第4話 ガーゴイル

 「ヴァレにい……何か、気配がする」


 ルシアンの呟きと共に、夜空にある影が見える。


 「ヴァレにい、あれが――」


 「ああ、ガーゴイルだ」


 ガーゴイルにも”うさぎ”のような小さく弱い存在もいれば、ドラゴンを模したような存在もいる。そしてこのガーゴイルは、コウモリの翼を持ち、小さな角を持った存在。ガーゴイルと呼ばれるものの中でも、その存在は戦争末期に生み出された強力な個体。

 

 通称――


 「岩の悪翼ウィング・エビルガーゴイルだ」


 ヴァレリアはすぐに戦闘態勢を取る。


 岩の悪翼ウィング・エビルガーゴイルは、長時間空を飛ぶことができない吸血鬼にとって厄介な存在だ。

 空を飛ぶ魔物は、それだけで地上にいる者たちには手を出しにくくなる。永続的な飛行能力を持たない吸血鬼は、空の上にいるガーゴイルと互角の条件で攻撃することができないのだ。


 「ヴァレにい……」


 不安そうに見つめるルシアンに、ヴァレリアは微笑みかける


 「大丈夫だよ、直ぐに片づける。目閉じて、俺の背中に隠れてるいるんだ」


 そう言うとヴァレリアは、自身の周りに五つの赤い魔法陣を展開させていく。赤い魔方陣が示すのは、火魔法。


 「火球ファイア・ボール


 ヴァレリアが魔法を発動すると、五つの魔法陣から赤みを帯びた火の玉が連射されガーゴイルを襲う。速度に重きを置いた牽制用のそれは、岩の悪翼ウィング・エビルガーゴイルの左翼に直撃する。

 その攻撃によって岩の悪翼ウィング・エビルガーゴイルは、大きく体勢を崩してしまう。


 とどめを刺すために、ヴァレリアは間髪入れずに紅の魔方陣――血魔法を展開する。


 「血槍ブラッディ・スピアー


 ヴァレリアの周囲に、黒と赤が帯びた血の槍ブラッディ・スピアーが数本出現する。そして、その血槍ブラッディ・スピアーを、岩の悪翼ウィング・エビルガーゴイルに向けて射出する。

 しかし、それが届く前に体勢を立て直した岩の悪翼ウィング・エビルガーゴイルは、軌道を変えながら回避する。さらに、火球ファイア・ボールで吹き飛ばした石の破片が岩の悪翼ウィング・エビルガーゴイルの破損した翼に再度集まり翼が修復していく。


 「核を破壊しなければ完全には倒せないか」


 ゴーレムと同じ性質、核がある限りは身体が修復され続けることを確認するとヴァレリアは、決着を付けるためにさらに上位の魔法を行使することを決めた。


 「真・血槍トゥルー・ブラッディ・スピアー


 ヴァレリアの詠唱に呼応するかのように、五本の血槍ブラッディ・スピアー、それも先ほどのモノとは似ても似つかない姿である真・血槍トゥルー・ブラッディ・スピアーが形成される。

 それは、岩をも貫く槍で始祖の頃より受け継がれてきた王族の血を持つ吸血鬼だけが扱える魔法である。


 「これで終わりだ……」


 ヴァレリアが呟くと、真・血槍トゥルー・ブラッディ・スピアーはヴァレリアから凄まじい速度で射出され、追い込むように四方から同時に岩の悪翼ウィング・エビルガーゴイルを貫く。

 王族の血で構成されたその槍は、硬質な岩を貫いたのち、岩の悪翼ウィング・エビルガーゴイルの中でをさらに細かく枝分かれさせることにより、隠された小さな核を見つけ出し破壊することに成功した。


 岩の悪翼ウィング・エビルガーゴイルは、そのまま石屑となり消滅した。


 「終わったの?」


 「ああ、もう目開けても大丈夫だ」


 「相変わらず、ヴァレにいの魔法はすごいよね。私には使えないよ」


 ルシアンは、呆れたように呟いた。


 「そんなことないよ。ルシアンも使えるはずさ」


 ヴァレリアは、ルシアンの頭を撫でながら優しくそう告げる。


 「本当に?」


 尋ねるルシアンにヴァレリアは頷きながら答えた。


 「ああ、コツさえ掴めば俺みたいに使えるようになるよ」


 「本当の本当に?嘘じゃない?」


 「嘘じゃないよ、きっと使えるさ」


 血魔法は、吸血鬼の中でも別格の存在である始祖の血を持つ王族が代々受け継いできたものだ。その血を色濃く受け継ぐ王族たるヴァレリアだからこそ行使できる。だが、ルシアンならばすぐに習得することができるだろうと考えていた。

 ルシアンは血は薄いものの、王族であることに変わりはなく、血魔法以外の才能はヴァレリア以上。このまま成長すれば、ヴァレリアを超えることも可能だろう。だが、今は力が足りない。

 それに――血が苦手なルシアンがこの魔法を扱えるようになるのは簡単なことではない。大きなキッカケでも無ければ、不可能なのだ。


 「さぁ、行こうか」


 ヴァレリアがそう言うと、二人はまた歩き出した。

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