第9話 晶の方が

【今話を読む前に】

最低最悪な話を書いてしまった。自覚はしている。しかし、これは避けては通れない。

刺激強めなので、耐性のある人だけ読んでいただきたい。

何を言ってるのかわからないかもしれないが、これはこのジャンルに対するせせら木の『決別』です。


















 浅い眠りについていたところから、ふと目覚める。


 小さく寝息を立てて眠る明日乃のベッドの傍に簡易的な椅子を置き、そこに座って顔を突っ伏すような形で寝ていたのだ。熟睡などできるはずがない。


 軽くあくびをして、すぐそこにあったデジタル時計に目をやる。


 時刻は、午前四時十六分。


 ベッドの頭部分にある、小さな照明だけが室内唯一の灯りなだけあって、その数字も一段と際立って見えた。


 普段なら眠っているような時間ということもあり、見慣れておらず、どこか新鮮に感じるのと同時に、不吉なようにも思える。


 よりにもよって、『し――死』とも捉えられる四時か、と。


 それでも、すぐにバカらしい、と自分で軽く笑み、そんな考えも吹き飛ばした。余計なこと考え過ぎだ。


 ――さすがにまだ早い。寝よう。


 そう思い、もう一度ベッドの端に顔を突っ伏そうとした時だ。





「ゆい……が……」





 待ったをかけるかのように、紅葉の姿をした明日乃が寝言を口にする。


 びっくりしてしまった。思わず彼女の方を見やる。


「……明日乃……」


 当然だが、名前を言っても反応なんてない。


 目を閉じたまま、明日乃は寝息を立てるだけだ。


「……夢に、俺が出てきてるのか? ……どんな夢見てるんだ?」


 これに反応が無いことだってわかってた。


 軽くため息をつき、眠ることを断念した俺は、彼女の顔をジッと眺める。


 明日乃の寝息と、微かに聞こえる医療器具の運転音以外はほぼ無音の空間で、彼女の顔をジッと。


「……本当に……明日乃なんだよな……」


 見た目は、完全に紅葉のモノだけど。


「……嘘ついて……紅葉が明日乃を演じてる……なんてこともないんだよな……?」


 彼女が寝ているのをいいことに、普段なら絶対言えないような推測を口にしてみた。


 そんなこと、しようがないというのに。


「…………明日乃……俺は……」


 セリフの続きをゆっくりと口にしようとしていた矢先。


 病室の扉をノックする音が二、三鳴る。


 これにも驚いた。


 すごい勢いで視線をそっちへやり、目を見開く。


 寝言なんて可愛いもんじゃない。


 こんな時間だ。


 こんな時間に訪問者なんて、普通はあり得ないだろう。何だ? 医者か? 看護師か?


