ネトゲ占い師コヒナ 見合破談作戦奇譚
琴葉 刀火
妖狐見合破談作戦奇譚 クロスロード オブ フォーチュン
「それで、加奈さんのご趣味は?」
見合い相手の母親だという中年女性の質問に、
「はい、ネットゲームを」
隣で伊達のおばちゃんが息を呑んだのがわかる。
「は?」
何のことかわからなかったのか、中年女性はぽかんと口を開けている。相手の男も目を丸くしていた。いい気味だ。
「ですからネットゲームを少々。いえ、かなり!」
加奈はそう言うと、現実の自分の顔に不敵な笑みを浮かべて見せた。
■■■
「伊達のおばちゃんから連絡来てた?」
「あー、うん」
仕事を終えて家に帰ってきた
通知だけで中身は見ていないが内容はわかっている。おばちゃんは加奈に見合いをさせたいのだ。
伊達のおばちゃんは悪い人ではない。加奈も子供の頃にはずいぶん可愛がって貰った。
だがいつからか伊達のおばちゃんは知り合い全てを自分の力でくっつけなくてはいけないという謎の使命感に取り付かれてしまった。正直うんざりである。
断り切れなくて一度は見合いをしたが、結果は想像通りひどいものだった。
一目見て合わないと感じた。それでも決められた時間はお互い興味がある振りをしなければならない。
聞いても差し支えないことだけを聞き、当たり障りのない答えを返す。
本当のことを答えるわけにはいかない。相手の答えをうのみにもできない。
そもそも写真と顔が違うのはどういう了見だ。妖怪じゃあるまいし。
出会いが必要なら自分で探す。専用のアプリもサイトも履いて捨てるほどある。義理がない分そちらの方が楽なくらいだ。
だが加奈にとっては出会いも恋愛も「今はいいや」なのだ。
半年前、加奈は二年半付き合っていた男と別れた。原因は相手の浮気。
振り返ってみれば酷い男だった。束縛は強いというレベルではなく異常で、疑り深く携帯端末は会うたびにチェックされた。そのくせ自分は女友達と二人で遊びに出かけるのだ。
なんとかという加奈にはよくわからない方法でお金を稼ぐ、そのために頑張っているのだというのが口癖で、まともな仕事はしておらずデート代は全て加奈持ちだった。
俺の大切な時間を削ってお前に付き合ってやっているのだから当然だろう。口にこそしなかったが態度ではそう示された。
嫌だと思うことはたくさんあったが口に出すことはできなかった。口に出した瞬間に終わってしまうと分かっていたから。だがそれでも、あの頃の加奈はいつか全部報われて薔薇色の未来がやってくると思っていたのだ。
だから、出会いも恋愛も今はいい。ただまあ。偶然素敵な出会いがあったりすれば、話は別だが。
「返信だけでもしといてね」
「あー、うん」
母に生返事を返すと加奈は自室へと退避した。こんな日は趣味に没頭するに限る。
加奈の趣味はいわゆるMMORPGである。
<
<やおちょ>では加奈も一匹の妖怪。<のっぺらぼう>の<フェスレス>だ。
加奈はのっぺらぼうという妖怪が好きだ。
ネットの世界は顔が見えない等ということはよく言われる。だが顔が見えたから何が分かるというのか。
人は皆仮面を被っている。そして相手に合わせて付け替える。弱い相手には怒り。強い相手には追従の笑み。
だが何のしがらみもないゲームの世界でならのっぺらぼうのままでいられる。人間<武科 加奈>よりのっぺらぼうの<フェスレス>の方がよっぽど自分らしく振舞える。
本当は皆のっぺらぼうなのだ。
<フェスレス>になった加奈は早速今日の食事を摂ることにした。
<やおちょ>では「食べ物」が重要となる。種族ごとに好物が設定されていて、合ったものを食べれば高いバフ効果が得られるのだ。
<のっぺらぼう>の好物は<蕎麦>。嫌なことがあった時は贅沢をするのがいい。
<フェスレス>は拠点にしている町<天狗の里>の高級蕎麦屋に入ることにした。人に化けるための顔の書かれた仮面は外している。店に入る時は被り物は取るのがマナーだ。それに折角の蕎麦を堪能するのに仮面をかぶったままではもったいない。
