれなかった。また、この時にジャニスを謀殺して一六式を手に入れるという方法を思いつかなかったことについては、幸運だったと語ることになる。
決戦兵器群に損害は出なかった。主にアライアンスの資本投下によって契約を延長された傭兵たちの活躍によるものが大きい。彼女たちのために大量の弾薬類も輸送・補給された。
第四段階の開始は日の出と共に、と定められた。決戦兵器群の配置は、陽光による視界への影響を受けづらい組織の兵器が北西に、国家連邦とアライアンスが東北東に配置された。また、ディズの殲滅と輸送経路が確保できたこと、そして
夜明けを目前に、作戦に関する最終確認が行われた。
地味ではあるが、鳥たちの標準装備に含まれているこのゴーグルについても、あまり外に出てこない貴重なものである。ある一定以下の光量に対しては集光の効果を示し、逆では遮光の役割を果たす。これらを精密機械による処理に依存せずに実行してくれるということは、レンズに特殊な技術が使われているのだと思われる。これも代替品が存在しなかった。鹵獲品も頭数が少なく、必ずしも現場が必要とするものではないことから、トーカたちに回ってくることはない。
さて、誤射の危険性があるため、アライアンスの部隊はくれぐれも国家連邦の射線上に出ないようにと厳命がされた。逆に言えば射線上にいた場合の安全は保障しないということでもあった。後方からの砲撃に専念する組織に対しては、一切の注意喚起が行われなかった。
攻撃開始の合図には信号弾を用いる。夜間であれば発光信号になるが、日の出と共に、ということで発煙弾が使用されることになった。発射はアライアンスが行う。もっとも
トーカたち歩兵は、
上空に黒い煙が広がり、遅れて破裂音が届いてきた。
攻撃開始。砲撃と共に、各勢力の爆撃機が飛翔する。
この時に最も優秀な性能を示したのは決戦兵器群ではなく、アカネと白虹という、異常な速度でディズを撃ち墜とす、人間の形をした自律思考型兵器だった。そもそもアカネの撃ち方は常識の範疇を越えている。右腕ひとつで銃を保持し、発射のためのトリガーと反動制御を一本で済ます。そもそもスコープを覗いていない。そして発射と同時に左手が再装填に使うコッキングレバーを引く。トーカがアカネの白虹で気になると思っていた点はまさにそこで、ホワイトレインボウがすべて右側にコッキングレバーを備えているのに対し、彼女のものは左側に存在していたことである。この撃ち方は人間の想定の範囲外にあるものなので、アカネの白虹は最初から左利き用に作られていたか、彼女のためにレバーの位置を変更したかのいずれかであろう。どっちみち、ホワイトレインボウではこの使い方はできない。アカネの連射速度はセミオートの対物狙撃銃に近いものがある。白虹にはどうやらトーカの知らない秘密がまだたくさん潜んでいて、企業がコピーできない最大の理由もそこにありそうだ。
攻撃開始から15分が経過。アカネはまだ元気に撃っている。なんならエジーに弾薬の再装填を任せて自分は射撃に集中している。交代無し。なんなんだこいつは。
そして二度目の爆撃により、ついに
そこにすかさず突撃したのは、アライアンスの六連装ロケット砲だった。一気に有効射程内まで入り込むと、飛行型ディズに感知される前に一気に全弾を発射した。トーカは再装填しながらその様子を遠くから眺めていた。
着弾と共に
「残敵を掃討すれば勝ちでヤンス」
そうでヤンスか。
「あれを残敵と呼んでよい量かはわかりませんがね」
トーカがようやく顔をあげると、ゼノビアがそう言っていた意味が理解できた。崩れ去った
空を覆い尽くす勢いでディズたちが舞う。この数は見たことがない。千を超えてしまうと感覚が麻痺する。実際に何体いるのか考えるよりとにかく撃つしかあるまい。
最前線で
一六式、いいじゃあないか。これだけ撃ってもまるで壊れる予感がしない。機関砲のようにベルト式給弾ができればもっといい。連射できる。アカネの白虹も同じようにベルト式給弾ができれば長距離殲滅対物狙撃銃として有効なのではなかろうか。まあベルト式にすると信頼性が落ちるので無理か。
「ふふ、ははは……!」
トーカはあまりにおかしくてつい笑ってしまった。アライアンスの攻撃陣地にディズが殺到する。次々と光の集中砲火を受けて蒸発していく決戦兵器たち。必死に応戦する促成兵の群れ。国家連邦も鳥も他人事ではないから夢中でディズを撃ちまくっている。トーカもそうした。こちらにすこしでも関心を持っているやつは特に速攻で叩き落とす必要がある。それと同時に、アカネが向いている方向にも注意した。アカネと同一目標を狙っていては効率が悪いから。対ディズ弾頭は一匹に対して一発当てればそれで十分だ。
後方より見慣れぬ砲弾が飛んできた。それは飛行型ディズの手前上方で爆発すると、なにかの破片が飛び散らせた。トーカの位置からではそれがなんであるのかはっきりわからなかったが、それでディズの集団がごっそり削れる。数十匹という単位でまとめて破壊した。
「あれ、使えるタイミングがあったんですね」
「ただのおもしろ砲弾じゃなかったと証明されたでヤンス」
なんだそのおもしろ砲弾というのは。気になりながら撃つ。撃墜数を数えてくれる人間がいればもっと楽しかったろうに。
「ふう。
「ディズも当たれば軟目標でヤンスねえ」
なるほど。そういうことか。
「組織は物騒な兵器も作っているのですね」
「対人用ではないでヤンスよ」
「軍属の身としては、その危険を考慮せざるを得ませんね」
