Part 2

 一六イチロク式と白虹はっこうを持って、早朝の極光雪原をフロートボードで走る。どちらも貸与品だけど、今回については壊しても弁償しなくていいらしい。でもメガネさんのことだから、壊したら壊したでなんらかの代償を支払うはめになりそうな気がする。これはあたしが小鳥遊小鳥というひとを信用できていないせいだと思う。

 淘金ユリガネさんのほうはまた事情が異なる。アッシュブロンドの長髪をポニーテールにしてる、グラマラスな彼女も似たようなことをいっていた。

「壊れたら壊れたで、どう壊れたか見るのに使うし、いいよ。今回は自分の武器だと思って、好きに使ってくればよろしい」

 彼女には使用感のレポート提出しなければならないので、やはり雑に使って壊すわけにはいかないのだ。レポートに嘘を書くのはダメだし、疲れたので杖代わりにしてたら壊れました、みたいなことでもちゃんと書かないといけない。いまのは物のたとえなので、そんな扱いかたしないけど。

 いっしょにいてくれる鳥はぜんぶで5人いた。全員知らない相手だ。リーダーは輝紗テレサさん。ランクB。金髪碧眼で、淘金さんをスリムにしたような体型をしている。目つきが冷たい。お目つけ役の雰囲気。

 今回の仕事は、小型ディズの駆除と、それを通じて既存の銃の実戦における使用感をレポートにすること。あたしにあずけられた一六式と白虹は、使った経験はあるけど、実戦では撃ったことのない銃だった。だからあたしがちょうどいい、ということらしい。

 敵集団を発見。朝の光がディズの表皮に反射している。ゴーグルをつけているから、こうした光学的な邪魔を気にしなくていい。

 まずは一六式のほうを左手で構えた。緋音アカネ師匠の真似をして片手で。うん。軽い感じがするかな。これでも12キロはあるはずなんだけど。正式名称は一六式標準対物狙撃銃。組織ができた年を1として数えて、16年目に開発されたからこういう名前がつけられてる。

 このまま撃つのは曲芸みたいになってしまうから、ダメだ。右手を添えつつ、リーダーの攻撃指示を待つ。周囲にちょうどいい岩場はないので、リュックを置いて銃身をそのうえにのせた。

 許可が下りた瞬間にトリガーを引く。リロード。ボルトアクションだから再装填は手動だ。そうしているうちに命中を確認。次弾発射。リロード……空中で動く相手に次々と弾を叩きつける。

 すごく使いやすい。軽いのもあるけど、反動がちいさいのがよかった。マズルブレーキという、反動を軽減してくれる部品が銃口の先端についてるおかげ。肩が楽。発射音がうるさいけど、ディズはこちらを音で感知してこないので問題ない。照準器も自分の気に入ったやつをつけられるので、前より格段に当てやすくなった。二度と量産型の名無ナナシに戻れない。練習の成果も出ていた。動く相手におもしろいように当たる。

 第一集団はあっという間に全滅。あたしはマガジンチェンジを一回挟んで9発を発射、全弾命中した。弾倉を交換している間に、声をかけられる。

「グートゥキル」

 輝紗さんが親指を立てた。

 第二集団には白虹を使う。今度も左腕で。一六式と比べると重いかな。それと照準器を始めとして細かい変更が手軽にできない。だからあたしは、すべての仕様を緋音師匠とおなじものにしてもらった。けっこうしっくりくる感じなので、逆に師匠にはあってなかったという疑惑がある。

 攻撃開始の合図を見た瞬間に、トリガー。弾を発射すると反動も跳ねあがりも一六式とは比べられないほど強かった。マズルブレーキのそっくりさんで、マズルコンペンセイターという跳ね上がり防止用の部品がくっついてるのに、それでも普通に跳ねる。だがそれもいまではたいした問題じゃない。即リロードして命中確認。撃つ。リロード。撃つ。リロード。テンポがいい。一六式と比べると相手に命中するまでの時間がみじかかった。反動と跳ねあがりがとんでもないことになってるのは、弾丸を飛ばすために使ってる火薬が強すぎるせい。マガジンチェンジも大変だ。弾がおおきいということは弾倉もおおきいということで、それをはずしてつけかえるのだからもちろん手間がかかる。師匠と何度もくりかえした練習がなければもっと時間を喰っているところだ。

