第4話 業《ゴウ》の章


「これは……なんだ……?」

「これは父の地元に関する記事だ。日付は昭和三十八年。当時のアメリカ大統領が暗殺された年の新聞だね。ああそれとこの記事は本物だ。当時はかなり騒がれたみたいだけど、結局は誰がやったかなどの証拠は出ず、有耶無耶のまま人々の記憶から消えていった」

「だめだ……全然理解出来ない……それとさっきの夢の話がどう関わるんだ……?」

「あの昔話にヒントは隠されている。まあとりあえずは僕の話を聞いて貰おうかな。雪人も色々と質問はあるだろうけど、今は黙って僕の話を聞いてくれ」


 そう言って鷹臣たかおみがふらふらと室内を歩き始める。


「その新聞記事を見た瞬間、僕はの恐怖を鮮明に思い出したんだ。それと同時、医者や看護師の話を勘案して。まずは大前提を提示させて貰うよ? これから話すのは僕がという前提の元に調べた結果だ。僕が運び込まれた病院にはその当時の医者や看護師が幸いにも残っていてね。その他にも祖母の家にまで行って調べた事実。ああそれと、ということに関しても本当だ。とまあ、これから話すことは確定事項として聞いてくれ」


 鷹臣たかおみが提示した大前提は以下の通り。



 父は嘘をいている──

 父の地元では過去、法を逸脱した儀式が行われていた──

 父は伝承や儀式を嫌悪し、実家と疎遠になっていた──

 だが父は祖父のことは信頼していた──

 祖父は僕が生まれる前に他界している──

 僕は生まれた時から原因不明の病魔に侵されていた──

 僕はあの日、祖母の家に行った──

 あの昔話の村は父の地元であり、鳥居も神社もあった──

 もちろん本殿ほんでん裏手の社殿しゃでんもあった──

 あの老人は実在の人物だ──

 この眼鏡はあの老人の眼鏡だ──



 そこまで言うと鷹臣たかおみが鋭い視線で雪人ゆきひとを見る。


「え? ちょっと待てちょっと待て……鷹臣たかおみが見た夢は本当にあったことなのか? え? 嘘だろ? いっせいに鳥居を指差す人は? 遠いのにはっきり見えた巫女の舞は? 宙に浮く般若は? そもそも樽から現れた……は……?」


 鷹臣たかおみの話を聞いて動揺する雪人ゆきひと。それもそうだろう。今鷹臣たかおみが話した大前提は、あの有り得ざる昔話が本当にあったことのように語られた。


「いい反応だね。この夢──昔話は、実際に起きたことだ。


 雪人ゆきひとがごくりと生唾を飲み、ふらふらと歩き回る鷹臣たかおみの話に聞き入る。鷹臣たかおみが語った昔話──夢の内容はを多数内包していた。だが鷹臣たかおみは今、と言い放った。つまりある一点以外は実際に起きたことだとでも言うのだろうか。


「僕の父の地元は古くからを五十年に一度行っていた。それは穢れを払う儀式であり、生贄を捧げる儀式。。その儀式とはあの昔話で語った舞の内容だ。実際儀式を行わなかった場合は、。まあつまり、だったということだ」


 「なんだよそれ……穢れ……? 災い……?」と雪人ゆきひとが呟くが、それに構わず鷹臣たかおみが話を続ける。


「だが本来であれば僕が穢れによって災いを被ることは無かったはずなんだ。何故なら……。祖父は若い時分に儀式を行った。それを生涯悔いていた。それもあって……。どういう理論でそうなったのかは知る由もないが、祖父が自分を生贄にすることで穢れは永劫えいごう払われる予定だったんだろう。父はそんな祖父を尊敬していた。これで終わるはずだった。だけど…………っと、どうにも話が長くなってしまう。ここで大前提をもう一つ加えるとするよ。。それも踏まえて簡潔に伝えようと思う。それによってある一つの不可解な点も炙り出される」