蕎麦屋には先客がいた。自分と同じのっぺらぼうで、名前は<ネムレス>となっている。フェスレスはその名前と仮面を外しておいしそうにそばを食べる姿に親近感を覚えた。
「こんにちは。お食事中ごめんなさいね。名前が気になって話しかけちゃった。あなたものっぺらぼうなのね」
「名前?」
ネムレスは一瞬戸惑ったようだがこちらの名前を見て納得したようだ。
「おや、これは素敵な名前のお嬢さん。しかも大変な美人と来ましたか」
「あらお上手」
くすり、とリアルの口から笑いが漏れる。
お互いに顔のないのっぺらぼう。それでも褒められれば嬉しくなるのだから不思議なものだ。見合いの時に「綺麗な方ですね」等と世辞を言われても全く何も感じないというのに。
「ネムレスさん、初めましてよね。あまり天狗の里には来ない方?」
「ええ。普段は遠野に。あ、『さん』はいらないです。ネムレス、それかネムと呼んで下さい」
「ネムでいいの? でもネムレスって、
言いながらネムレスの隣に腰かけると、フェスレスも蕎麦を注文した。短い演出ムービーの後に自分の前にも湯気の立つ蕎麦が用意される。
「まあそうなんですが。仲間はそう呼ぶので」
「そう。じゃあ私もフェスでいいわ」
「いいんですか? そっちこそ
「まあそうなんだけど」
やはり気が付いてくれた。ネムレスも親近感を持ってくれているのかもしれない。
「のっぺらぼうのあだ名がフェスって……。でも逆にアリですかね」
「ええ。なんだかそれっぽくていいと思わない?」
顔がないのが私の顔。この感覚は自身に名無し等という名前を付ける人には伝わるだろう。
「ネムは天狗の里には何をしに?」
「実は占い師さんが来てると聞きまして」
「占い師?」
「ええ。ご存じないですか?時々天狗の里に現れるのだそうです。一度会ってみたいと思ってたのですが、今回やっと叶いました」
「へえ、そんな人がいるのね」
フェスレスはソロや野良パーティーへの参加をメインに活動している。攻略情報などには目を通すがそれ以外のプレイヤー間の噂等には疎い。
「ネムはなにを見て貰ったの?」
「内緒です!」
言いながらネムレスは顔を赤くして見せた。
「その様子だといい結果が出たのかしら?」
「ええ、まあ。かなり嬉しいことを言われました」
「あら羨ましい。私も見て貰おうかしら」
「フェスは何を見て貰うのです?」
「親戚に縁談持ってくるの好きな人がいてね。何とかなんないかなって」
「ああっ、それは大変だ。わかります。うちも親がうるさくて」
ネムレスは何もない顔をうんうんと大きく頷かせた。
「お互い大変ね。お見合いが悪いっていうんじゃないんだけどさ。恋とか愛とか、そう言うのへの憧れが捨てられないって言うか」
「運命の出会い、ですかね?」
「そうそう、それそれ!」
「わかります。出会って、運命が交わるのを感じて、恋に落ちて、通じ合って。結婚なんてその後の話でしょう。恋愛なしの結婚なんて蕎麦食べずに蕎麦湯だけ飲んでるようなもんです」
蕎麦湯を飲みながらのネムレスの言いように、フェスレスは思わず吹き出してしまった。
「ねえ、今の言ってやってよ。うちのおばさんに」
「任せてください。フェスがうちの母を説得してくれるなら」
「一休さんじゃないんだから」
やはりネットゲームはいい。アバターでの触れ合いは現実の身体よりもよほど自分のままでいられる。
「ネムはお話上手ね」
「そうでもないんですよ。リアルだと女の人とまともに話せないんです」
「そうなの? 全然そんな感じしないけど」
「実は酷い赤面症でして。女の人ってだけで真っ赤になってしまうんです。<やおちょ>はいいですね。こんな美人さん相手でも平気でお話ができる」
「あらあらお上手。嘘でしょ、赤面症なんて」
「いえほんとですよ。ホラ」
ネムレスは言いながら何もない自分の顔を指さした。確かに赤くなっているがアバターは勝手に顔を赤らめたりはしない。これはネムレスが自分でやっていることだ。
