Part 3
開発部で使われる秘密の試射場。右手で対ディズ弾を握り、意識を集中する。弾頭の持つ緑色が濃くなった。しかも暗いところでうっすら光るので、視認性が改善するおまけがつく。
あたしの隣では
「それが、コトコトの言っていた人間をやめる手品かい」
コトコトというのは小鳥遊小鳥さんを指している。ケチなメガネほどの知名度はないけれど、あのひとが嫌がるあだ名のひとつだった。というか怒る。頭が悪いんですか。日本語読めないんですか。そういうことをいわれてるひとを見た。相手は笑っていたので、その反応を引き出すことを目的に運用されている。精神年齢が幼いのではなく、自分が楽しむためなら他人の精神を犠牲にしてもかまわないというエゴの産物なんだろうな。
いろいろ考えて思考をおちつけてから答えた。
「まあ、その、あんまり人間をやめたいわけではないのですが、そうです」
「撃ってみなさい」
渡された
目標はこの銃の有効射程外である2000メートル先にある。ここを撃てと示す範囲は半径1メートルほど。訓練用の弾頭だと綺麗な穴が空くんだけど、対ディズ弾頭だと日による。今回なんて特にどうなるかわからない。でもこれを撃つのが一番わかりやすいだろうな。
とにかく、発射。すると、その弾丸が光の帯を引きながら標的に向かって飛んでいった。目に残像が残るほど完全に発光していた。標的のど真ん中を穿つ。穴は綺麗な円を作らず、けっこうな範囲を吹き飛ばしている。銃を持つ手には嫌な種類の感触が残った。反動が強い。それだけならよかったのに。
「もう一度」
うえっ。ボルトをガチャコンして、同一目標を狙ってトリガーを引いた。銃が悲鳴をあげてる。弾は狙いどおりの場所を通過した。環境があまり変化しなかったので、弾道もほとんどおなじだったようだ。いまのはいいんじゃないでしょうか。
「もう一発、いけるか?」
いやです。いやだけど。やるか。やってみますか。
「いけます。ですが安全を保障できません」
「問題ない。やれ」
「知りませんから」
あたしはしっかり構えてからトリガーを引いた。
幸運なことに、弾丸は前のほうに飛んでいった。しかも標的の中心をくぐる。2000メートルも先にあるまあまあちいさい範囲に飛ばすとか、あたしってすごくないですか?
とか思ってないとやってられなかった。
名無の形が歪んでる。真ん中のあたりから。バレルの根元がやられてる感じ。
「おもしろい。よこして」
淘金さんは、なにも恐れるものなどないという態度で銃を奪った。
「前に壊したという名無はもっとひどかった。内部の溶け方からして正規の弾薬の仕業ではない。あれを暴発事故と言われたら原因調査で休暇が吹き飛ぶ。おかげでプライベートタイムは守られ、おもしろい仕事が回ってきた。なるほどね。そういう方向か」
どんな方向だか、あたしにはわかりません。頭が回らなくなってきた。
「なんだその顔は」
「いえ、自分ではなにがなんだかさっぱりなので」
「試験の知識はどこにいったんだ、主席合格者」
その情報、どこからどう仕入れてるの。
「それとこれとは別ですよ」
なんだかおなかが空いていることもあり、この話はいち早く終わってほしかった。
「きみね。銃は撃てば当たる魔法の道具じゃあないでしょ。遠ければ遠いほど理屈で当てる必要があり、だから当てる理屈を知っていなければならない。さっきの弾丸が狙いどおりの場所に当たっているとすれば、撃ってる当人はあの弾丸がどう飛ぶかわかってるはずだ」
「たしかに」
「だめそうだな。カフェにでも行こう。おごるよ」
「わあ甘いのいっぱいたべたいです」
「こういう顧客にもベストを尽くすのが密造のプロというものだ」
遠慮なく糖分をいっぱい摂取したのだけど、物足りない。そわそわする。対ディズ弾をなでたいなあ。なんならディズの素材をそのままなでたい。右手で。おかしい。おなかいっぱいになるまでケーキを食べさせてもらったのに、どうしてまだおなかが空いていると感じるのだろうか。
「もしかして、まだ足りなかったりするわけかな」
「いえ、なんですか。こう、弾頭を触りたいというか。ディズをなでたいといいますか」
「ときどきいる。弾丸だの危険生物を愛でたいと思うやつは」
「違うんです。聞いてください。おなかがすいちゃって。でも甘いのだけだと足りなくて」
