第66話 友情

 オレはいつもより少しだけいいモダンな喫茶店に村崎を呼び出した。商店街の裏通りにある雰囲気が洒落た若者が行くような店だ。着席して向き合うと頭を下げた。額ががんっと机に当たってコーヒーが揺れる。村崎があまりの気合に「えっ」と身を引いていた。オレは顔を上げると手をぱんっと合わせて声を強めた。


「すまん、三万だけ貸して欲しんだ!」

「……三万?」


 村崎が訝し気にした。オレはこくこくとうなづく。


「プロポーズしてえんだけどレストラン代が無くって。次の給料はいったら分割で返すから」


 気合をこめた懇願だったのだが以外にも村崎は気抜けした顔をした。


「なんだ、レストラン代かあ」


 彼のこわばっていた肩がすとんと落ちた。コーヒーを飲んで口調を落ち着けたようだ。


「指輪は要らないの」

「ああ、まあ買えねえしな」


 本当は金があるなら安物でも用意したい。でもそんな余裕はどこにもなかった。


「まあ、そうか。レストランなら美代ちゃん気分いいかもな」


 村崎は横に置いてあったバッグから茶封筒を取り出した。折り目のついていない金融機関のものだった。


「オレはてっきり結納金貸してくれかと思ったぞ」


 そういって封筒に入れていた金をスライドさせる。えっ、とオレは一瞬思考回路が停止した。百万円の帯の半分、軽く五十万円くらいはあったと思う。なんのこと、と理解するのに時間がかかった。

 村崎はオレの電話を結納金だと勘違いして用意してくれていた。降ってきた金じゃない、村崎が一生懸命に働いて貯めた金だ。感情が胸に押し寄せて、目頭がかあっと熱くなった。


「マジすまん。ほんと泣きそうだわ」


 目元をごしごしこすって三万円を受け取った。おしぼりで顔をふく。喉の奥の空気が鼻を突き上げた。


「で、はい。これがオレからの御祝儀」


 そういって差し出してくれたのは五万円だった。


「返さなくっていいからこれで指輪買えよ」

「えっ」


 オレは何ともいえない気持ちになって、うつむいて顔をふった。


「ほんとに、ほんとに」

「はい、置くよ」


 そういってオレの顔の下にお金を広げておいた。


「マジすまん」


 オレは洟をすすりながら受け取った。


「スーツはあるか」

「スーツは就職のときのがあるから」


 目元をおしぼりで拭いて、ああ、涙出るわといった。


「どんなプロポーズ考えてんの。指輪ケーキのなかに入れたりする」

「やらんわ!」


 オレは涙交じりのまま笑顔になった。


「シャンパンに入れて出してもらうとか」

「あれさ、べたべたになんないの。やる人いるけど」

「まあ、ある意味べたべただよな」


 意味が重複して二人で笑った。べたべたね、べたべたと。


「オレはやっぱ直でいくわ」

「直じゃないプロポーズとかあんの」

「モールス信号とか」

「聞いたことないわ」


 ケラケラと笑ってようやく冷めていたコーヒーに口をつけた。


「オレさ、美代子じゃないとダメなんよ。あんなに理解してくれる子いねえし、演劇やってても楽しい時間きっと過ごせないんだわ」

「応戦してくれるって人がいるの有難いもんな」

「うん」

「オレもさ、応援してるぞ。ちょっとだけど」

「いや、マジ止めてくれ。泣きそう」


 そういって涙も出ていない目を天井のライトに向けてしばたたかせて、おしぼりでふく真似をした。村崎は出てないじゃん、と笑ってくれた。


 それから指輪はどんなデザインがいいだとか、プロポーズの言葉まで理想を話し合って二人で爆笑し、同級生の噂話を情報交換してナポリタンを食った。軽く二、三時間経ってたかな。思い出に残るような時間を過ごせた。


 村崎って話を聞いてくれるんだけれども、イヤなタッチをしない。結構コミュニケーションが上手なんだなとその時に思った。こいつにもいい子見つかるといいななんて思ったっけ。


 オレのおごりで会計を済ませて店を出る。今日はこれで解散だ。村崎が数歩進んだところでぐっとめずらしくサムズアップをした。若干声と口元がふざけていた。あ、兄貴のひょっとこだと思い出した。


「立長吉幸に幸あ~れ~」

「うん、オレに幸あ~れ~」


 じゃなと手を振って別れた。気持ちは上々、これから指輪も探さないといけないし。オレは鼻歌を歌いながら道を歩く。友達っていいな、よし頑張るぞ。

 漢、立長吉幸、愛する美代子さんへ一世一代のプロポーズします!

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しがないモブ俳優がアカデミー賞死体賞を受賞するまでの奇跡 奥森 蛍 @whiterabbits

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