案外本当なのかもしれない。現実のネムレスはしゃべるのが苦手なのかもしれない。だがアバター同士ならばそれは気にする必要がない。
きっとのっぺらぼうのネムレスこそが彼の本質なのだ。
「ねえ、ネムはこの後どうするの?」
「そうですね。天狗の里に来るのも久しぶりですし。何かこの辺りで狩りでもしようかと」
「そう? じゃあ一緒にむじな狩りでもする?」
「のっぺらぼう二人でむじなですか?」
<むじな>は効率よく
「この辺だったら<牛鬼>とかどう?」
「初見ですね。フェスがリードしてくれますか?」
「もちろん、喜んで」
ネムレスは初見の妖怪相手でも器用に戦闘をこなして見せた。合間の会話も弾み、結局その日はネムレスのログアウトの時間まで<牛鬼>を始め<天狗の里>周辺の中級妖怪を討伐して歩く観光ツアーとなった。
「ありがとうフェス。おかげで稼がせていただきました」
「こちらこそ。楽しかったわ、ネム。また遊びましょ」
ネムレスはログアウトしたが加奈の母が風呂に入れと言い出すまで少々の余裕がある。
消費したアイテムの補充の為にフェスレスがNPCのショップが立ち並ぶ鬼六大橋の袂まで来ると、何やら人だかりができていた。
「ありがとうございました~。どうぞ良い旅を~」
人だかりの中央で緑のマギハットに巫女服といういでたちの妖狐の少女がぺこりと頭を下げる。側には小さな看板。
『よろず、占い承ります』
どうやらこの狐がネムレスの言っていた占い師らしい。
「お次お待ちの方、いらっしゃいますか~?」
占い師が周囲に呼びかけるが進み出る者はいない。皆見物目的のようだ。
話を聞いた日に出会ったのも縁だろう。フェスレスは
「こんにちは。お願いできるかしら?」
■■■
私の名前は<コヒナ>という。あっちこっちのネットゲームを回っては、世界を救わずに占い師をやっている不良プレイヤーである。
緑の魔法使い帽子から飛び出る大きな耳と我ながらふわふわであったかそうな大きなしっぽ。この世界の私は妖怪の<妖狐>だ。
「ありがとうございました。頑張ります!」
つるりんさんという名前ののっぺらぼうさんはそういうとお代の五百文と一緒に<お団子>をくれた。
「これは結構なものを~。ごちそうさまです~」
<やおちょ>は食べ物アイテムが豊富で妖怪ごとに好物が決まっている。そしてお団子が嫌いな妖怪なんていない。つまりお団子は汎用性の高い高級アイテムである。
つるりんさんは明日同じ職場の意中の方にアタックするのだそうだ。占いの結果は上々。ぜひ頑張って欲しい。
のっぺらぼうは能力も高く見た目も良い人気の種族。さっきもお一人のっぺらぼうのお客さんが来てくれた。名前は確かネムレスさん。
「名無し」と「睡眠不足」のどちらから来ているのかなと思ったので覚えている。まあ聞いてみなければわからない。全然関係なくて、ネム田レス蔵さんという本名から付けたのかもしれない。
ネムレスさんも恋愛相談。この先出会いがあるかどうかというご質問だったのだけど、占いの結果、なんと真ん中に<
間もなく運命の出会いがありますと伝えると大変喜んでくれた。三枚目に出ていたカードが示すアドバイス、本当の自分をさらけ出すのがいいですよというのもお伝えしておいた。
ちなみにのっぺらぼうさんの好物はお蕎麦である。これはのっぺらぼうの昔話が背景にあるんだと思う。
ある晩。どうしてもおそばが食べたくなってしまった二人組。だがお金が少々足りない。そこである作戦を立てた。お蕎麦を食べ終わり、いざお会計へ。
一文銭ばっかりですまないね。じゃあ一枚ずつ載せていくよ。ひい、ふう、みい……
あ、違った。これ別の話だ。
のっぺらぼうのお話はこうである。
ある晩、人気のない道を男が歩いていると、女の人がしゃがみこんで泣いているのを見つける。声をかけて顔を上げさせてみると、なんとその顔は目も鼻も口もないのっぺらぼう!
