【終章】呪詛狂いの巫女
199●年
とある繁華街の地下室。
その男は妙に落ち着いて、レトロな商社マンみたい風貌。目は鋭さを宿して、窓の無い6畳間の密室で平気で煙草を嗜む一風変わった男だった。歳は30代後半くらいで都会人の様な振る舞いだが言葉の端々に地方の訛りがある。
スチールデスクを挟んで対するニット帽の男は裏社会ではそれなりに名の知れた“派遣屋”で、金さえ積めば死刑だって辞さない身代わりを用途も訊かずに連れてくる凄腕。しかし今回ばかりはスーツの男の提示した内容に興味を抱いていた。
「にしてもお客さん、こんな仕事してる俺が言うのも難だが戸籍の無い11人が欲しいってのは随分と訳ありだな。まあ俺のとこに来んのはみんな訳ありなんだが——あんたは群を抜いてる」
スーツの男は紫煙に巻かれながらシニカルに笑った。ニット帽の男が“理由を訊かない”で有名なだけあって、そんな男ですら理由を訊いてくるこのイカれな案件につい笑いが溢れたのだ。彼は煙草から滴る灰を灰皿に落として、更なる注文を申し付けた。
「出来れば薬物中毒者とか、何をしたって足が付かない様などうしようもない人らが望ましいですね。家族も友人もいない、明後日の方向を永遠に向いてるような廃人ですかね。ただ、無戸籍の子供だけはやめてくださいね。この案件は子供が至るにはあまりにも残酷な死に方ですからね。楽に死ねない——そういう結末なのです」
ニット帽の男は益々好奇心を突かれた。スーツの男が提示する前代未聞の要望にニット帽の男はとうとう我慢できず、ポリシーに反して質問してしまった。
「なぁお客さん、俺は自分が何でこの界隈で売れてて、何でみんなが俺のところに寄ってくるかは知ってる。俺はどんな案件だろうとその奥底までは覗かねぇ。何にも訊きはしねぇんだ。だけどよ、あんたの案件は流石に俺の脳味噌が意味を欲しまっている。なぁ実のところ何に使うんだよ、11人も」
スーツの男はニヤリと笑う。むしろ彼の質問はスーツの男にとっては好都合で、既に“値引き交渉”へと突入していた。
「この件はもう一人キーパーソンがおりまして、私だけのものではないのです。私はむしろ依頼者でありながら歯車の一つでしかない。そう易々と全貌を明かす訳にはいかないのですが、そうですねぇ——料金を安くしてくれたら教えても良いですよ。大富豪って訳ではないですからね私の家は。いや、正確には弟の家ですが」
スーツの男の提案にニット帽の男は『やられた』と呟いた。けれどビリビリと刺激される好奇心に抗うことはできず、思わず値引きを口にする。
「1%引きで——」
「いや、10%」
スーツの男は身を乗り出して勝負に出る。値引き交渉を楽しんでいるようにも見えた。ニット帽の男は渋々次の値を口に出す。
「……なら3%はどうだ?」
「10%にして下されば、この案件に関わるキーパーソンについても少しお話しします」
「マジかよ……そうだな、なら10%でいこう」
スーツの男は鼻息を吸いながら満足気になって「ありがとうございます」と乗り出した体を所定の一に戻した。
値切り交渉は終わり、値引きの代償としてスーツの男——古宮肺明はその経緯を怪談でも語るような口調で話し始めた。
「あなたは“カムイ”というものを信じますか? 神様の脅威と書いて“神威”」
「あれだろ、今流行りのノストラダムスがどーのとかのやつか?」
「近いです。皆が言う『恐怖の大魔王』とやらが本当に世界を滅ぼすのであればそれは“神威”と言えるでしょう。つまるところ、私はそう言った神威に対抗する為に11人の生贄を欲しているのです」
唐突に訪れたオカルト話にニット帽の男は顔を引き攣らせた。それは11人の使い道があまりにも常軌を逸している可能性を孕んでいるからだ。
「……生贄?」
「ええ。私が対抗している神威とは——これら自業自得なのですが、私は資格が無いのにも関わらず、一族の根幹となる母親とまぐわってしまいましてね」
淡々と、でもどこか可笑げに語る肺明。ニット帽の男はとうとう畏怖した。『こいつは一体何を話してるんだ?』と疑問と戦慄の螺旋が渦巻き、嫌な汗が滲み出るが、ニット帽の男を追い詰める様に肺明は語り続ける。
「まぐわった結果、母は子を産みました。しかしながらその子は人のカタチを宿すことは無かったのです。そうですねぇ、表現するのであれば“抱えれる程度の肉の塊”。とにかく泣きもせず、ただ蠢くだけの物体が産まれましてね、ただ血を分けた子とはいえ、泣きも笑いもしない肉の塊に父性なんて湧いてこないのですよ。名前も付けてみて、『
肺明は値引きの為に秘密を明かしてしまったが、そもそもこれは計算の内であった。呪詛師からの助言で『餓鬼十一戒』という呪詛は儀式の事実が広まれば広まる程効力が増すのだという。呪詛師はこの儀式を録画してネット上に公開する予定だし、肺明はこの事実をニット帽の男に話すことによって値引きも呪詛の効力の増幅も出来て一石二鳥であった。
対するニット帽の男は奥歯をガクガクと震わせて、あまりにも現実離れした狂信的な話に恐れ慄いて、訳のわからない儀式なんかで無駄死にする11人が哀れに思えてきた。
「……その、こんなこと言うのもアレだがその呪詛師ってのは信用できる奴なのか?」
ニット帽の男の問いに肺明は満面の笑みを浮かべて頷く。
「あの人は本物ですよ。名は知れてませんが、私はあの人が呪詛を用いるところを拝見しましてね、『この人しかいない』と確信を持ちました」
ニット帽の男は興味本位、後で調べてみる為に「良ければその呪詛師の名前は?」と尋ねてみると肺明は口を紡いで「えーと……」と悩み始めた。それは名を伏せる為ではなく、名前が思い出せないからだった。
「えーと……すみません鮮明に名前が出てこないものですから、あれですよあれ、ゲームと同じだなあって思ったんです」
「ゲーム?」
「ほら、あるじゃないですか、赤い帽子のおじさんがぴょーんて跳ねるゲーム。呪詛師の彼女、それと同じ名前なんです」
眼球を嗜む少女の怪異村巡礼 山猫計 @yamaneko-k
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