第11話 お前のことを恨んでる

 俺が晶――円居晶と関係を築いたのは、小学校一年生の時だ。


 昼休み、男子のほとんどが校庭に出て遊びに行く中、いつも一人で教室に残り、絵を描いたりしてる。


 俺は、そんな晶が気になって、ある時外へ行きたいのを我慢して、声を掛けた。


 どうして外へ行って皆と一緒に遊ばないのか、と。


 晶は少しキョどりながら、けれどもしっかり答えてくれた。





「上手じゃないから」





 当時の俺は、その『上手じゃない』という奴のセリフを言葉通りに受け取り、『サッカーが得意じゃないから皆と遊ばない』、『砂場で何か作ろうにも、下手で何も作れないから遊ばない』。そういう意味だと思い込んでいた。


 けど、実際は違った。


 晶の言う『上手じゃない』は、人と何かを一緒にするのが『上手じゃない』ということ。


 上手くコミュニケーションを取り、相手との空気を読んで、協調性を以てして皆と遊ぶ。それが晶は不得意だった。


 でも、だからこそ、俺は奴の手を引いた。


 上手じゃないなら、俺が教えてあげたい。


 その一心で晶を遊びに誘い、最初は一対一でボールの蹴り方を教えたり、砂場で上手い泥団子の作り方を教えたりした。


 晶は吞み込みが早い。


 当然ではある。


 だって、別にサッカーも泥団子作りも不得意ってわけじゃなくて、ただ人と関わるのが苦手なだけだったから。


 次第に、晶と俺は特段仲良くなっていき、元々仲の良かった明日乃のことも紹介してあげた。


 家と家がそこまで遠くないこともわかった。


 学校が無い日も遊べる。


 でも、晶のお父さんとお母さんはいなくて、一緒に住んでる叔母さんは厳しかったから、夕方は夏は十八時、冬は十七時までしか遊べない。


 短い時間の中でも、俺たちは関係を深め、やがて晶はキョドらなくなり、しっかり目を見て俺にものを言ってくれるようになった。


「俺、結賀と友達になれてよかった。結賀のおかげで、少しだけ上手になれた気がするから」


 奴のこの言葉は、裏切られた今でも頭の中に刻み込まれてる。


 屈託のない笑顔を浮かべながら言われたことを、俺は未だに忘れていない。


 いや、忘れられていない。


 それは、裏切られたからこそだ。


「――なんて、別に俺もそれだけを話しに来たわけじゃない。お前に伝えたいことがあって来たんだよ。二度と顔も見たくないのが本音だけどな」


 人気のない夜の公園。


 俺は、ブロックしていた晶のLIMEアカウントを一時的に解除し、奴にここへ来るようメッセージを送った。


 無視はされない。


 そう思っていたが、それは想定通りで、今こうして晶と相対することができている。


「まあ、それもそうだろ。恋人を寝取った男に会いたい奴なんてどこにもいない。ホモとかじゃない限りな。どうした? 俺にメンタル破壊されてそっちに目覚めたか? はははっ!」


 嫌な言い方しかしない。


 殺しが犯罪じゃなければ、俺はいったい何度こいつにナイフを突き立てていたかわからないほどだ。


 けど、俺もそんな挑発じみた奴の言葉を一々真に受けはしない。


 苛立ちを覚えるものの、スルーして自分の話したいことだけを一方的なように話した。


「残念ながらそういうわけじゃない。期待に応えられなくて申し訳ないな」


「ははっ。じゃあ何だ? 紅葉に仕込んだプレイでも教えろってか?」


「……そういうのでもない。というか、ここでその類の発言するのはやめてくれないか? 興味ないし、誰かが聞いてたらこっちも恥でしかないから」


「ふふっ。強がってなぁ。本当は腹の底煮えくり返ってるだろうに」


 笑い、近くにあった遊具へ腰掛ける晶。


「で、早く言えよ。俺に何を伝えに来たのか。こっちも暇じゃないんだ」


「ああ。俺も暇じゃない。だから、単刀直入に言うよ」


 間髪入れずに俺は続ける。


「恐らく事故の影響だ。明日乃と紅葉の意識が入れ替わった。明日乃の体の中には紅葉がいて、紅葉の体の中には明日乃がいる。馬鹿げた話だと思うかもしれないけど、本当のことだ。明日でもいい、意識の回復した紅葉と話せばわかる」


「……は?」


 声のトーンが少し落ち着いたのがわかる。


 晶の声には確かな疑いの色が見て取れた。


「嘘は言ってはない。明日、放課後でもいいから病院に行け。で、紅葉と会ってみろ。中身は明日乃だから」


「……ははっ。いやいや、待てよ。お前、何言ってんだ?」


「事実だよ。事実しか言ってない」


「…………へっ」


 鼻で笑う晶。


 ただ、そこから続く言葉はなく、ただ奴は下を向いた。


 夜闇の中だ。よくは見えないが……肩を震わせてる? わからない。


 やがて奴は立ち上がり、俺との距離を詰めて来た。


「そういえば結賀、お前昔から作り話とかするの好きだったよな。暇な時とか、適当な面白話を明日乃と紅葉にして楽しませてた」


「懐かしいな。それも今や過去のことだけど」


「そういう時、俺がいつもどんなこと考えてたか今教えてやろうか?」


「……?」


「うざいことばっかべらべら言って何してんだこいつ? これが俺の本音だったんだよ。大抵は傍で笑って聞いてたけどさ。言えるわけないじゃん? 昔のお前、圧倒的に明日乃と紅葉を引っ張ってたし」


「……お前のことも引っ張ってるつもりだったよ」


 言うと、晶は笑って、


「そういうとこだよな。そういうのが普通にうざかった。偉そうにしすぎじゃない? 王様のつもりかよ、お前さ」


「それは行き過ぎ。ただ、使命感みたいなのに駆られてただけだ。お前を含め、三人を楽しませてあげなきゃって」


「ふふっ。あっそ、ご苦労様。その結果、俺に恋人を寝取られたんだけどね。くくくっ。ざまぁ」


 顔を近付け、耳元で囁く晶。


 ぐつぐつと沸き立つ心の中の火を懸命に抑え、冷静を装う。


 で、晶から距離を取りつつ返した。


「何でもいいけど、とりあえず言いたかったことはそれだ。二人の間で訳のわからないことが起こってる。お前、明日乃と紅葉を勘違いするのだけはやめろ。殴られるよ、普通に」


「……ふふっ。あっそ。気を付けとくよ」


「ならいい。じゃあ、俺は帰る」


 そう言って踵を返そうとした時だ。


 ふと、晶は俺を呼び止めて来た。「待てよ」と。それから続ける。


「言いたいことを言うの、お前だけってのはアンフェアだろ。ちょうどいいタイミングだ。俺も言いたいことを言わせてもらう」


「……?」


「結賀、起こってる事ってのは、何も目に見えたり耳で聞こえたりすることだけがすべてじゃないよ。事の裏では、お前が想像していないことが起こってる。それを理解しといてくれ」


「……は?」


「あと、俺、お前のことかなり恨んでるから。何もかも奪っていった奴だ、ってな」


「……何もかも……奪っていった……?」


「くくくっ。何を言ってんだって顔だな。いいよ。いずれ全部知ることになる」


「……」


「楽しみだよ。全部知った時のお前の顔がどんなものか」

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