きゃああ!
ここでいつも思うんだけど。
のっぺらぼうと言う妖怪を説明するのに、なんとその顔はのっぺらぼう!ってどうなんだろ。ヤマダさんの顔は、何とヤマダさん!
まあとにかく驚いた男の人は近くにあったお蕎麦屋さんに駆け込むのだ。
「大変だ、出た!出た!」
「お客さん、一体どうしたって言うんです、そんなに慌てて」
「出たんだよ、妖怪に会ったんだ!」
「それは大変でしたね。ところでお客さん。その妖怪と言うのはひょっとして、こんな顔じゃなかったですか?」
そう言ってお蕎麦屋さんは顔をつるりと撫でる。その顔はなんと、目も鼻もないお蕎麦屋さん!
…………。
その顔はなんと、目も鼻もないのっぺらぼう!
きゃあああああ!
と、こういうお話である。
お話のタイトルは「むじな」になっていて、むじなが人をからかったのだというオチだったはずだ。
そっか~、むじなの仕業か~。
……むじなってなんだろ。
「こんにちは。お願いできるかしら」
声を掛けてくれたのはこれまたのっぺらぼうの女性の方だった。お名前は<フェスレス>さん。さっきのネムレスさんのお友達だろうか。
実はおんなじ人だったりして。ネットゲームではよくある話だ。でも先入観は占いの邪魔になるからね。切り替えていこう。
「いらっしゃいませ~、何を見ましょうか~?」
「何が見られるのかしら?」
「基本的にはなんでも~」
「じゃあ、二度と『見合いをしろ』って言われない方法とか、見れたりする?」
「ええと~、お見合いがどう進むとかお相手の事ではなく、お見合いをしない方法ですか~?」
「ごめんなさい、無理よね。ちょっと愚痴言いたかっただけなの。それじゃあねえ」
「いえ~。多分見られると思います~」
「えっ、見れるの⁉ じゃあ……。親戚にうるさい人がいてね。見合いしろってしつこくて困ってるのよ」
「なるほど~。かしこまりました~」
「え、ホント? ほんとに見れるのこんな内容?」
「はい~。ただ、占いですので当たるとは限りません。それと、ご納得いただける結果が出るとも限りません~。ですのでご納得いただけない場合はお代は頂かないことになっています~」
「なるほど。なんか逆に当たりそうな気がしてきたわ。よろしくお願いします」
「はあい。少々お待ちください~」
カードをよく混ぜて揃え、左から順番に三枚、開きながら並べていく。
<
<
<
あれ? これとそっくりおんなじ配置、さっきも見たような……?
まあそんなこともあるか。タロットは一枚でいくつもの意味を持つ。三枚のカードが全く同じ並びで出てもその示す意味は質問者や質問内容によって変わるのだ。
一枚目。過去の出来事や相談の原因になっている事柄が来る。
<
二枚目。現在の状況や間もなく訪れる出来事を示す。
<
どうにも変なカードだ。
お見合いと別に運命の出会いがあるのかな?
三枚目。占いの結果やアドバイスなどの未来を暗示するカードが来る。
<
でも他のカードと一緒に考えてみるとややこしい。
さて、この三枚が示す物語は。
「一枚目、<
「あー。まあ、そうね」
「それと~。<
「え、嘘。うわ、当たってるわ……」
「災難でしたね~」
タロットは一枚で色んな意味を持つ。複数の意味を併せ持つことも多い。
「次は
「それは、いいこと?」
「そうですね~。一枚目の
「なるほど」
「最後は
「秘密を暴露……?」
「はい~。
「それだ!」
ばん、と音を立てそうな勢いでフェスレスさんが立ち上がった。
え、ど、どれ?
