破綻

 未希が倒れた。それは昼間、なんでもない雑談を交わしているときだった。理由がわからない。わたしには基礎的な看護知識以上のものがなかった。脈が弱く呼吸も浅い。しかし致命的なショック症状を起こしているという感じもしなかった。風邪か過労で弱っていると考えるのが妥当か。わたしは夜毎の行為が彼女に過負荷を与えてしまった可能性を恐れた。

 シスを呼ぶ。彼女はわたしよりも医療に詳しかった。看護型のように特化しているわけではないが、少なくとも戦場で応急手当ができる程度の機能が与えられている。

「過労でしょうか」

「最初に疑うべきはそれか、あるいは風邪だろう。だが断定できない。それ自体がおかしい。パーソナルデータを参照するべきだ」

 未希をベッドに寝かせて、基地のデータベースを覗いた。今日までそれに興味を抱いていなかった。

 だから、未希の肉体年齢のことについて知らなかった。

「耐用年数か」

 シスの声は平板だった。いつも未希に吐いていたような棘が抜けている。

 わたしは言葉を失っていた。アーティフィシャルの年齢は外見から判断できない。そんな基本的なことさえ、わたしは見落としてしまっていたのだ。

「アーティフィシャルの寿命は二十年。それ以上には伸びない。まずいな。このデータが正しいとすれば、あいつは三か月以内に死ぬ」

「止める方法は」

「あると思うか? 人間のやつらがセーフティとして仕込んだものだ。それがうまくいってきたのを歴史で知っている。既知の手段ではどうにもならない」

 シスがわたしの手の甲に触れた。震えていた。どちらも。

〈この基地の通信施設は健在だった。おそらく偽雪散布環境下でも通信衛星と連絡を取る方法を確保していたんだと思う〉

〈でも、それでどうするんですか?〉

〈偶然を頼る他はない。彼女の肉体年齢を止める方法を探るんだ。この基地にあるとは思えないが、他にはあるかもしれない〉

〈冷凍睡眠のような、ですか〉

〈人間は死にたくないという生き物だ。なにかしらあるはず〉

 わたしたちの行動は迅速だった。

 基地の医療機械は破壊されており、復旧の見込みがなかった。最優先で修復すべきものだったが、材料がなかったので保留となっていたのだ。壊したのはアンドロイドで間違いない。そしてアーティフィシャルである未希以外は殲滅された。この状況では、医療の観点から未希の延命をすることは一切期待できない。

 一方、基地の衛星通信設備はほとんど完璧な状態で生きていた。朱鷺アイビスという機と連絡が取れる。世界情勢はアンドロイドが圧倒的有利という状況で進んでおり、人間の基地のほとんどが通信途絶の状態にあるという。

「こちらに寿命の尽きかけたアーティフィシャルがひとりいる。彼女の死を先延ばしにする方法はないか」

 朱鷺からの通信が音声で返ってくる。

「ありますが、実現の可能性は低いです」

「あるのか」

 シスが驚いた様子で訊き返す。わたしも同じ思いだった。

「どんな方法なんだ」

「人間の意識を電子化する技術です。遺伝子は電子情報と肉体のふたつで保存可能です。ただ、この技術はアメリカのもので、実用化されているかどうかは不明です」

「それでは意味がありません」

 わたしは思わず言っていた。

「電子化された意識は人間のものとは言えません。連続性が断たれてしまうではないですか。そんなもの、ただのコピーです。死の先延ばしですらない」

「アメリカのアーティフィシャルは、それを承知で技術開発をしていたようですが。そして、実現可能性がいまゼロとなりました。ボルド・イーグルのシステムがダウン。撃墜はされていませんが、復旧には三か月以上かかります」

「だいじょうぶだよ」

 わたしたちは通信用コンソールから目を離した。背後には未希の姿があった。

「わかっていたんだ。こうなることは」

 彼女は管理者権限を使い通信を強制的に打ち切った。

「意識の電子化なんてまっぴらだ。だから、このまま死なせてくれ」

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