 そう言って真実のみで構成された言霊が淡々と紡がれる。



 終わったはずの災いを被った僕をなんとかしようと、父は疎遠になっていた祖母を頼った──

 祖母は儀式の再現を提案した──

 儀式は夏祭りの時期に行われる──

 夏休み、父は僕を連れて地元を訪れた──

 可能な限り儀式を再現するため、祖母は方々から人を集めて人が密集した──

 祖母は信頼出来る複数人に儀式再現の手伝いを頼んでいた──

 異様な雰囲気を察したのか、僕が逃げ出して迷子になった──

 鳥居を指差した人は集まった中でも詳しく事情を知る者達であり、「あっちだよ」と教えてくれていた──

 境内の中に誰もいなかったのは、ちょうど本殿ほんでん裏手の社殿しゃでんで儀式の準備をしていたからだ──

 宙に浮く般若の顔は、黒衣に般若の面という儀式用の格好をした村人だ──

 僕を巫女の舞が見える鳥居の前まで連れて行ったのは老人ではなく、般若の面を被った村人だ──

 舞の説明をしたのも般若の面の村人であり、よく見えるようにオペラグラスのような道具を使用した──

 その後本殿ほんでん裏手の社殿しゃでんまで僕を連れて行ったのも、般若の面の村人だ──

 社殿しゃでんでは三つの樽を使用して儀式の再現をした──

 儀式の再現には家畜の体や内蔵、血液を使用して可能な限り忠実に行った──

 最終的に僕は気を失い、その間に東京まで戻ってきた──



 「……とまあこんな感じだね」と言って、鷹臣たかおみ雪人ゆきひとを見る。


「信じられないけど……本当にあったこと……なんだな……?」


 雪人ゆきひとの問いかけに鷹臣たかおみが頷く。


「ここまで話して分かったとは思うが……。あの老人は……」


 「僕の祖父だ」と言って、鷹臣たかおみが眼鏡をかちゃりと上げる。


「祖母の家に行った際に祖父の写真を見たので間違いない。この眼鏡は祖父の遺品であり、父がお守りにと持って帰ってきたんだ。それで中々目を覚まさない僕に願掛けのように握らせた。それと合わせ、父は僕に嘘をいたんだ。とね。まあこれに関しては父の優しさなんだろうね。子供に話すには中々にヘビーな内容だろう? 確かめようにも父は何も言わないし、祖母はもう亡くなっている」

「い、いや……ちょっと僕には理解が……え……? なんだ……? 死んだおじいちゃんが……? え……? つまり死んだおじいちゃんが鷹臣たかおみの前に現れて……鷹臣たかおみが孫だとは知らずに穢れから助けて……いや……そもそも死んだおじいちゃんって……」


 雪人ゆきひとが困惑の表情で鷹臣たかおみを見る。すると鷹臣たかおみが金縁の丸眼鏡をかちゃりと上げ、「僕の前に現れた祖父も言っていたように……はいるんだ」と言い放った。


「ごめん鷹臣たかおみ……ちょっと俺には受け入れられそうにない……」

「まあ普通はそうだろうね。だけど僕はこの一件から、知らないことがあることが怖くなったんだ。可能な限り論理的に物事を考え、可能な限り非論理を排除する。そうすることで、確実に存在するから身を守れるかもしれないと思ってね。祖父の『知ろうとするな。関わろうとするな』という言葉には反するけど……僕は知りたいんだ。だからこの眼鏡は僕の決意の現れだね。ああでも……」


 「ちゃんとレンズは僕の視力に合わせたけどね」と言って、鷹臣たかおみは柔らかい笑顔を見せた──







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最後まで目を通して頂き、誠にありがとうございます。この鷹臣と雪人なのですが、【佐伯鷹臣の丸眼鏡】というホラー短編シリーズにも登場します。併せてお楽しみ頂けましたら幸いです。


ではまたどこかでが現れた時にでも……


鋏池穏美

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人鬼の住まふ咎の里 鋏池 穏美 @tukaike

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