第5話 さらにどん底に落としてやろうか

 ――廊下。


 足早に歩く晶を追いかけ、俺は何度も声を掛けていた。


「待てよ、晶! さっきのはどういうことだ!?」


「……」


「おい! 聞いてんだろ!? 答えろよ! 無視して済ませられることじゃないだろうが!」


「……」


「待てって言ってんだ!」


 遂に追いつき、俺は晶の肩を掴む。


 すると、だった。


 奴は肩を俺に捕まれた瞬間、それを強引に振りほどいてきた。


 そして、心底鬱陶しそうに、汚物でも見るような目つきで俺を見やってくる。


 薄ら笑いを浮かべながら。


「必死だな、お前」


「は……?」


 意味がわからなかった。思わず疑問符を浮かべてしまう。


 が、そんな俺とは対象的に、晶は続ける。


「必死だって言ってんだよ。自分のしでかしたことをまるで認知せず、図々しくそうやって何かのせいにしようとしてる様がな」


「なっ……!」


「恥ずかしくないのか? 結賀、お前は最低な人間だってのに、それを隠そうとするだなんてさ」


「そんなのこっちのセリフだ! 最低な人間? 恥ずかしくないか? ふざけるのも大概にしろ! 全部それは俺のセリフなんだよ! 事実だってまるで何も知らないくせに!」


「……はっ」


 鼻で笑い、晶は俺の方へ正面から歩み寄って来た。


 周りには通り過ぎていく他の生徒がいる。


 ほとんどの奴らが俺たちのことを横目で見て、中にはひそひそと陰口を叩いてる連中だっていた。


けど、そんなのは今さら気にならない。


 一切視線を逸らさず、晶の目を見つめ続けた。


 威圧をしてきてる。それがわかっているから、なおのこと目を逸らさない。奴に対して、簡単に尻尾を巻くのが許せなかった。俺は何一つ悪くない。それを断言できる立場でもあるのだから。


「結賀。やっぱりお前、本当にすごいな」


「は……?」


「紅葉と明日乃を怪我させた。しかも、一歩間違えれば二人は死んでたかもしれない。それほどのことを起こした張本人なのに、何で今さら俺に盾突くことができるんだ?」


「だから、それは――」


「間違いだって言い張るのか? 俺は明日乃本人に色々と話を聞いたってのに」


「っ!」


 我慢の限界だった。


 俺は有無を言わさず、晶の両肩を手で掴む。


 そして――


「そのお前の認識がそもそも間違いなんだよ!」


 廊下に響くくらいの声で言ってやった。


 周囲の人間、いや、遠くにいた人たちも、俺たちの方を見てくる。


 騒がしかった廊下が、どことなくシンとなった気がした。


「いいか? 聞いてくれ! 信じられないかもしれないけどな、明日乃と紅葉は今中身が入れ替わってんだ! だから、お前が話してた明日乃の中身は紅葉だったんだよ!」


「……ふっ」


「真剣に聞けって! 嘘は言ってない! 本当のことだ! 信じられないってんなら、今日の放課後でも確かめてみればいい!」


 言うも、俺の言葉は晶に届いてないようだった。


 奴は肩を掴んでる俺の手を払い、


「くだらない会話に付き合ってる暇はない。そうやって訳のわからないことを言っても、事実は何も変わらないんだよ」


「お前……!」


「彼女を俺に寝取られたからってヤケになってんじゃないよ。あんまりふざけたことばかり言ってると、お前の社旗的地位もどん底に落としてやるよ?」


「っ……!」


「恋人関係だけじゃなく、さ」


 ゾッとするような笑みを浮かべ、晶はそのまま歩き、自分の教室へ入って行った。


 何を言っても信じてもらえない。


 決定的証拠が無ければ。


 ただ……。


「……くそっ……!」


 悔しさに似た苛立ちが自分の中に募りに募る。


 歯ぎしりし、拳を握り締めた。


 冷静でいられない。


 奪われた側の俺と、奪った側のアイツ。


 こうした会話でも、晶と言葉をまともに交わしたのはいつ以来だ。


 体に力が入っていたのか、めまいがする。


 情けない。


 いったい俺はいつからこんなになってしまったのか。


 その答えはすぐに出る。


 晶に紅葉を奪われたあの時からだ。


「……ちくしょう……!」


 壁を殴りつけたい思いに駆られていた時だ。


 ふと、背後から名前を呼ばれた。「織平」と。


 振り返ると、そこには学年主任の先生と、俺の担任の二人がいた。


「……何ですか?」


 問うと、


「話がある。ホームルームには参加しなくていい。少しついてきなさい」


 神妙な表情と口調で言われ、俺はそれに従うしかなかった。

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