第16話

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 荒野に朝焼けが迫っていた。

 砂嵐は超大型の熱帯低気圧で、アハサー砦全域がその範疇にあったという。超高濃度の赤の時間降塵が、あっという間にエントロピーを後押しし、全てを砂礫(すなつぶて)と化した。数時間の暴風停滞で数十年、いや、百年近い拡散崩壊を与えたのである。アルセアが率いたガウルの居城は潰えて絶えた。


 私は機転を利かせ、居城で最も堅牢な気密性の高い場所、受胎室へ避難した。広間の戸口で縮こまっていたキムも回収。ヘンリー・チャンの一行は早々に退散したようである。散財した挙句、空振収穫はゼロという、新興ギャングの総元締めとしては手痛い遺恨となるだろう。

 リオン・ジャンティは真夜中過ぎに現れた。したり顔の笑みを浮かべ、変わらぬアロハが彼らしい。現金回収を見込んでか、大型カーゴ付きのランドクルーザーで登場した。

 約束通り、私は居城の最深部にある金庫室から、ごっそりパスカを運び出した。

 

 札束の匂いを嗅ぎ、ネルラは眉を持ち上げる。

「いいねえ」

リオンも同感した。隣でアサルトライフルを杖にしたキムが、ニコニコ笑って立っている。ネルラは言った。

「お前さんとキム。それにパウラ。四人で山分けしても相当な額だぜ」

 リオンは目を細めるとネルラに厳しく指摘した。

「俺への借金は別会計だからな、ネルラ。そこんとこ、わかってる?」

 ネルラは苦笑いで右手を振る。

「わかってるって」

「ついでに言うとヘンリー・チャンの借金だってあンだろ?」

 リオンの言葉に、ネルラは一時考えた。

「ウーン、ファミリーの支払いは………追々」

「こいつ、余裕かましてるぜ」と、リオン。

 キムも心配顔で諭した。

「油断大敵ですよ。あいつは冷血なトカゲ野郎だ」

 ネルラは顎を擦り、それから人差し指を振った。

「ま、どの道、奴とは腐れ縁だから。追われてるくらいが丁度いいのさ」

「泣きついても、ビタ一文貸さねえ」と、リオン。

 ネルラは薄目を閉じ、ねっとり擦り寄った。

「まあまあまあ、リオンちゃん。長い付き合いじゃないの」

「寄ンな、寄ンな。シッシッ!」

 三人の様子を伺い、私はおもむろに言葉を継いだ。

「私の取り分って言うけど。これ、そもそも私のものだから。お母様からきっちり頂いた正当な財産よ」

 リオンは渋い顔をした。

「そりゃそうだ」

 ネルラは不満げに口を尖らせる。

「なんだよ? 出し渋りか? そいつはナシだぜ、パウラ」

 私は乾いた声で笑った。

「心配しないで。その逆。私の分はいいから、あなたたちで山分けして」

 ネルラは疑り深く眉を顰めた。

「どういうことだ? あんた、一人っきりになっちまったんだぜ。群れもねえ、知り合いもいねえ。………頼りになンのは金だけだ」

 私は腕組みすると、代わる代わるに三人を見た。

「あなたたちには世話になったし。しがらみも綺麗さっぱり。………そうね」

私はカーゴのハッチに手を伸ばし、パスカを二、三束引き抜いて鞄に収めた。

「このくらいで十分かな」

 キムは心配顔で言った。

「パウラさん、どうするんです? 当てでもあるんですか?」

 私は視線を泳がせると思案した。

「どうしようかな? ミサキ姐さんのところで修行するとか?」

 キムが、ぱっと顔を輝かせる。

「そうしますか? だったら一緒に………」

「冗談」

 この少年、あわよくば、とか考えてる? 悪いわね。あなたはタイプじゃない。

 パウラはすまし顔で言った。

「旅に、出ようかなって」

リオンは大きくうなずいた。

「旅。いいんじゃね?」

 黙って聞いていたネルラが急に私の顔を覗き込んだ。虹彩異色のあやふやな視線が、じっとこちらを見据えている。

 その状態が思った以上に長く、私は思わず及び腰になった。

「何?」

 ネルラは首を捻った。

「次に会う時は………初めまして、かな?」

 碧眼とルビー色の左右の瞳に、全てを見透かされた気がした。

「どうかしら?」

 ネルラは乾いた声で笑った。

「ま、出会わねえことを祈ってるぜ。………女王様」



 私は三人の男どもに手を振ると、南に向かって歩き出した。

 足取りは軽い。

 空は澄み渡り、昇り始めた朝日が長く荒れ野に影法師を描いている。

 もう(壁の門)には戻らない。人の手を借りるのも、やめにする。

 鞄一つで旅に出る。

 以前のパウラならあり得ない選択だ。でも今は違う。

 私には自信があるのだ。

 ネルラだけが気付いたかもしれない。

 そう。

 私はもう、ただのパウラじゃない。

 私の背後に、七十二代の女王の魂が連なっているのだから。

 私は七十三代新生ガウル女王なのである。


(次に会う時は………)


 ネルラのくせに。いや、ネルラの分際で。………しゃらくさい。

 やっぱりあなたは、食えない男。

 私は含み笑いを浮かべた。

 人に恋をした、少女パウラの冒険は終わったのだ。


 次に会う時は、お互い敵同士。


 七十三代新生ガウル女王パウラは、そう肝に銘じた。





                      時間降塵を辿って〔上〕    終

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時間降塵を辿って〔上〕 梶原祐二 @kajiyuji2019

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