第5話 影の境界線

 「見えた、あそこを越えれば影の領域を出てルミナーラの森に出られる」


 ヴァレリアはそう言って、奥に見える森を指さした。


 「待って、ヴァレにい。少し疲れた」


 ルシアンは、そう言うと疲労の溜まった体を休めるために大きな石に腰を掛けた。吸血鬼と言えども、血を吸うことが出来ない環境下では疲労が溜る。


 「わかった、ここで休憩にしよう」


 そのときだった。


 ――ドバァーン!


 爆発が起きたかのような音が響き渡った。

 それと同時に目の前の森から土煙が舞い上がる。ヴァレリアたちはその光景を見てすぐさま理解した――"それ"が現れたのだと。


 不安そうに見つめるルシアンに、ヴァレリアはそっと声をかける。


 「大丈夫だよ、俺が絶対に守るから」


 ヴァレリアの言葉に反応するように土煙が晴れていく。そこに現れたのは古来より生きるドラゴンと同様の姿をしたガーゴイルである。ヴァレリアの背丈の数倍はあるであろう巨体をもつ"それ"の名は――竜の模倣ドラグニアガーゴイル。

 人間と吸血鬼の戦争に終止符を打つ原因となった、最強のガーゴイルだ。


 「やはり、戦いは避けられないか」


 ヴァレリアは諦めたようにそう呟いた。

 龍の模倣ドラグニアガーゴイルは、吸血鬼に対して天敵とも言える能力を有しており、戦争が終わった今では影の領域から吸血鬼が出ないように境界を見張っている個体も多い。

 ヴァレリアは、素早い空中軌道を作りながら向かってくる龍の模倣ドラグニアガーゴイルを見て、ルシアンに告げる。


 「ルシアン、少しここで待っていてくれ」


 ヴァレリアはそう言うと、一直線に向かってくる龍の模倣ドラグニアガーゴイルに真・血槍トゥルー・ブラッディ・スピアーを飛ばす。

 ヴァレリアの予想通りその攻撃は軽々と躱される。あくまでそれは、相手の動きを見るための牽制。


 「血の蝙蝠翼ブラッディ・アーラ


 ヴァレリアは、自身の血で背中に翼を展開し、空高くへと舞い上がる。


 「これで条件自体は互角になる、あとは時間をかけずに破壊するだけだ」


 血の蝙蝠翼ブラッディ・アーラは、名の通り血を使って一時的に翼を生やしているに過ぎない。血を多く消費するため、長時間の展開は厳しく翼を維持するために多くの集中力も必要になる魔法だ。

 つまるところ、決着を急がなければ――そのまま消耗戦に入り負ける可能性がある。


 「火球ファイア・ボール


 ヴァレリアは、距離を縮めながら血を消費しない火魔法の火球ファイア・ボールを連発していく。

 それに対し龍の模倣ドラグニアガーゴイルは、大空を統べる王女の如く大きな暴虐性を孕んだ動きでその全てを躱していく。


 「動きを少しでも鈍くしなければ、まともに攻撃を当てられない……」


 ヴァレリアは、龍の模倣ドラグニアガーゴイルを倒すための決定的な一手を模索していた。

 龍の模倣ドラグニアガーゴイルを止めるためには、翼を破壊するしかない。そのためには――水魔法?氷魔法?


 それでは足りない。速さが、威力が――ヴァレリアの頭に浮かんだのは雷だった。

 音よりも早く動く――雷魔法。得意ではない、おそらく使ったことも幼い頃に父に教えてもらった以来の魔法。


 使かったことがある雷魔法は、初歩の初歩である雷撃ライトニングのみ。

 だが、活路は見出した。


 「雷撃ライトニング――それよりも早く、翼を破壊できるだけの雷魔法」


 雷撃ライトニングでは速度にまだ不安が残る。ならば、文字でだけ読んだことのある魔法、超速雷撃エレクトロニングを使うしかない。

 雷撃ライトニングを順当に進化させた雷魔法の中で、特に速度を重視したそれは音を置き去りにする。


 「超速雷撃エレクトロニング


 そして、威力もまた速度に比例し跳ね上がる。


 ヴァレリアは、黄色の魔方陣を展開する。その数を徐々に増やしていき、数十……そして百に達したその瞬間。

 ――百の魔方陣より超速雷撃エレクトロニングが一斉に放たれる。


 「貫け!」


 ヴァレリアがそう叫ぶと、龍の模倣ドラグニアガーゴイルの両翼を貫通するように閃光が走り――翼を穿うがたれた龍の模倣ドラグニアガーゴイルは、落ちていく。


 「一度に百も行使すると魔力の消耗も激しいな。でも、何とかなった。あとは、とどめだけだな」


 地面に落下し失った龍の模倣ドラグニアガーゴイルを、上空から真・血槍トゥルー・ブラッディ・スピアーで頭部を貫く。

 再生されたら面倒だ、あの巨体のどこに核があるか見つけないと。ヴァレリアは、真血槍トゥルーブラッディ・スピアーの血を操り、翼を修復しようとする龍の模倣ドラグニアガーゴイルの体内を探る。


 「どこにも――核がない?」


 そんなはずは――


 「ヴァレにい!後ろ!」


 ルシアンの叫びと共に、ヴァレリアは背後の存在に攻撃を受ける。

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