「全部話してお見合いを台無しにしちゃえばいいんだ! 」
「ええと~?」
「そうすればおばちゃんもお見合いしろなんて言わなくなるし、私も前向きになって運勢も変わるってことよね?」
「あ~、そういう解釈も確かに~?」
出来なくはない。かな? どうだろ。
「ありがとう。がっつりやってやるわ」
「あ、はい~。ご参考になれば幸いです~」
「うん。すっごく参考になった。ごめんなさいね。親が速く風呂入れって煩くて。また改めてお礼に伺うわね」
のっぺらぼうのフェスレスさんは既定の倍の金額を私に押し付けるとその場でログアウトしてしまった。
う、ううん。
占いの解釈は間違ってはいない。でもきっと、フェスレスさんの思っている通りにはならないんじゃないかな。
だって月の逆位置より先に運命の輪のカードが出ているのだ。
……
ま、いっか。
結果は一緒だ。いわばNPCである占い師のお仕事はここまで。ここから先は物語の主人公にお任せすることにしよう。
■■■
「ネットゲームを少々。いえ、かなり!」
狐の占い師の言ったことは正しかった。全部話してしまえばいいのだ。
付き添いで来たという相手の母親等はあからさまに顔をしかめているし、伊達のおばちゃんは隣でおろおろしている。
申し訳ないとも思うが、これでしばらくは見合いをしろなどとは言い出さないに違いない。
大成功、と加奈は心の中でほくそ笑んだ。
だが事態は加奈の予想とは違った方向に進みだす。
「いいですよね、ネットゲーム。実は僕もやるんですよ」
見合い相手の男の言葉に、その母親がぎょっとしたように息子を見る。
加奈も驚いたがよく考えればなるほど、だ。この人も本当はお見合いなんてしたくなかったのだ。まさに最高の共犯者。さあ二人でお見合いをぶち壊そう。
「ま、まあ。趣味が共通なんて素敵ね。じゃあ、私達はお邪魔でしょうから」
強引にいい雰囲気であるとアピールして伊達のおばちゃんはそそくさと退席する。相手の母親も顔を引きつらせながら出て行った。
二人きりになった後、加奈はわざとらしくはあ、と大げさなため息をついた。
「お疲れ様です」
見合い相手の
「すいません。実は私お見合い苦手で」
「僕もです。おかげで助かりました。ありがとうございます」
加奈が軽く舌を出して見せると七音も頭を掻きながら答えた。しかし目線は加奈ではなく明後日の方を見ている。本当に見合いが苦手なのだろう。加奈は七音に仲間意識を感じた。
「七音さん、ネットゲームやるんですか? それともさっきのは建前?」
「あ、いえ。ほんとにやります」
急に距離感を詰めて話し出す加奈に、七音は目を合わせないながらも応えを返す。
「そうなんですね。ちなみにタイトルは何を?」
「あ、その。ご存じかわかりませんが<やおちょ>、
「えっほんとに?」
加奈が思わずテーブルに身を乗り出すと七音はそれに合わせるようにのけぞった。真っ赤な顔をして顔を背けている。これはお見合いが苦手というより寧ろ……。
背筋を戻して加奈は話題を続けた。
「私もやおちょやってるんですよー」
「えっ、そうなんですか?」
目が合った。しかし七音は慌てたように再びそらしてしまう。
「すいません。気を悪くしないで下さい。実は僕、女の人が苦手で……。特に綺麗な人は駄目なんです」
「まあお上手」
「いや、あのっ。今のは! そういう意味じゃなくて、いや、そういう意味なんですけど」
そう言うと七音は真っ赤な顔の半分を片手で覆ってしまった。
「すいませんがこのままでもいいですか」
顔を覆ったまま聞いてくる。庇護欲と同時に湧き上がってくる嗜虐心を加奈はどうにか押しとどめた。
「大丈夫ですよ。そのままでお話しましょ」
顔を隠して話すことに抵抗はない。人は皆のっぺらぼうなのだ。
「助かります」
七音は顔を覆ったまま頭を下げた。
