第3話 影の領域

 50年前に勃発したエル王国と人間国家群の戦争。

 5年続いたその戦争は、人類にとって脅威となる吸血鬼の国を破壊させた聖戦として記録されている。

 

 双方ともに大きな犠牲を強いたその戦争は、吸血鬼の王が死んだことをきっかけにエル王国が崩壊することで幕を閉じた。

 影の領域は、その戦火の中心であったことで今でも荒れている。どこを見ても、瓦礫が転がっているほどに。


 影の領域とは、エル王国の王都以外の領土の別称であり吸血鬼にとって弱点である太陽が昇らない領域のことである。亡国エルの王城を中心に広がっている影の領域領土は、広大でありまた常に血の月ブラッドムーンの赤い光に照らされており、吸血鬼の王が滅んでからはその領域は徐々に縮小している。

 

 ヴァレリアとルシアンは、城下町の廃墟を後にし、影の領域に足を踏み入れた。


 「ねぇ。この影の領域は、どれくらいで出るの?」


 影の領域を歩くルシアンはヴァレリアに尋ねると、ヴァレリアは地図を広げながら答えた。


 「おおよそ3日かな。俺たちが居るのはここで、今の影の領域の境界はここだ。道中に、ガーゴイルが居るかもしれないから俺から離れるなよルシアン」


 「ガーゴイルって、石の彫刻のこと?」


 「ああ、間違ってはいないけど少し違う。ガーゴイルは、魔物を模った石像のことだよ。人間が、吸血鬼と戦うために創ったゴーレムのようなものだ」


 「どうして人間はガーゴイルを創ったの?人間は、私達より強いんでしょ?」


 ルシアンの疑問に、ヴァレリアは少し悩む素振りを見せたあとゆっくりと話し始めた。


 「人間は、弱い。だから、知恵を絞って最良の方法を考えたんだ。人間は、吸血鬼俺たちとは似ても似つかない。魔法は使えないし、身体能力も高いわけじゃない。だからこそ、魔法を解析して魔術として再現したんだ。その精度は、魔法とは比べ物にならないほど劣悪だった。それでも、人間は魔術を高め続け魔法に近づけた。そして、ゴーレム生成の魔法を解析しガーゴイル生成の魔術として再現したんだ。魔術は才能がなくても、時間さえかければ誰にでも使えるからガーゴイルは無数に生まれ続けた。そうして戦っていくうちに、吸血鬼は数を減らし人間に負けたんだ。認めたくはないけど、人間の独創性は俺たちのような長命種には真似できないもので、そのガーゴイルも人間が生み出した戦争兵器の一つなんだ」


 ヴァレリアは、少し悔しそうな表情を見せながらルシアンにそう語った。


 「ヴァレにいは、魔術も使えるの?」


 ヴァレリアは、血魔法を主に扱う吸血鬼だ。

 しかし、王族として多くの知識を持つ彼は、人間が生み出した魔術も知識として知っており、使うことができるだろう。

 

 「ああ、簡単なものなら俺も使える。でも、使いたくはない……人間の力だから」


 「そう……なんだ」


 ヴァレリアの反応に、ルシアンは残念そうに俯いた。

 

 「でも、お前を助けるためになら使うよ。家族のほうが大事だから」


 ヴァレリアは、薄情な兄ではない。唯一の家族である妹を守るためならプライドは捨てていいと覚悟を決めている。

 

 「ありがとう。私もね、ヴァレにいのために頑張る!」


 ルシアンもまた、弱い存在ではない。王族として、ヴァレリアの妹として兄を上回る魔法の才能を持っている。決して、守られてばかりの存在ではないとそうであってはいけないと知っている。


 「そうだな、俺とお前の二人が居れば……どこへだって行ける、何だってできるよ」


 


 

 2人の吸血鬼兄妹は荒野を進み続ける。いつか終わる、この旅――夜を巡る夜の旅が終わるその時まで。

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