聖なる夜に盃を
有理
聖なる夜に盃を
「聖なる夜に盃を」
白石 恭平(しらいし きょうへい)
白石 鈴音(しらいし すずね)
高梨 未空(たかなし みそら)
白石 礼(しらいし あや)※名前のみ
※別作品「Dear」の続編です
鈴音N「じゅうじゅう。弾く油の音と、コツコツ指が叩く机の音。」
恭平N「張り切って飾った縁側のツリーがチカチカ視界の端で光っている。」
未空N「真っ直ぐ刺さる視線に、窒息しそう。」
鈴音(たいとるこーる)「聖なる夜に盃を」
恭平N「事は1週間前に遡る。」
鈴音「恭くん今年のクリスマスさ、ケーキちょっと大きくしてもいい?」
恭平「え?いいけど…もう予約しちゃってるよ?もっと食べたくなった?」
鈴音「うわ、変更できるかな?」
恭平「言えばできるよ。」
鈴音「よかった。」
恭平「…今年焼肉にするって言ってたけど肉も増やす?」
鈴音「え!いいの?」
恭平「い、いいけど。」
恭平N「娘のすずちゃんが、頼み事なんて珍しい。にしても食べ物をねだるなんてもっと珍しい。そう思いながら僕はケーキ屋と肉屋に変更の連絡をしたのを覚えている。」
鈴音「今年は賑やかになりそうだね!」
恭平「賑やか?」
鈴音「サンタのコスプレでもしようかなー」
恭平「じゃあ僕がトナカイやるよ」
恭平N「聞けばよかったあの時。毎年家族で過ごすクリスマス。今年は残念ながらお母さんがいない。だから2人で過ごそうとケーキを一緒に選んだのに。聞けばよかった。わくわくしながらツリーを飾るより前に聞けばよかった。“なんでケーキ大きくするの?なんで賑やかなの?”って。」
___
未空N「般若の面でも被ってんのかと、錯覚するくらい目の前の恭平さんの顔は恐ろしい。数分前、」
鈴音「もしもーし。もう着く?」
未空「うん。俺の渾身のコスプレ早く見て欲しい。」
鈴音「え?もう着てきたの?」
未空「家から着て来てる。」
鈴音「なんだっけ?」
未空「え?ジンジャークッキー」
鈴音「はは」
未空「てか本当によかったの?家族団欒ーっていっつも言ってんのにクリスマス。」
鈴音「今日はばあばが居ないからさー。未空居た方が賑やかでいいかなって。」
未空「出かけてんの?」
鈴音「一泊二日で旅行行ってる」
未空「へー!珍しい」
鈴音「ね。あ、ピンポン鳴らしてね!」
未空「ああ、うん。」
未空N「電話を切って、すぐ。チャイムにかけた指とすぐに開けられた引き戸。」
恭平「ん゛?!?!」
未空「ひい!!!!」
未空N「トナカイの角をつけた恭平さんと衝突した」
恭平N「茶色い全身タイツの未空くんと鉢合わせた」
鈴音「あ、未空!いらっしゃい!」
恭平「いらっしゃい?!」
鈴音「ピンポン鳴らしてって言ったのに!うわ!何その格好!」
恭平「え、すずちゃんいらっしゃいって何?」
未空「う、え、えすず?今日俺くる事、」
鈴音「言わなかったっけ?」
恭平「聞いてないよ、」
未空「言ってないの?!」
鈴音「あー。言ってないかも」
未空「すず?!?!困る困るよそれは困る!」
恭平「…」
未空「…俺、帰りましょうか」
鈴音「だめだめ!そんな変な格好で帰せないよ」
未空「いや俺これ着てもう来てるから。駅からここまで歩いて来てるから。」
鈴音「ね?恭くん?こりゃあ恥ずかしいよね?」
恭平「…」
未空「…恥ずかしくない恥ずかしくない!全然大丈夫!平気心配しないで帰れるから」
鈴音「将来私の旦那さんになる人がこんな格好で近所歩くなんて恥ずかしいよね?」
未空「すずー?空気??わかる?全く恥ずかしくないですから!気にしないでくださ」
恭平「恥ずかしい。」
