第6話 詳しくなんて話せない
放課後前のホームルームがあと五分ほどで始まる。
校内ではそれを知らせるチャイムの音が鳴り、生徒たちはまばらに教室の方へ入り始めていた。
そんな中、俺は圧迫感のある学年主任の男教師と、担任の女教師に連れられ、廊下を歩く。
その様は明らかに周囲の生徒たちとは異質なものだ。
当然ながら、訝し気な視線を教室内から送られ、また、室内へ入ろうとしている連中からもジロジロと見られた。ひそひそと声もする。
薄っすらと聞こえてきたのは、「付き合ってた女二人を殺そうとした」というもの。
そんなことをするはずがないだろう。
そう言ってやりたい気持ちを抑え、ただ言われっぱなしなのを受け入れるしかなく、俺はひたすら二人の教師に挟まれる形で歩いた。散々だ。
「よし。じゃあ、入れ」
視線の海。その海岸線のような廊下を抜け、辿り着いた一つの部屋。
そこには、扉の上部分に『生徒指導室』と書かれている。
気分は投獄前の囚人気分だ。
この学年主任も、生徒相手に「入れ」だなんて口調は無いだろ。
俺のことを勘違いしてるのは、その表情を見れば明らかだ。
悟られない程度に嘆息し、その命令を受け入れ、入室した。
俺が入ると、後ろについていた担任の女教師が、部屋の鍵をガチャリと閉める。
尋問。いや、拷問でもするつもりかと思った。そこまで頑強にここを閉ざす必要なんてどこにもない。
答えようとしてることなんてただ一つなのだから。
「その椅子に腰掛けろ」
言われ、一対二で向かい合ってる椅子の一の方へ座る。
高校入試で滑り止めの高校を受けた際、面接試験があったけど、その時みたいだ。
もっとも、これから聞かれる内容は面接試験のような前向きなモノじゃないんだが。
「……さて、織平。お前がここに呼ばれた理由、もう自分でも推測はついてるだろう?」
同情するような、哀れむような、叱責するような、様々な色を入り混じらせた表情で学年主任が問うてきた。
俺はそんな彼の思いを一蹴するように返す。
「先生、俺、誤解されてます」
「ん?」
「紅葉と明日乃……いや、現野と式凪を車道の方へ押しやったってのは完全に間違いなんです。俺は式凪と一緒に並んで立ってて、その時現野は俺たちの背後にいた。式凪を車道にやったのは現野なんです」
冷静な口調で話すことを努めたが、実際にはそう見えなかったんじゃないかと思う。
学年主任は落ち着いた様子で俺を見つめ、やがて隣に座っていた担任の方を見やった。
遅れて彼女も学年主任の方を見やる。
二人は目を合わせ、やがて視線の先を俺の方へと戻した。
「織平。ハッキリ言って、先生たちも詳しい状況まではしっかり把握していない。誰がどうしたからこうなった、と言われてもわからないんだ」
「それはわかってます。だから今、こうして俺が話してる」
言い方が明らかな上から目線だった。
それでも、こっちはこっちで誤解を解くのに必死だ。その辺りまで配慮してる余裕が無かった。担任の女教師が眉間にしわを寄せてるのだって、気にしてる暇が無い。
「先生たちだって、今日こうして俺をここへ連れて来たのは、詳しいことを聞き出すためですよね?」
「……そうだな」
「だったら、どうか疑うことなく俺の話を聞いてください。嘘なんてつかない。ただの真実しか話す予定は無いんですから」
「わかった。わかったから落ち着け」
諭され、俺はいったん黙るしかなくなる。
学年主任は口を閉じたままゆっくりと空気を吐き出し、どうしたものか、とばかりに視線を俺の腹部辺りへ持って行く。
担任の彼女も困ったような表情をあからさまに作っていた。
「織平、もちろんお前の話は聞く。当然今のように言いたいこともあるだろうし、我々がただの情報に踊らされてるということもあるだろうしな」
「……はい」
「ただ、現に現野と式凪は二人そろって今入院してるわけだ。これに関してはどう説明する? 現野が式凪を車道の方へ押した、と言うのなら、通常式凪のみが事故に遭うはず。どうして二人そろって、なんだ?」
「そこ、ですよね。織平君。先生もそれが疑問です。どうして式凪さんだけでなく、現野さんまで事故に?」
一斉に問われるが、答えるのは簡単だ。
俺はすぐに返す。
「式凪を背から押して、自分も車道の方へ飛び出たんです」
二人の表情に怪訝な色が灯る。
学年主任は声を漏らしていた。「自分も?」と。
「理由はわかりません。でも、俺はこの目で見ましたから。二人が一緒になって車道へ出る瞬間を」
「理由はわかりませんって……。あなたたちの間で何かあったの? 何かないと、当然現野さんもそんなことはしないわよね?」
「……もちろん、それはそうなんですけど……。すみません。何があったか、とかは言いたくないです。俺たちだけのことなので」
「言いたくないです、じゃないでしょ? 言いなさい。あなたが言わないと、これから彼女たちのケアに関しても支障が出るの。さっき自分で言ってたじゃない。何があったのか話すって」
「……すみません」
「謝罪をしろと言ってるわけじゃないの! あなたたちのことについて話しなさいと言ってるのよ!」
甲高い怒鳴り声が室内に響く。
隣に座っていた学年主任は、数秒黙り込んでいた後、担任の彼女へ声を掛けた。「巻先生、抑えてください」と。
ただ、それでも巻先生はすぐに黙らなかった。「でも」と反論し、またさらに学年主任に抑えられる。
俺はそれをうつむいてやり過ごすしかない。
確かに都合のいい話だ。
けど、俺たちの詳しいところまでをこの人たちに語る気はなかった。そこを譲る気はない。
「織平、いい。話したくないところまでを話せ、とは先生も言わない。お前たちの間で何があったのか、という質問に関しては、隠したい気持ちもわかる」
「……すみません」
「だが、これだけは言っておく。俺も、巻先生も、聞いた情報を受け取り、納得して動く必要があるんだ」
「……はい」
「二人が不自然な形で交通事故に遭った。どういうことが原因で、何が理由だったのか。お前が話さずとも、今後現野や式凪に同じ質問をするかもしれない。二人が答えなければ、話は織平、お前の方へ矛先が向かう。それをよく理解しておいてくれ」
「……わかりました」
「先生もな、何も理不尽にお前をこの件の犯人に仕立て上げたくはない。納得できるよう、話せる範囲で色々と話してくれ。頼む」
学年主任に目を見て言われ、俺は気を落とすように、下を向きながら頷いた。
●〇●〇●〇●
結局、二人から解放され、生徒指導室から出た時には、十八時を少し過ぎていた。
廊下には人影など見当たらず、外も暗くなり始めてる。聞こえてくる声も少なく、部活もほとんどが既に終わってるみたいだった。
そんな中、俺は一人でどうしようもなく歩き、下駄箱でローファーに履き替え、外へ出る。
涼し気な空気を吸って吐く。深呼吸だ。
それでも心はなかなか晴れやかなものになってくれず、鈍痛がしてるようだった。
明日乃と紅葉が入れ替わったことを、俺はどう周囲の人間に話し、理解してもらえばいいんだろう。
そのままを話しても、きっと信じてなんか――
「……!」
そんな時だった。
ズボンのポケットに入れているスマホから、LIMEのメッセージ着信音が鳴る。
誰だろう。
すぐに取り出し、画面を確認すると、そこには――
「紅葉……いや、これ、明日乃か……?」
紅葉(明日乃)からのメッセージが入っていた。
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