再装填を完了するとトーカはローテーションを無視して撃つ。
アライアンスが保有兵器を放棄。搭乗員が撤退を開始した。兵器というおとりを使って稼げる時間は短い。むしろ判断は遅すぎた。
ここにアライアンス直掩部隊が投入された。精鋭促成兵で構成されるアドラステイアである。彼女たちはディズ迎撃を兼任したまま前進。これにクラリッサを筆頭とする命知らずのヴァルキュリアたちが続いた。組織と国家連邦による援護砲撃も続いていた。この時点で敵の七割がいまだ健在であり、いくらでも誤爆の危険性がある。それを承知でアドラステイアもヴァルキュリアも突撃を敢行した。
本当に楽しい戦場だな。こちらに余裕があれば同道したというのに。なぜそういう楽しい仕事をこちらに回してくれないのか。
「トーカさん、楽しそうですね」
ゼノビアも弾倉の準備に回っていた。それでトーカの顔を見たのだろう。
「そうです?」
答えたトーカは、自覚できるほどはっきりと笑んでいた。
開戦から45分が経過。アライアンスも国家連邦もすでに保有兵器をディズのおとりとして運用することを決断。運搬用の軌道車両さえも無人にして突撃させた。アクセルに建築資材を噛ませるという原始的な自動操縦により、そこそこ硬いおとりがディズの前に差し出されていった。これは非常に有効であり、ディズの攻撃が逸れている間に後方から促成兵の大部隊が救援として到着。残敵と言うにはあまりに大群のディズに対し、猛攻撃が開始された。この時点でもいまだに五割弱のディズが残っていたため、この援護がなければ本作戦はより深刻な被害を被っていたに違いない。
開戦から1時間と10分が経過した。ようやく残敵は残敵と言える量に減っていた。決戦兵器喪失時に
「おしまいでヤンス」
白虹用の弾丸に至っては、準備されていた755発すべてを消費したという。アカネ以外に使用者がいなかったとは言え、これはもう誰かに話して信じてもらうのが難しい域に到達している。上官から与太話を吐けと命令された時のために取っておくとしよう。
それからほどなくして、ようやく付近のディズが全滅したという判断がくだった。長かった作戦の第四段階の終了である。
家に帰るまでが遠足だ。速やかに第五段階に移る。組織以外の勢力は、決戦兵器をこのまま放棄することにした。どれもディズの攻撃を受けて損傷しており、持ち帰って修理するより道中の危険が増えることの方が問題視された。それに、こうした兵器はいずれまた作ればよい。国家連邦にもアライアンスにもその力がある。
最終段階において組織は不幸に襲われた。牽引式の狙撃砲が小型ディズの攻撃を受けて損傷したのである。これにより当該砲はおとりとして運用された。組織が得た戦訓はひとつ。白虹用の弾丸は余っても腐ることはない。アカネは白虹に使える手持ちの弾丸がなかったことから、他人のスタンダードアンチマテリアルライフルを使うこととなり、しかもそれが途中で故障するまで酷使した。
——ごめん。
「ううん。いいよ。念のため持ってきただけだし。でも意外だな。七式ってあの撃ち方すると壊れるんだね」
——一六式にして返すね。
「えへ。もうかっちゃった」
なんだと。うらやましい。持ってきて貸せばよかった。トーカはこの時、ユイという鳥の名前を覚えた。
それと、
*
第三
トーカと一六式、いや、アカネとその信者たちの別れの時もやってきた。
「いい銃でした。いつかカルパにもこのような銃がもたらされることを切に願います」
トーカがそう言うと、アカネは笑みを造った。だがその造花には誠意が籠っていたように思える。だからトーカも笑顔を返した。おそらくは同じような品質の。
「縁があったらまた今度、でヤンス」
「そうですね。次も今回のように、比較的マシな大規模作戦になるとよいのですが」
エジーとゼノビアはそう言った。トーカも同感だった。その一方、今回の作戦にまだ物足りなさを感じている自分がいることも確かだった。生と死の問題については、物足りない生よりも充実した死の方がよいという価値観もある。
「そうですね。今回のようにマシな作戦で同道しましょう」
と、トーカは世辞を述べた。
だがトーカの中には、カルパ王国にとって後顧の憂いとなりうるものが芽吹き始めていた。強力な武器、自由な思想、なによりX保有者に対する潜在的な嫌悪感。それらへの共感が、トーカが自覚しないうちに育まれてしまっていたのである。
アカネたちを見送ったのち、彼女は返却した一六式のことを考え続けていたという。そして、
鳥になりたい。
だがきっと、そんなことは叶うまい。
それはまだトーカがカルパ王国の妃のひとりとして選ばれる前の、ほんの一幕の出来事だった。
*
今回はこの辺にしておこう。なんだかすごいことになっちゃったからね。
彼女に関する話はまだまだある。生きている限り、彼女から話してもらうことができるだろう。戦死した鳥のことを偲びながら、再びこのような手記を書くヒマができることを願ってる。
さて、例のやつに着手しよう。
いつまでもあの意地悪な先輩に言われ放題してるんじゃやってられないからな。幸いなことに、組織には素晴らしい素材がたくさんある。アライアンスの兵器屋に必要なのは技術じゃなくて素材だったってことを今一度思い知らせてやろうじゃないか。
そいつは楽しみだ。
よろしく頼むよ、未来の大将どの。
きみに期待する先輩より⭐︎
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