未空「恥ずかしいですよね分かります。」
鈴音「ね?3人でパーティしよ。」
____
未空N「こうして、今。ダイニングテーブルで対峙しているわけだ。」
鈴音「恭くん、ロース焼けたよ?」
恭平「ありがとうすずちゃん。」
鈴音「岩塩ゴリゴリしよっか?」
恭平「ううん。僕自分でやるよ」
鈴音「そ?じゃあ、はい。」
未空N「ゴリゴリ響く音。その容器まで壊す勢いで捻る恭平さんは大量の塩が乗ったロースを口に入れては大量にビールを飲んでいる。」
鈴音「未空ー、骨ついてるやつまだ?」
未空「あと少しかなー。」
鈴音「んー。」
未空「あ、すずにんじん焼けたよ。」
鈴音「わ!食べる食べるー!」
恭平N「わざわざタレに付けてすずちゃんの口まで持っていく美空くん。なんで皿に置かない?皿に置けばいいだろ?何を僕は見せられてるんだ畜生」
鈴音N「悶々とする2人があまりにも面白くて可笑しくて。こんなに関係が面白くなったのは今年の夏、未空がママの墓参りに来てからだった。」
………
鈴音N「結婚の挨拶をご両親の前でちゃんと言いたい、そう言う未空。あの日恭くんを待ってる間にした話。」
未空「俺、すずと一緒になりたいっていうのも勿論あるけどさ。ここの仲間に入れて欲しいんだ。」
鈴音「…ふふ。」
未空「すずを連れ出すんじゃなくて、俺がここに入りたい。恭平さん、許してくれるかな。」
鈴音「さて、どうかなー。」
未空「う、…通うよ!許してくれなくても!俺通う!」
鈴音「ありがとう、未空。」
未空「うん。ありがとう。」
鈴音N「私のパパ、恭くんは簡単には許してくれなかった。」
未空「あ、き、恭平さん帰ってきた、あ、お、お邪魔してます!」
恭平「あれ?未空くん、この暑い日にスーツなんか着てどうしたの?」
未空「え?あ、スーツ?は、えっと色々あって…このままで大丈夫、」
恭平「いや、何か用でも、…その手に持ってるの何?」
未空「あの、…え?これ、恭平さんのアイス…そうなの?すず?!え?!ご!!ごめんなさい!!俺買ってきます今すぐ!!」
鈴音「恭くん食べないから。」
恭平「せっかくすずちゃんがくれたんだから、勿体なくて。食べたらなくなっちゃうし」
鈴音「また買ってくるのに。」
恭平「いやそういう問題じゃなくて…」
鈴音「…ねえ、ママ。今日何してるかな。」
恭平「そうだね。今日は天気がいいからきっとビール飲んでるよ。」
鈴音「恭くんは、なんでママと結婚したの?」
恭平「え?」
鈴音「聞いたことなかったなーって。」
恭平「えー。うーん。」
鈴音「…顔か。」
恭平「違うよ!あ、いや違くないけど違うよ」
鈴音「じゃあなんで?」
恭平「えーと」
鈴音「恥ずかしくて人には言えないようなこと?」
恭平「娘に話すから恥ずかしいんだよ…」
鈴音N「困ったような顔で、躊躇いながら。恭くんはぽつりぽつりと話し始めた。」
恭平「初めて礼ちゃんと会ったのは、僕の行きつけの喫茶店でね。筆は進まないし担当者と喧嘩してカフェに逃げて来たのにいつもの席空いてないしで苛ついててさ。」
鈴音「うん」
恭平「何気ないことだったけど、礼ちゃんから声かけられたんだ。その時ハッとした。あ、僕この人と一緒になりたいって。」
鈴音「ん?なんで?」
恭平「所謂一目惚れってやつ?」
鈴音「ふーん。」
恭平「天使かと思った。死んだんじゃないかって、僕」
鈴音「そんなに?」
恭平「うん。そんなに。」
鈴音「ママも恭くんのこと話してたよ。」
恭平「え?!何て?」
鈴音「喫茶店で顔色のわるーいお兄さんと会ったって。」
恭平「…」
鈴音「ふふ。でもその人、なんだかいい匂いがして恋しそうだったって。」
