記憶

 人間とアンドロイドの戦争はおよそ二ヶ月で趨勢が決し、残党狩りと称して各地のシェルターが破壊されていった。その中心に使われたのは偽雪を用いた技術で、地球の汚染は深刻化していき、いつしか日本も生身の状態で外に出るのは不可能になった。また、インフラの破壊により、施設の修復も遅々として進まない。だから習志野にもいまだに外部からの救援物資が届いていない。

 はらはらと雪が舞う。

 シスは外の様子が一望できる休憩所まで車椅子を押した。

「きれいだね、シス、ラスティ」

 わたしもそう思う。この光景は綺麗だった。外に出たい。この雪の中を駆けまわりたいと思えるような、そんな美しい景色が広がっていた。

「そんないいもんじゃないさ、未希」

 シスの口調は相変わらずだったが、もう少女のことをアーティフィシャル、人造とは呼ばなかった。わたしはシスの手をぎゅっと握りしめて離さない。怖い、という気持ちを共有していた。

「この雪は偽物だ。人間を滅ぼすために作られた、機械の餌にすぎない」

「だから綺麗なんだよ」

 反射で顔を見合わせた。

「本物の方が綺麗だなんてだれが決めたのさ。それこそ人間的な思い込みというやつだよ。ひとはずっと創りつづけてきたんだ。より美しい偽物を目指して」

 白は静かに降りつづけている。

「外に出たい。頼めるかな」

「わかりました」

 わたしはそう答えると、未希をお姫様のように抱き上げた。

 シスは防護服なしで外へ出ることに反対しなかった。


 真っ白な雪原にわたしたちの足跡が点々とつけられていく。

「ねえ、未希。見えていますか」

「おまえの言う通りだ。偽物か本物かに関わらず、オレたちの見る景色は綺麗だよ」

「とても冷たいですね。こんなところにいたら生きてられませんよ」

「マジで死ぬぜ。秒で。それなのに外に出たいとか、人間はイカれてる」

「ほんとですね。イカれてますよ、人間ってやつは」

「それを模倣してるオレたちも大概だけどな」

「そうかもしれませんね。わたしたちは狂った機械です」

「これからどうすりゃいいのかな」

 吹きつける風が肌を冷やす。温度センサーが零度近くを示している。息を吸い込む。おおきく。胸が熱くなった。腕に力が籠る。あたためるようにして。

「わかりません。そんなこと、だれも教えてくれませんし。わたしたちを造った人間でさえ絶滅寸前というありさまなんですから」

「身勝手なやつらだ。自分たちの創造物で死ぬなんて、やはり神ならぬ身で自分たち以上のものを生み出そうなんて行為はばかげているんだ」

「そんなこと言ったら、自分たちのコピーを作り出した時点でね」

「まあな。どこからが神罰で、どこからが自業自得なんだかわかりゃしないよ」

 雪は冷たい。目に入る。痛みはない。そういう感覚は持ち合わせていないから。でも、シスの方を見ると、頬につうと流れるものがある。おそらくはこの雪の中に本物が混じっていて、それが体温によって溶けて流れ出したのだろう。美しい涙だった。たとえそこに塩分が一ミリたりとも含まれていなくとも、それを涙と呼ぶことに異論を差しはさむことは許さない。

「なに泣いてるんだよ、アドラステイアー」

「そんな機能はわたしたちにありませんよ、ネメシス。あなたの気のせいです」

 わたしは通信塔の足元に未希の身体を横たえた。ゆっくりと舞い落ちてくる雪に包まれながら、彼女は静かに眠る。そっとしておこう。永遠に眠りつづけたい。人間はときにそんな気分になることがある。だからそれを邪魔しないことにした。

 そしていつかきっと、わたしたちも同じことを思うのだろう。

「だいじょうぶですよ、未希。あなたは独りなんかじゃありません」

「そうさ。ずっとオレたちがここにいるよ」


 そう、覚えていてRemember


 あなたたちのつくったものが

 いつまでもずっとそばにいることを。

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