偽りの音 / Encounter the Imitator
Part1
あるいは、やつのことを忘れないために。
でも、いまあたしは、あいつのことをイーターとして意識してる。
ディズの体細胞を加工することに関しては、組織の技術が突出している。そういうのは世間の常識なので、鳥でなくても知っていた。駆除したディズの素材は、もうこれ以上使えないというところまで徹底的に使い倒される。軽くて硬いどころのさわぎではなくて、対ディズ用弾頭が発明されるまでは、小型のディズでも通常弾頭で倒すのはほぼ不可能といわれていた。
広い広い宇宙のどこかには金属でできた生き物がー、みたいな。
それが実際にいた感じなのが、ディズという害獣だ。
だからさ、食べられるところなんてあるわけない。
そう思ってたんだけど。
イーターの右翼に備えられた、質量のある光の発射機構。それが隔離病棟の一階ロビーに運び込まれてきた。すごくおおきい。自分の身体をまるまるおさめてもまだあまるほどのサイズだ。こんなところから発射された光に当たったらそりゃ死ぬよ。
ケチなメガネとして有名な
「もうすでに告知済みですが、アリアさんはNRS——ノイジーレディオシンドロームの患者と認定されました。そのためレッドバンドを組織の許可なくはずすことは原則として禁止となります。なおNRSとレッドバンドの存在自体も秘匿事項ですので、他言無用でお願いします」
あたしはうなずく。自分がいま赤いヘッドバンドをつけてるのを触れて確認した。
小鳥遊さんのいっているノイジーレディオシンドロームは、世間でいうところの思考
だから国家では、思考攪乱症患者は即時処分されてきた。突然の思考攪乱を防ぐために、高級品であるアルミホイルを帽子に仕込むのが流行ったという話さえある。
恐怖は正常な判断力を奪う。
そういう危険な病気になってしまった。
ぜんぜん自覚がない。いや、右腕なくなっちゃったのに割と平気な感じだから、これが症状のひとつなのかも。自分が鋼鉄の精神を持っている自信はないので。
「レッドバンド自体はそれほど高価ではありませんので、予備も含めて都度支給しますが、だからといってぽんぽん壊したりなくしたりしないように。譲渡も禁止です。無償提供は月にひとつまで。それ以上は有償です」
この赤いヘッドバンドは、あたしのために支給されているのではなくて、周囲の人間に害を及ぼさないように渡されている。これを身に着けているだけで思考攪乱が広がることを防ぐことができるのだ。頭痛も起きないみたい。
……だから、師匠となんでもない日常生活を送れていたんだ。
「ですが悲観することばかりでもありません。NRS罹患者だからこそ可能な、特殊な再生医療があります。といっても、ほぼ実験という形になりますので、本人の同意を得る必要があります」
本実験により発生したあらゆる出来事に組織は責任を取らず、また患者本人が組織に対して無視できない規模の損害を与えた場合はこれを速やかに処理することに同意する。とかなんとか書いてある。
これ、同意するのをすごくためらうことしか書いてない。医療じゃなくて実験って書いてあるし。なにが起きるか書いてないし。
「口頭で説明しておきます。本実験のメリットはふたつ。ひとつは本来であれば自然再生することのない、喪失した部位が再生する可能性があること。もうひとつは、先駆入植人類でも達成困難なレベルの身体能力の獲得——緋音さんのようになれる可能性があることです。どちらもディズが存在する環境下では決して得られない利益でしょう」
息を吞んだ。こくこくうなずくだけにした。
「デメリットは多数あります。まず、望むだけの再生効果が得られるとは限らないこと。緋音さんの場合は発声器官である喉が再生しませんでした。ですから、あなたの場合もしっかり右腕が復元するとは限りません。一部が欠けているならまだしも、肘から先がないといった、あきらかに重篤な現象も発生しうるのです。こればかりは先例がすくなすぎて法則性が判明していません」
だから、期待するな、ってことかもしれない。
「加えて、損傷部位の範囲がおおきすぎるため、人類にとって未知の器官が発生する可能性があります。そもそもNRS自体がディズのはなつ質量のある光の影響により人間の脳が変成したために発生したと考えられています。これからおこなう実験はディズの体細胞を使用するものなので、もっと激しい変化が起きたとしてもなんら不思議ではないのです」
うわ。
「ですから、我々にとって不利益となる変化が起きたと判断された場合は、あなたを処理せざるをえないわけです。もっとも、組織としては貴重な実験サンプルをむざむざ手放したくはない。ですから安心してください。すくなくともこの場で即時射殺というのはよほどのことが起きないかぎりありえません」
背筋になにかが走った。
あたりをきょろきょろ見てみる。
何人か、鳥がスタンバイしてる気配がしたから。
「全員、組織と特殊な契約を結んでいる秘匿戦力です。あなたの秘密は守られますので、ご安心を」
心配してるのはそっちじゃないんですけど。
「他にも、NRSのさらなる変性が懸念されます。簡単にいうとディズに近づきます。人間をやめることになる、ともいいますね」
それもっと早くいって。
「他にも細かいことはいろいろありますが、緋音さんがだいじょうぶだったのですから、あなたもだいじょうぶでしょう。可能性を信じてやってみませんか」
やっぱり組織は組織だったし、メガネさんはケチなだけじゃなく人間性も欠けてるというのがよくわかった。あたしのことおなじ人間だと思ってないよ、これ。
これに賭けてみようとか思ってしまうあたしもあたしで、どうかしてる。
動機はふたつ。
師匠とおなじ力が得られる。
そして、師匠とおなじになることで、もしかしたら。
抗いがたい誘惑に胸が高鳴り、そのせいで傷が痛んだ。右肩吹っ飛んでるもんね。
「心が決まりましたらこちらにサインと
メガネさんに万年筆を渡された。すごい高級品だ。小鳥遊小鳥の名前が本体に彫られている。もしかして組織から支給されてるのかも。もしかして、あたしが知らなかっただけで、めちゃくちゃえらいひとと話をしてたりするんだろうか。
こころのなかで、どちらにしようかな、と唱えてから、あたしはサインをした。
「あれ。アリアさんは右利きだったと記憶していましたが」
「両方使えるんです」
「なるほど。覚えておきます。これ、朱肉です」
「ありがとうございます」
ぽんと押すと、メガネさんが指先をハンカチでぬぐってくれた。めちゃくちゃしっかりアイロンかけてあった。
「準備は整いました。さっそく開始します」
で、あたしの前に、きらきら光る緑色のまるいものが差し出された。
「ではこれからいってください。緋音さんからのアドバイスを考慮して、味に改良を施してあります」
「これはなんでしょう」
「そこにある発光器官の一部を削り取って調理したものです。本当は直にいって欲しいのですが、緋音さんの報告では死ぬほどまずいということらしいので。比喩ではありません。緋音さんは上天山脈で
細かい記録を見たいですか? とメガネさんはいった。
丁重にお断りする。
そして意を決して、その緑色の丸い物体を食べた。
「うっ」
「はい、吐かない。総員、押さえて。はいだいじょうぶですよアリアさん、なにも考えずに飲み込みましょうね」
死ぬほど、まずい。吐きたい。けど待機していた鳥たちに無理やり上を向かされ、飲み込むように仕向けられた。喉元をすぎても舌の根っこにえぐい金属の香りが残ってる。そこにごまかしの甘さが足されて、とてもまずい。
「後味すっきりジュース、いきますよ」
口内を洗浄するように、
これはだめだ……。
このようにしてあたしは、イーターへの第一歩を踏み出すはめになった。
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