「加奈さんはやおちょでは種族は何を?」
「のっぺらぼうです」
「ほんとですか! 僕もなんです」
七音は嬉しそうにこっちを見た後、また慌てて顔の上半分を隠した。
「すいません。女の人としゃべると顔が赤くなってしまいまして。チャットだとバレないので気が楽なんですけど」
「顔隠しながらだと普通にしゃべれるの?」
「はい。というか赤面症だってこと知ってる相手ですとそんなに気にならないのです」
「そういうモノなの?」
「そういうモノなんです」
七音にとっては女性と話すときに顔が赤くなるのは普通の事なのだろう。だがそれは周りには伝わらない。顔を赤くすれば変に勘繰られてしまうかもしれない。
ネットの中でだけ本当の自分になれるというのはなにも加奈だけに限ったことではないのだ。
「じゃあ<やおちょ>のアバター同士なら平気なのね」
「はい。この身体がアバターみたいに思った通りに動いてくれれば、なんて考えちゃいますね。あ、変なこと言ってすいません」
「ううん。わかる気がする」
現実の身体と言うのは不自由なものだ。
「ま、<やおちょ>の中で地雷踏んで怒らせちゃうこともありますけどね」
「あー、わかる。でもそれってリアルの会話でも同じじゃない?」
「たしかに」
「でも中の人の方のこと考えない方が楽って言うのは確かよね。この間、お見合いしたくないって言う愚痴を知らない人に聞いて貰っちゃったりして。そう言えばあの人ものっぺらぼうで……ってやだ私ったら、お見合いの相手にこんな話」
余りに失礼な内容だったと加奈もさすがに反省した。
「え? いや、そんなまさか。いや、でも。え、ええと……加奈さん?」
だが七音は加奈の言葉に挙動不審に陥っている。赤い顔がさっきよりもさらに真っ赤だ。
「七音さん、どうしたの?」
「加奈さんがその妖怪に会ったのって、もしかして天狗の里の蕎麦屋ですか?」
「えっ、そうだけど」
七音は顔を覆っていた手で、つるりと顔を撫でるとこう言った。
「ひょっとしてその妖怪。ネムレスって名前じゃありませんでした?」
「ええっ⁉」
いやいやまさか。そんなこと。だがそう言えば。
占い師のことを教えてくれたのは、現実の自分は赤面症だと嘯く話し上手ののっぺらぼう。
「嘘、あなたネムなの⁉」
七音は真っ赤な顔を今度は両手で隠して頷いた。そこまで恥ずかしがらなくても。だが見ているとなんだか急に恥ずかしくなってきて、加奈は自分も顔を隠してしまった。
お互いに正体を見破られたのっぺらぼう達は指の隙間から目だけを合わせると、思わず同時に噴き出した。
「向こうで会う前にこっちで会っちゃうなんてね」
「ほんとびっくりです」
「そうそう。ネムが教えてくれた占い師さんの所に行ったのよ。お見合いをぶち壊すにはどうしたらいいのって。趣味について思い切りぶちまけなさいって言われたわ。大当たりだったわね」
「ああ、そういうことだったんですね……。でもそれって当たったんですかね?」
「当たったじゃない。それよりネムは何を見て貰ったの?」
「いや僕は……」
「ええー。私は教えたのに?」
「それはフェスが勝手に……。わあ、やめてください。わかりました、わかりましたから!」
フェスがぐいと顔を近づけると、ネムは慌てて椅子ごと後退った。
「……笑わないで下さいよ? 近いうちに運命の出会いがありますか、 って聞いたんです」
「へえ! 素敵じゃない。で、結果は?」
「ええと、一枚目が確か、<
二人ののっぺらぼうが占い師も読み解けなかったタロットの真の意味と、運命の交差に気が付くのは、もう間もなくのことである。
ネトゲ占い師コヒナ 見合破談作戦奇譚 琴葉 刀火 @Kotonoha_Touka
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