恭平「うううう、もういい!もういいよすずちゃん!」
鈴音「何ー?恥ずかしくなった?」
恭平「ああもう!」
鈴音N「そう言って、真っ赤になった顔をボサボサの長髪で隠した恭くんは縁側にあった左足だけのスリッパを履いた。そしてママの写真をそっと伏せた。」
鈴音「あー、見られたくないんだー。」
恭平「今日はかっこよくしてないといけないの!」
鈴音「なんで?」
恭平「だって今日は、」
恭平「お父さんになった日だから。」
鈴音N「私のママは病気で亡くなった。もう何年も経つ。そして恭くんは本当のお父さんではない。」
恭平「すずちゃんと死ぬまで息をするって、決めた日だから。」
鈴音N「私は、恭くんが、お父さんが大好きだ。」
鈴音「ねえ。お父さん。」
恭平「ん?」
鈴音「私も、一緒に息、したい人ができたよ。」
恭平「…ん゛?!?」
未空「戻りましー」
恭平「君のことだねきっと君だね?」
未空「え、え、あの」
鈴音「あ、未空」
未空「すず?え、何」
恭平「娘は渡しません!」
未空「へ?!俺まだ何も」
恭平「渡しません!」
…………
鈴音「ねえ見て未空!ツリーの飾り増えたんだよ?」
未空「本当だ。これ天使?」
鈴音「そう。恭くんが買ってきてくれたの!」
未空「そうなんですね。すっげー綺麗」
恭平「…」
鈴音「飾り付けもほとんど恭くんがしたんだよ?」
未空「すずはしなかったの?」
鈴音「帰ってきたらもうほとんど終わってた。ね?」
恭平「…そうだね。」
未空N「このしかめっつらの恭平さんがキラキラのツリーを飾ったなんて全く想像つかない。」
鈴音「ねえ、未空ブーケは?」
未空「あ、そうだった。外に…」
恭平「ブーケを外に?!」
未空「あ、いやサプライズで出そうと思って」
恭平「普通忘れるかなそんな大切なこと!」
未空「い、いやあ、」
恭平「こんな寒い日に外でブーケなんて傷んでしまうだろう!花が!すずちゃんに渡すんだろう!花が!」
鈴音「もう、恭くんってば違うって」
未空「と、とってきまーす…」
恭平「ふん!」
鈴音N「そっぽを向く恭くんと、引き攣る口角を必死に上げた未空。可笑しくて可笑しくてたまらなかった。」
恭平「すずちゃん。僕はね、すずちゃんには一等幸せになってもらわなきゃ、」
未空「メリークリスマス!…」
恭平N「差し出されたのは赤い、サシの入った」
鈴音「うわー!すごい!」
未空「ね!これうまそー」
鈴音「実物初めて見た!いいね!映えだね!映え!」
恭平「…なに、これ。」
未空「肉ブーケです、これ。」
恭平「肉…」
鈴音「私が花より肉がいいって言ったの」
恭平「…なん、」
未空「俺っ!」
未空「俺、すずを。鈴音さんを貰いたいんじゃないんです。」
恭平「な゛」
未空「まず、すずは物じゃないし、人様の大切な娘さんをどこぞの馬の骨かも分かんないようなやつに取られるなんて俺だって嫌だし」
鈴音「…何言ってんの?未空意味わかんなくなってるよ?」
未空「いや、その!だから!!」
未空「ここの仲間に入れて欲しいん、です!」
恭平N「肉を掲げる少年はくの字に体を折り曲げて、くぐもった声で続けた。」
未空「俺、すずが好きです。でも恭平さんも、会ったことないけど礼さんも好きなんです。家族に、家族に入れて欲しいんです。俺、ここが好きで、その、」
恭平N「顔も見えない少年の、熱心さが」
鈴音「ね?」
恭平N「彼女の傾げた首の、愛おしさが」
恭平「っぐ、」
恭平N「僕は」
____
未空「ちょ、恭平さん飲み過ぎです、って、あああ」
恭平「僕ぁね、悔しいよ!こんな思い受け止めきれないよー」
