第2話 亡国エル

 ヴァレリアとルシアンは、エボンハル城の正門を出ると城下町へと歩みを進めた。


 「ここには、もう来ることはないの?」


 「いや、いつかは戻ってくるよ。吸血鬼俺たちの故郷だから」

 

 2人は、建物の瓦礫が散乱している町を歩きながら会話を続ける。


 「ヴァレにいは、国を復興させるの?」


 「わからない、想像もできない……」


 廃墟となった広場には、崩れた彫刻や壊れた泉が寂しく佇み、かつての活気と賑わいとは対照的な光景が広がっていた。その光景を見て、ヴァレリアはそう語った。


 「予言を待っているの?」


 「ああ、俺たちがこうして外に出るのは、予言を見つけたのが理由だからな」

 

 ヴァレリアは、この亡国で永遠に生きていくつもりだった。

 太陽が昇らず、吸血鬼を狙う存在も来ないこの地は、吸血鬼である自分自身そして何より妹とにとって適した環境だったからだ。


 しかし、予言を見つけその考えが変わった。

 古くから伝わる王族の書庫にあった予言書エルドが瓦礫から見つかったからだ。


 "闇に祝福されし双子。"

 "血の月ブラッドムーンの光に照らされ、血を吸う者が生まれり。"

 "清澄の月アズールムーンの光に照らされ、吸血鬼の遺産を受け継ぐ者たれり。"


 その予言は、ヴァレリアとルシアンのことを語っており二人の出自、そしてその未来を示すものだった。

 空白の多い予言書エルドだが、何らかの魔法的な干渉を受けているのは確実だった。つまりは、ただの戯言や妄言ではないということ。


 「ヴァレにいは、予言を信じるの?」


 「それはないよ。予言は、あくまで予言だ。死ぬと書かれていたら、俺はそれを信じないしそんな未来なら変えて見せるよ」


 ヴァレリアのその自信は、吸血鬼という種族の王族であるということから来ている。吸血鬼は、血を吸わなければ生きていくことが出来ないと思われているが、そんなことはない。血は、自らの能力を発揮する際に必要なだけであり、血がなくとも長大な寿命を持っている。そして、そんな吸血鬼の王族ともなれば、能力、寿命も計り知れない。

 ヴァレリアは、ここ数十年間は妹以外の知恵ある生命には会ったことはないがそれでも、自身が強力な能力を持っていることを知識や経験で知っている。


 「じゃあ、ヴァレにいは私を捨てることはないの?」


 「それは、予言でお前を捨てろって言われたらどうするかってことか?」


 ルシアンは頭を縦に振って頷いた。


 「当たり前だ。そんな予言は信じない。それに予言は、都合よく解釈するものだからな。気に食わないものなら俺は自分の選択を信じるよ」


 ヴァレリアはキッパリとそう言って、ルシアンの手を強く握った。

 ルシアンもまた、それを聞いて手を握り返した。


 そして、ヴァレリアとルシアンは、城下町を出ると外の世界へ繋がる影の領域に足を踏み入れる。

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