オサれる



 ※※※



 馬鹿なことをした、と俺は頭を抱ええたくなるが、それももうできない。この女の、そんなことできるわけがない。


「いっぱいあるでしょう? あ、これは小さいころに作った押し人で、下手だなー」


 誰が信じられるだろうか。大学のマドンナが地球外生命体だったなんて。


 俺だって信じられなかった。家に入った途端、マドンナの皮が背からバリバリ割れて、中から巨大で歪な黒い人型がでてきたときは夢かどうかを疑った。

 けど、夢ではなかった。俺を人形のようにわし掴みにした痛みは本物で、今も腹のあたりを押さえつけてきている。

 こいつが怒ったらこの食い込んだ指がどうなるかなんて、そんなの考えたくもない。


「あ、ほら、ここ。 この人、動いちゃったんですよ。押さえるときに。もっと上手くやれればよかったんですけど……」


 だが最悪なのはそれだけではない。もっと最悪なのはこいつに悪趣味な収集癖があることだった。


 俺は震えにガチガチと歯を鳴らしながら、化け物が指す床に散らばったラミネート加工のカードを見る。


 人間大のそれには、押し花のように閉じ込められていた。


「本当はもっとにこーって笑ってるはずなんですけど」


 どんなやり方をしているのか、全裸に剥かれた男たちのどれもが歪んだ恐怖の表情を晒している。笑顔なんてどこを探しても見つかりそうになかった。


 つるりと清潔に加工された、人間のしおり。

 むせかえるような恐怖にあてられて、俺は鼻と口を手で覆った。


「……こんなに押したい人、あなたが初めてなんです」


 可愛らしい声で、化け物が言う。縦に長い頭蓋が剥き出しにしたような顔に、ぐぱっと開いた口の中には細長い十本の舌があるのに、声だけが変わらない。


「だから、あなたには笑ってほしいなって……駄目、ですか?」


 錐のように鋭い指が俺の腹を突いた。痛みが生じ、血の玉が腹に浮き出る。


 俺は赤べこ人形のように首を振って、顔全体で笑ってみせた。するとマドンナの声をした化け物が顔を引き裂いたような笑みを浮かべる。


「よかった!」


 その瞬間だった。化け物の手が俺の身体全体を包み込み、その隙間は徐々に徐々に少なくなっていく。


「押し人になったら、ずっと、ずーっと一緒ですからね」


 化け物の手と、俺の身体の間はついにゼロになって、俺は生まれて初めて自分が潰れる音を聞いた。








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