未空「ちょっと、すず水!」
恭平「僕のすずちゃんに命令するなあ」
未空「うわあ、ちょっと恭平さ」
鈴音N「見事に酔い潰れた恭くんは、未空の肩に腕を回しぐでんぐでんに絡んでいた。」
恭平「すずちゃーん、僕の、僕の書斎にぃ、布団、布団敷いてきて欲しいー」
鈴音「うん、わかったよ。」
恭平「未空くんは泊まっていくでしょー?」
未空「じ、じゃあお言葉に甘えて、」
恭平「僕の部屋だよふざけるな。2つ敷いて2つ」
鈴音「はいはい。…未空、ちょっと恭くん看てて」
未空「手伝おうか?」
鈴音「布団くらい敷けるよ。」
未空「ありがとう」
鈴音「うん」
恭平「未空くん。」
未空N「すずが部屋を出た途端、回されていた腕が肩からすっと降りた。顔を覗き込むとさっきまで蕩けていた目にしっかりとした光が宿っている。」
恭平「それ、とってくれる?」
未空「え、まだ飲むんですか?もう、やめといた方が」
恭平「礼ちゃんのとこのグラスもとって。」
未空「え?」
未空N「そう言って確かな足取りで冷蔵庫へ向かう恭平さん。泥酔していたはずなのに、そんな面影は全く消えている。」
恭平「未空くん、あまり酒飲めないんだろ?」
未空「あ、はい、下戸で。」
恭平「うん。礼ちゃんいなくてよかったね。」
未空「え?」
恭平「絶対潰されてたよ。」
未空「…」
恭平「さ、礼ちゃんも一杯。」
未空N「栓の開いたビールの小瓶。礼さんの写真横のビアグラスと戸棚の奥から取り出した皿のような小さな器にビールを注ぐ」
恭平「家の習わしだったからね。すずちゃんに見られるわけにもいかないし。」
未空「なんか、こういうの」
恭平「盃って言うんだよ。家族になりたいんでしょ。」
未空「…はい。」
恭平「うん。」
未空N「恭平さんの口つけた盃が俺の前に置かれる。」
恭平「ほら。」
未空N「舌を伝う苦いそれは、ビリビリと口内を刺激する。」
恭平「これで、家族だね。未空くん。」
未空「っ、はい。よろしくお願いします」
恭平「すずちゃんを泣かせたら、容赦しないよ。僕」
未空「はい!」
恭平「ん。」
鈴音「恭くん?布団敷いたよ?」
恭平「先に寝るー」
鈴音「うん。あとで水置きにくるね。」
恭平「うん、ありがとう」
恭平「すずちゃん、幸せになってね。」
鈴音N「呂律の回らない恭くんは私の背中をそっと撫でた。」
____
鈴音「未空?恭くん寝たよ」
未空「うん。」
鈴音「あれ、ビール飲んでたの?」
未空「ちょっとね。」
鈴音「よく飲めたね、苦手なのに。」
未空「家族になったから。そりゃあ飲むよ!虫だったって飲む」
鈴音「はは、私は無理ー」
未空「すず。」
鈴音「ん?」
未空「俺、大金持ちじゃないしスーパーマンでもないけどさ」
鈴音「うん」
未空「すずがずっと笑っていられるように、ずっとそばにいるね。」
鈴音「…うん。」
未空「俺の一生をあげるから、すずの隣を一生俺にちょうだい。」
鈴音「いいよ。」
未空「ありがとう。」
鈴音「死ぬまで、未空の隣で息をするよ。」
____
未空N「時計が1時を回ったころ、ダイニングに再び灯りがつく。」
恭平「礼ちゃん。礼ちゃん、今日は1日大変だったよ。」
恭平「すずちゃん、結婚するんだってさ。聞いてた?」
恭平「あーあ、俺本当に許してよかったのかな。」
恭平「でも、未空くん。いい子だね。あの子ならきっとすずちゃんのこと大切にしてくれる気がする。」
恭平「…ね。礼ちゃん。」
恭平「聖なる夜に、乾杯。」
聖なる夜に盃を 有理 @lily000
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