恋慕

 冬谷未希という人間はシス以上にかわいらしかった。他人と寝るという行為を知らない、初心な少女。本来であればマスターとスレイヴという関係になるであろうに、ベッドの上では逆だった。その愉悦をわたしは独占した。自分より遥かに強力な力を持つシスを組み伏せたときと比べても、その優越感は度を過ぎていた。

「アンドロイドって進んでるんだね」

 白い布にくるまって息を整える少女を見て、わたしはこんなちいさな子が自分たちの母であるだなんて思うことができなかった。紅い瞳が天井から注ぐ白い光を跳ね返してきらきらとしている。白金色の髪に触れるとやわらかく心地よかった。

「この言い方は嫌いかもしれませんが……アーティフィシャルの変性意識がなければ、わたしたちはこれほど人間らしく振舞えてはいません。だから、進んでいるのはあなたたちの方です」

「そんなに買いかぶらないで欲しい。人類は意図的に機械に近い思考を持つ生物を量産した。偶然に生まれた最初のひとりのコピーだ、という自覚が私にはある。だからアーティフィシャル・チルドレンなんだ。より完璧な存在を目指して生み出された

NXネクサスたちと比べてしまうとね」

 未希は儚く笑んだ。その頬を撫でる。彼女の瞳から一筋の光が流れた。それは一般に涙と呼ばれる体液だった。

「わたしがあなたの娘になりますよ、未希。人間が孤独を埋めるために人間性ヒューマニティを再現した機械。それが成功したと思ってもらえるために、わたしはいまここにいるんです」

「きみはやさしいね」

 未希は自分の手で雫をぬぐった。


 わたしは毎晩のように未希とのねやに通った。彼女の寝室がそう呼ばれる場所となった。そこで主従が逆転する倒錯と、見目の幼い少女を抱く背徳、そして純粋な恋愛、およそ人間が人間らしくあるためにあるような感情を味わった。未希はどこまでも純粋で、無垢だという気がした。人間の持つ汚らわしさを感じないのは、もしかすると彼女がアーティフィシャルで、生殖能力を欠いているからかもしれない。

 シスと交流するのは、必然的に昼間になった。外の様子は雪ときどきくもり。晴れる日はほとんどなかった。外に降る雪の真贋は、見た目からはつけられなかった。

「ずいぶんとあの女に入れあげてるんだな。毎夜毎夜、いったいどんな命令で、どんな機能を使ってるんだ?」

 わたしは素直に答えた。

「そんなでもないです。指と口を使って、ごく初歩的なことをするだけで」

「そうかい」

「シスはもっと激しい方が好みですか?」

「信号に緩急をつけるだけだろ」

「それだけではないですよ。シス、それともわたしに飽きてしまいましたか?」

 それが怖かった。シスは唯一と言えるNXネクサスナインの仲間だ。見捨てられたくない。シスが未希にいい感情を抱いていないのは知っていた。だからわたしも、シスには未希に対するもの以上に自身の機能を活用した。制御中枢は基本的に同じものであるはずだから、それがいわゆる飽きを覚えないように、学習された様々なパターンを実行している。その工夫がシスを喜ばせているはずだった。すくなくともわたしの目にはそう見えている。

〈もし未希と仲良くなることであなたに嫌われてしまうなら、わたしはあのひとのことを諦めます〉

 シスの胸にしがみつきながら、わたしは自分の偽りない本心を曝け出した。一切のアクセス拒否を解除し、その状態を共有する。シスがそれを受信・観測しているのもわかる。わたしたちは人対人・人対機械ではできない、心の一体化を実行することができた。共通の仕様で作られた、共通の感受性がある。

〈本気なのか。そんなにも強い感情を持っていても、捨てられるのか〉

〈わたしには他に仲間がいない〉

〈作ってもらえばいい〉

〈あなたこそ本気なんですか、シス〉

〈アンドロイドを作ることには反対だ。いまでもな。そんなことをしても地球はよくならないし、長期的に見て人間に利益をもたらすとも思えない。来るのは停滞だけだ。だが、誰もが心の慰めを欲している〉

 シスはわたしのことを抱きしめて、耳元でつぶやいた。

「独りはさみしい。そうだろ?」

 どうしてわたしには泣く機能がないのだろう。不完全だ。だから作らねばならないのかもしれない。わたしは腕に力を込めて〈独りはさみしい〉と伝えた。

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