 第二集団もたいしたことはなかった。発射数は8、全弾命中。こんなの、むかしの自分にはできなかった。

「本当にランクD? 手慣れてる」

 輝紗さんが笑った。よそいきを感じる。でも冗談をいってるようでもない。

「はい。まだ入って日が浅いんです」

「そう。なら昇格試験を受けたら。実技だけでCになれる。推薦しようか。才能発掘で寸志がもらえる。先手がいなければだけど」

 師匠も実技がどうのっていってたな。みんなそうなんだろうか。

「はは……。実は小鳥遊さんに目をつけられちゃってて」

「それは残念。ここまで目立つとさすがにお目こぼしはないわけね」

 そのあと、軽く小勢を片づけてから帰還した。銃が壊れなくてよかった。できるだけ壊れないようにていねいに使ったから、それがよかったんだと思う。この前みたいに変なことを試さないようにしないとな。

 さっそくレポートを書いて、兵器開発部にいく。

 淘金さんはちらっと紙を読んでから、いった。

「一六式と白虹なら、どっちがいい?」

「えと」

 あたしはすこし迷ってから答えた。

「一六式のほうがいいかもです。使いやすいので」

「このレポートだけ見ると、白虹のほうが気に入ってるようだが」

 うっ。

「アリアちゃんに銃の正しい評価は求めてない。あくまで使った感想だけ述べればよい。使いづらいけど白虹のほうがいい、というのがレポートから読み取れる内容だ。違ったかな?」

「あってます……」

「それはきみの師匠筋が白虹の使い手であることと関係しているか」

「そうです。師匠の使っていた武器なので」

「だけでもなかろう」

 素直に話したほうがよさそうだ。

「いまの自分なら、白虹くらいの反動ならたいしたことなくて。だったら威力があって遠くまで飛ぶほうが武器として安心できるんです」

「これの反動をたいしたことがないといえるのは、人間ではない」

 ですよね。

「だが銃器の製作は、それを使う者の要求をすべて満たしてからが本番だ。ひさしぶりに秘密の銃を作ろうじゃないか」

 淘金さんはそういうと、あたしに白虹に関する基礎知識を教えてくれた。

「白虹の設計思想は単純明快。質量の大きな弾丸を高速で叩きつけることができる携行武器だ。加えて小型ディズは単独行動をしないため、弾丸は可能な限り連続発射できなければならない。光による反撃を考慮すると、有効射程は長ければ長いほどよい。突き詰めた結果、氷点下の環境で2500メートル先の飛行型ディズに対して有効な威力を発揮する銃器が生まれた」

 長すぎるのであたしは適当にうなずいた。

「その代償として白虹は使い手を選ぶ銃となった。弾が重い、銃自体も重い、発射時の負担が大きく、維持コストも生産コストも高い。だからすべてがほどほどにおさまっている一六式が現場で評価されている。次世代量産型対物狙撃銃を目指して作られたのだから使いやすいのは当然だが、まだコスト削減が進んでいないのですべての鳥に配布するわけにはいかないのが現状だ」

 そうなんですねえ、という顔をしてたと思う。

「それゆえ、目下の優先作業は現場が求めている一六式をもっと安く大量に作れるようにすることだが、我らが火鑽ヒキリ御大おんたいは、それはそれとして白虹とは別の銃を作れとおっしゃられる」

 淘金さんが手を叩いたので、あたしの意識はこちらに戻ってきた。

「だがあまり画期的な新型を作ると面倒な立場を押しつけられる恐れがある。御大はもう老い先テロメアが短く、次期後継者を探していらっしゃる。幸い、うちには奏遠カノンというやる気に満ちあふれた新人がいる。あれにすべてを押しつけるべく、我らは白虹をより先鋭化した使いづらい銃を試作しようと思う」

 それは組織の仕事としていいんでしょうか。

「だから白虹に足したい性能を言ってみてくれ。突拍子がなくても問題ない。国では顧客の要望を満たすおもしろハンドメイド武器を作っていたのでね」

 淘金さんはひどく楽しそうにそういった。

「だから、次期特例上位ランカーにしか使えんような、バケモノ銃を秘密裏に製作する。さすれば火鑽御大はめでたく奏遠という後継者を得ることになるだろう」

 人間から離れる道を歩き始めたあたしには、どうもこんな運命しか待っていないようです。選択肢もないし。逃げ道もないし。だったらもう、毒を喰らわば皿まで精神で突き進むしかありません。岩如翼イーターのように。

 ですよね、師匠?

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