 扉をノックした主は、入っていいかの確認も取らず、そのまま扉を小さくガラ、と少しだけ開ける。


 入院着を身に付けた、髪の長い女のシルエットが見えた。


「――! お、お前……!」


 訪問者が誰かわかった俺は、動揺を表情と口調に乗せたまま、そっちの方を見つめる。


「あぁ、やっぱり泊まってたんだね。結賀」


「あ、あす……じゃなくて……も、紅葉……」


 現れたのは、明日乃の姿をした紅葉。


 ハイライトを消失させ、どこか潤んでいるその瞳には、破滅的な何かを感じさせ、わずかに頬を赤くさせている。


 その様が、俺にとってはどこか狂気的に見え、不気味に思えた。


 気付かないうちに冷や汗を浮かべてしまう。


「なんとなくそんな気はしてたんだ。明日乃の意識も回復したって先生から聞いたし、今日あたりかなぁって」


「くっ……!」


「でも、寂しい。明日乃のところにいるなら、それを私に直接伝えてくれてもいいよね? せっかく同じ病院で入院してるのに」


「な、何を――」


 言いかけたところで、「しーっ」と人差し指を口元に当て、紅葉が声を抑えるよう促してくる。


「ここは病院だよ? それに、今は明日乃も眠ってるから」


 クスッと笑い、やがて彼女は遠慮なく室内へ入って来る。


 そして、当然のようにこっちまで歩み寄って来た。


 俺は紅葉から逃げるように後退する。


「もう。逃げないで。そんなに拒絶されると悲しい。私は、結賀のことすごく好きなのに」


「し、知るか、そんなこと……! だいたい、お前は自分から晶を受け入れて――」


「あはっ♡ だーめっ。今、それ言っちゃ」


 俺の口元に彼女が手を押し当ててくる。


 すぐさまそれから逃れるため、顔を振った。


「触るなよ……! 簡単に……触ってくるな……!」


「どうして? 私たち、前はたくさん触り合ってたのに」


 余裕のある笑み交じりの表情と、変わらない妖しさを浮かべた瞳。


 付き合ってる頃は、こんな顔をする女の子ではなかった。


 晶と関わり、晶と深い関係になってからだ。紅葉がこんな風になったのは。


「……そういう言い方……やめてくれないか?」


「……? そういう言い方って?」


「……生々しい言い方ってことだよ。お前、元々そんな風なこと言うタイプじゃなかっただろ。やめてくれ」


「……なあに? わかんない。私、結賀が何を言ってるのか全然わかんないよ」


 クスクスと笑んで言う紅葉。


 その表情もだ。


 変わってしまった彼女は、晶の手にかかってることをこれでもかというほどに俺へ突き付けてきて、吐き気がしてくる。


 本当に、俺へ絡んでくるのはやめて欲しかった。もう、どこかへ行ってくれ。


「ねえ、結賀。結賀はさ、愛情を受け入れる器って、いくつ持ってる?」


「……は?」


「私ね、元々は一つだったの。大切な人は一人で、大好きって思える人も、この世で一人。それが当たり前だと思ってたんだ」


「……」


「けどね、きっとそれは間違いだったんだよ」


 言いながら、もう一つあった簡易椅子を俺の横へ置き、座る紅葉。


「大切な人が一人いて、もう一人からのすっごい愛情を吐き捨てるなんて、それはひどいことだと思わない? 私、気付かされたの。晶から」


「……お、お前……っ」


「すごかったよ……晶の……♡ ずっと幼馴染として一緒にいたのに……私……全然気付かなかった……♡ 好きって想いも……アピールも……伝え方がヤバいの……♡」


「っ……!」


「そこは……ね♡ そこは……結賀より、晶の方が上だね♡」


 めまいがした。


 今はもう、俺は紅葉と付き合っていない。


 けれど、喋っているのは明日乃の見た目をした女の子で、微かに残っていた灰のような紅葉への想いが、毒のように自身を刺してきている気がして痛く、正気でいられなかった。


 言葉も出て行かない。


 体が震え、嫌な汗が浮かぶ。


 それでも、明日乃もみじは笑顔で俺を見つめてた。


 その笑顔が、俺の何もかもを踏みにじってることに気付かず。


「でも、安心してよ、結賀」


「はっ……はっ……はぁっ……!」


「どんなことがあっても、私は結賀への想いも捨てないから」


「や……やめ……やめろ……っ……!」


「ずっと……ずっと……好きだからね。結賀」


「やめろォォォォォォォォォ!」


 ――絶叫。


 そう表現するほかない俺の叫びは、病室内にこれでもかというほどに響いた。


「……ん……ゆい……が……?」


 眠っていた明日乃も目を覚ます。


 いや、明日乃……? 紅葉……? どっちだ……? わからない……わからなくなった……俺は……俺は……!


「どうしたの、大丈夫、結賀?」


「やめろ! やめてくれぇ!」


 紅葉なのか、明日乃なのかわからない、明日乃の見た目をした女の子の手を叩き、拒絶する。


 呼吸が苦しい。


 涙が勝手に出てくる。


 立ってられない。


 そして――


「ぅっ……! おぇぇぇ!」


 ――嘔吐。


 床に吐しゃ物をまき散らし、俺はそのままうずくまる。


 そこからの意識はハッキリとしなかった。


 二つの声が大きく聞こえたけれど、起き上がることも何もできず、気付けば俺は暗闇に落ちていた。

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