47 一緒に飛んでくれる?(side:イヴ)
止められてもカケルに付いていってやる!
そう、考えたこともあった。
しかし、それが人生を左右する選択だと、さすがにイヴも慎重になる。彼と共にエファランを出てしまうと、いつ戻って来られるか分からないのだ。
「……付いて来い、って言ってくれたら良いのに」
カケル自身が求めてくれたら、それも決断材料になる。
だが、あのポヤポヤした昼寝大好き竜が、はたしてそこまで言ってくれるだろうか。
だいたい、カケルが出て行くタイミングも分からず、追いかけることは不可能だ。
「……」
「イヴ・アラクサラさん。エファラン国軍飛空部隊から、呼び出しです。竜の止まり木に行って下さい」
久しぶりに北区の学校に行くと、教官からそう告げられた。
先日の合同演習の聞き取り調査だろうか。
正直にすべて報告したのだが、今のところ王女リリーナの手回しもあってか、勝手に行動したことに対する処分は下っていない。
イヴは北区の駅から、路面電車に乗る。
電車は滑らかに走行し、嘆きの湖の水面を渡っていく。
この湖の底には、あの古代種の竜が眠っているのだ。
エファランは長い歴史を持つ都市だが、その繁栄を支えているのは、都市内に涌き出る豊富な水源だ。かの竜がいるおかげで水が尽きることがなく、都市内の農園にも必要な用水を配分できている。水の確保が難しく滅びた都市もあるという話なので、とてつもない僥倖である。
水面を渡り終えると、列車は竜の止まり木の前に停車した。
イヴは列車を降り、竜の止まり木の根元にある、軍の施設に向かう。
「あれ? お父さん?!」
「イヴ。どうしてここに」
受付で、父親と出くわした。
「アロールに呼ばれたのだ」
「お父さん、私も」
二人して、狐につままれたような面持ちで、応接室へ向かう。
扉をノックして入ると、アロールと、隣にカケルが立っていた。
「お待ちしていました」
「一体何用だ。娘も呼ぶとは」
向かい合ってソファーに座る。
対面側に腰かけたカケルは、得体の知れない微笑を浮かべている。
アロールが説明を始めた。
「前回の、遠征部隊派遣から数年経ちました。そろそろ新たに遠征部隊を組織しても良い頃合いです」
遠征部隊とは、約一年あまりの長期に渡りエファランの同盟都市を巡り、情報を収集する特別な飛空部隊である。
「カケルくんが立候補してくれたので、彼を中心に隊員を選定しているところなのです。イヴ・アラクサラさんは飛行準士の資格を持っている優秀な魔術師だ。できれば遠征部隊に加わって頂きたいのです」
イヴは息を呑んだ。
そうか。父親のリチャードを説得するために、カケルはアロールを引っ張り出したのだ。そして、誰にも文句を言わせないよう旅を合法化するため、遠征部隊を組織することにした。
「リチャード・アラクサラさん」
カケルが静かに口を開いた。
「必ず、イヴはエファランに帰しますので、僕に預けて頂けませんか。彼女の安全は、アロール隊長も保証してくれます」
淡々とした声音だった。
若いカケルが落ち着いた物腰で、はっきり責任の在処を口にしたので、リチャードは拳を振り上げようとしてできず、戸惑っているようだ。
アロールとリチャードは友人らしい。
そして二人とも、エファランの軍事面で多大な影響力を持つ権力者だ。
こと仕事の話も入るとなると、娘を溺愛する父親も冷静にならざるをえない。
「しかし……」
「お父さん」
イヴは、ここが攻め処だと判断し、割って入る。
「お父さんは昔、遠征部隊に加わったんだよね? それで、他の都市でお母さんと出会ったんだよね?!」
「それは……」
「私も世界を見たい。お父さんみたいに、広い視野を持って沢山の人を守れるようになりたいの」
賞賛を織り混ぜて頼むと、リチャードは弱った顔になった。
彼は逃げ道を探すように視線をさまよわせ、最後に肩を落とした。
「……分かった」
「ありがとう、お父さん」
「ただし、ちゃんと都市に着くごとに手紙を送ること。一年後には、エファランに戻ってくることが条件だ」
父親はなおも悪足掻きを付け加えたが、イヴは無視して心の中だけで快哉を叫ぶ。
許可が無くても出て行くつもりだったが、許可はあるに越したことはない。何もイヴは、したくて父親と喧嘩している訳ではないのだ。
遠征部隊に加わることが決まったので、いくつかの事項をすり合わせした後、多忙なリチャードは仕事に戻っていった。アロールも同様だ。
竜の止まり木の根元には、イヴとカケルだけが残される。
イヴは真上を見上げる。
ちょうど外に飛び立つ竜が、止まり木から気流に乗ったところだった。竜の翼が陽光を遮り、湖に影が落ちる。強風がイヴのストロベリーブロンドを巻き上げ、水面にさざ波が立った。
「……カケルは、私に声を掛けないかもしれないと思った」
あれだけ無視されていたのだ。
イヴはちらりと横目でカケルを見ると、彼も空を見上げていた。
「イヴはいつも俺に手を差し伸べてくれた。それなのに、俺が受けとるばかりなのは、不公平だろ」
彼の声は穏やかで、日溜まりの温もりを感じさせる。
「俺も、イヴと一緒にいたいんだ。一緒に飛んでくれる?」
「もちろん……!」
歓喜のあまり抱き付くと「離れろ」と低い唸り声がする。
イヴはカケルの腕に抱き付いたまま、振り返った。
「何いたのソレル」
「この女、調子に乗りやがって」
いつの間にか、そこにはオルタナが仁王立ちしている。
不機嫌そうなオルタナに、ざまあみろと舌を出してみせた。
狂暴な獣人などにカケルは渡さない。
睨み会う二人は意に介さず、カケルはふわふわした口調でマイペースに言った。
「う~ん、気持ち良い風。お昼寝に行かない?」
「寝過ぎでしょ……」
オルタナと二人、
先ほどまでキリっとした表情でイヴの父親を説得してくれたのに、つくづく残念な性格だ。だが、そこがカケルの良いところかもしれない。
掴み所がなく飄々としていて、分かりにくいけど優しく、頭も良くて立ち回りも上手い、最高の相棒。おまけに正体は、星の海からやってきた謎の一族の末裔ときた。
カケルと一緒なら、きっと胸踊る冒険の旅になると、イヴは期待を膨らませる。
君は、星と宙を翔ける竜。
私を空に連れていく、蒼い翼。
竜になった少年は、故郷の侵略から星を守ることにした 空色蜻蛉 @25tonbo
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