「弾は喰えんし、ディズも可食部位なぞないはずだが。まさかな」
淘金さんのプライベートスペースに連れていかれ、曰く「借りた」という飛行型ディズの翼を触らせてもらう。右手で。なでなでしてるといい気分になってきた。おいしいごはんを食べているときの幸福感に似ている。
はあ。こんなもんでいいでしょう。
「そういう……そういうやつなのか。また未知を増やしてくれたな」
彼女がディズの翼をまじまじと見ている。
「だいぶ派手に削ってくれたな。きみ、素手でディズの体細胞を破壊できるのか」
あ。やば。
「えっ、そんなこと起きます?」
「いい。見なかったことにする。結論は明日出す。呼んだら来なさい」
というわけで、次の日の昼過ぎに淘金さんに呼び出された。また密室。
「壊れた名無2丁と、回収した弾丸2発と、試射場のおかしな位置に落ちていた3発。これらから、なんとなくあたりをつけてきた」
弾頭を拾ってくるなんてすごい執念だ。スカウトになれるのではないでしょうか。
「まずこの弾丸は発射時に異常なエネルギーを発生させる。ほとんどが熱になり、通常の金属部品で構成されている銃においては、一発撃っただけでも銃が歪むという問題が発生する。そのため、たとえ外見上は正常に発射できているように見えても、弾道は歪んでしまう。試射には一六式を使ったが、一発目からおしゃかだ」
そうなんですね。
……そうなんです?
「そしてきみの撃った3発の弾丸はおおむね似た場所に落ちていた。どこだと思う?」
「どこでしょう」
「訓練用標的の後方、およそ10メートル付近だ。そして不思議なことに、すべての対ディズ弾頭は、こちらが試射した弾頭よりも質量が少なくなっている傾向があった。これらを総合してひとつの仮説にたどり着いたが、それを支えるにはまだデータに乏しい。そこで、試験用に貸与した白虹をもちいて再び実験を行う。つきあえ」
「了解しました」
白虹に使われている弾頭は通常のものよりもおおきい。なので手品を使うと余計におなかが減った。気のせいじゃない。あたしはクッキーをかじりながら秘密の試射場に連れていかれる。
白虹の総弾数は5発。取りつけられているスコープは通常のものよりもおおきく、重量バランスはかなり劣悪になっていた。もはやささいな差だけど。
「標的は3000メートル、4000メートル、5000メートルに配置した」
「そんなの当たるわけないじゃないですか」
「見立てが正しければ当たる。とにかく当てるという意識で撃て」
仕方ないので3000メートル先にあるというものから狙った。スコープの倍率がアップしても遠くてちいさいという印象はぬぐえない。でも当てろといわれているのだから、当てるしかないでしょうね。ということで、撃つ。当たれ。トリガーを引くといつもより強い反動に襲われた。ただ、あまり変な手ごたえではない。弾丸はいつもより激しい発光を伴って飛翔していった。
「すさまじい精度だな。次は4000」
ちいさいとかそういう問題ではなくなってきた。でもあるのはわかる。撃つ。当たれ。当たりなさい。当たっといてくれないかな。
「震えてきたな。小休止。これでも撫でときなさい」
四角くて硬いものを渡された。緑色の金属片みたいなもの。右手のなかでもてあそんでいるとなくなってしまった。頭がしゃきっとしてくる。ついでにクッキーを口のなかに放り込んでもぐもぐした。いい感じに回復してまいりました。
「5000だ」
あるのかないのかよくわかんなくなってきた。あれかしら。とりあえず撃ってみよう。撃つしかない状況だし。発射。当たってください。当たってくださいませ。ていねいにお願いしたら当たらないかな。あーもう当たってくだしゃんせ。
「信じられん。命中だ」
どっと疲れた。おなかも空いたし。というかぺこぺこです。こんな短時間によくもまあこんなに消耗したもんだ。
「おつかれ。他にもやることは
そりゃようございました。おなかが空きすぎてなにもかもがどうでもよくなってきた。どうしよう。本当に自分が
緋音師匠……。
あなたはいったいいまどこで、なにをしてすごしてるんですか。
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