49_12月24日
「斉藤さん、デザイン出来てるー?」
火曜日は、藤田さんがデザインチェックに来てくれる日だ。最初は正社員から週二日のパートになると言っていたのに、蓋を開ければ火曜日のみの出勤になっていた。
「もちろん出来てます! 今回は2人分あるので、数ありますよ!」
「おおー、それは頼もしいね。じゃ、見せて貰いますか」
藤田さんはメガネをかけ、プリントアウトされたデザインをチェックしはじめた。
/////////////////
タクがいなくなった翌朝、目が覚めた時には7時を過ぎていた。いつもならジョギングに出発している時間だ。今日も休んでしまおうかと、しばし迷ったが、ジョギングの用意をして家を出た。やはり、それがタクの気持ちに応える事だと思ったからだ。
いつものように、ハイツを出て大吉川へ向かう。休んでいた短期間で、随分冬が近づいたんだなと感じる。吸い込む空気が冷たい。
気付けば、今までの事を振り返っていた。
タクが来た事、花帆という女性に出会った事、FXを辞め就職した事。7ヶ月という短期間に、これほどの経験をする事は二度と無いだろう。
だがその反動なのか、たったの一週間でその多くが精算された。花帆は去り、タクは消え、仕事だけが残ったのだ。
大吉川の堤防が見えてくる。堤防を越えた川沿いに、俺たちが走っていた遊歩道はある。週末の遊歩道は平日に比べ、ランナーが多い。いつだか夢想した、ランナーたちに俺も仲間入りしていたのだ。
堤防に登り、大吉川を見下ろす。東から昇る太陽の光を受け、水面がキラキラと輝いていた。
「——遅いじゃん。体冷えちゃったよ」
遊歩道に、花帆が立っていた。
「花帆……もしかして、毎日走ってたの?」
「流石に、拓也ん家飛び出してから、昨日まではお休みしてたよ。今日なら拓也も走ってるんじゃないかな、って思って。……さ、私はここから折り返し!」
遊歩道を南に走り始める花帆を、俺は追いかけた。
/////////////////
あの日から2ヶ月近く経った。今週末は仕事納め、今年も残りあと僅かだ。
「これは、どっちのデザイン?」
プリントの一枚を持ち上げて、藤田さんが言った。
「わ、私です!」
「いいねえ、白石さんのデザイン。本当にアプリケーションの勉強しかしてこなかったの?」
「は、はい! その代わり、いいな、と思えるデザインはスマホで撮ったり、チラシを持ち帰るなどして常に意識はしてました」
「そうそう、デザインが上手になる近道は、良いデザインを沢山見て、自分なりにそれをどう、再現出来るかなのよ。そのまま真似しちゃうんじゃ無いのよ。自分なりに消化して、形にする。……そこまで出来たら、次は自分の色をドンドンと出していけると思うわ」
花帆は目をキラキラさせながら、藤田さんの話を聞いている。
「分かった、斉藤さん? ウカウカしてると、デザインの仕事、全部白石さんに持って行かれちゃうよ?」
「も、もちろんです! 俺も今以上に頑張ります!」
思わず敬礼のポーズを取った俺を見て、2人は笑った。
「それより……今日は2人でどこかにおでかけ? えらくお
「え、ええまあ。食事にでも行こうかなと、思いまして」
「あらあら、羨ましい事。まあいいわ、忘年会で根掘り葉掘り聞いちゃうから」
ウフフと笑った藤田さんは、メガネをかけ直しデザインチェックを再開した。
定時に退社した俺たちは、フレンチレストランへ向かっている。タクが誕生日用にリストアップしてくれていた、あのレストランだ。
「フレンチなんて浅井の結婚式で食べたのが最初で最後だよ。なんか、緊張してきた」
「やめてよ、拓也がそんな事言ったら私まで緊張してきちゃう。……でも、今から私達が経験してたら、子供にだってちゃんと教える事出来るね。マナーとか色々」
「……子供って、俺たちの?」
花帆を見ると、「さあね」とでも言いたげな顔をしている。花帆の首元には、俺が贈ったネックレスが顔を覗かせていた。
「途中で色々とあったけど、拓也の誕生日を一緒に迎えられて良かった」
今日、12月24日は俺の誕生日だ。花帆はそう言って、繋いでいた俺の手を強く握ってきた。
「ホント。色々あったね。本当に色々」
俺も花帆の手を握り返した。
花帆は色々な事を思い返しているのだろう。俺もそうだった。
クリスマスムード一色の通りを花帆と歩く。
イタリアンレストランに行った時のように、タクは今日もどこからか見てくれているんじゃないだろうか。
そんな想いで振り返ると、幸せそうなカップルたちで街の通りは溢れていた。
〈 ある日、もう一人の
最後までお読み頂き、誠にありがとうございました!
何かしら感じるものがありましたら、感想を頂けると嬉しいです!
宜しければ他の作品も見てくださると幸いです。
改めまして、最終話までお付き合い頂き、重ねてお礼申し上げます。
ある日、もう一人の俺(イケメンだけど寿命は3年)がこの世に誕生した話 靣音:Monet @double_nv
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます