第5話

「じゃあ、また連絡するから」


「うん。身体には気をつけるとよ。ハルちゃんも、元気でね」


 迎車に来たタクシーの前で、百香達はおばあちゃんに別れの挨拶をした。

 百香は、あの日見た夢の内容を思い出して、ブルッと身体を震わせた。

 本当に気味の悪い夢だった。うなされていた百香は、飲み会を終えて帰ってきたパパに起こされた。そして、心底安心したのだ。

 おばあちゃんの百香に対する態度は、それからも相変わらず冷たいものだった。でも、もういいのだ。どうせこの人は、もうそれくらいしか出来ることがないのだから。


「パパ、早く行こうよ」


 タクシーを待たせて、おばあちゃんと話をしているパパに声をかける。


「ああ、ごめん。じゃあ、また」


 名残惜しそうな顔をしているおばあちゃんを見て、百香はクスリと笑う。

 いい気味だ。ざまあみろ。

 ここでこの家と一緒に、シロアリに食われ尽くされてしまえ。

 タクシーの助手席にパパが乗り込み、バタンとそのドアを閉めた。

 ゆっくりと車が動き出す。

 晴樹は後部座席に膝をついて、遠くなっていくおばあちゃんに向けて手を振っている。


「ねぇパパ。晴樹がまた危ない座り方してる」

「ハルちゃん、だめだぞー」


 少しだけ振り向き、パパはいつもの調子でそう注意した。

 その肩に、虫が一匹乗っている。

 茶色い、羽虫。

 シロアリだ。


「……パパ、そこ、虫がついてる」

「……あ、ああ」


 平然とシロアリを素手でつまみ上げ、パパはそれを窓の外に放った。

 パパの目はおばあちゃんに似て、細い。

 その目の奥は、いつもよく見えない。

 座り方を注意された晴樹が正しく座席に戻ると、パパは進行方向に向き直った。

 その瞬間、パパの目がいつもよりも見開いた気がした。

 そして、百香は気付いてしまった。

 パパの瞼の奥で、何かが蠢いている。

 それはゾワゾワと身を寄せ合って、身体の中で胎動している。

 あの家に巣食っていたはずの虫が、パパの身体を新たな巣と定めていた。


「モモちゃんはハルちゃんの事ちゃんと見てなきゃダメだぞー。お姉ちゃんなんだから」


 パパは、振り向かずにそう言った。

 背中に、太ももに、ふくらはぎに、何かが触れたような気がした。

 百香は、無性に身体を掻きむしりたくなった。

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シロアリの家 エビハラ @ebiebiharahara

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