第5話
帰り道で、ファミレスに入って大野と一緒にご飯を食べた。
入店時に僕と大野がどのような関係かを詮索するような目線は意外にも向けられなかった。思うに、友人の娘を預かってるとか、そういう風に解釈されたのだろう。
逆に大野は女子小学生である。この時間、小学生は小学校に通っているもので、僕以上に物珍しげな視線を向けられた。
「ん? どうしたんですか?」
大野はそんな視線に気づいているのかいないのか、さっさと空いている店内に滑り込むように入り、壁際のソファーと椅子が対面している席を選ぶ。
座ったのはソファー側だ。
「なんか、二人だけでこういう席に座るのは背徳感があっていいですよねっ」
とかいう良く分からないことを言いながら、矢継ぎ早に店員に向かってオーダーしていく。
チーズトマトのハンバーグ、麻婆豆腐にチャーハン、ピザ、ソフトドリンクにデザートのプリン。
大野に遠慮を期待した僕がバカだった。
店から出てきた僕はだいぶ軽くなった財布を振ってため息をつく。
逆に大野はお腹をさすりながら、満足げに歩道を歩いていく。細い身体のどこにそんな量が入ったか疑問に思わずにはいられない。
心なしかなんだか肌がつやつやしているように思えた。
「今日は楽しかったですねっ!」
まるでこちらが楽しかったと決めつけているような口調だった。大野の言う楽しいとはベクトルが違う気がするが、僕もまあ楽しかったような気がする。
「……散々だったけど」
主に財布と身体。一週間は筋肉痛だろう。大野と一緒に自転車に乗ったことはあるが、ここまで遠出をするのは初めてだった。二度と行きたくない。
「そうだ、写真を撮りましょう。デートの最後には写真を取らなくてはならないのです」
「写真?」
「ほら、ここに丁度いいものが」
訝しげに聞き返すと、大野はにんまりと笑って、ワンピースのポケットからスマホを取り出す。
「っ、僕のスマホ……」
尻ポケットを探るが、感触はない。まさか。
「……大野、お前やったな?」
「まっさか、違いますよ! あなたのポッケからスマホが落ちたので拾ってあげてただけです」
「信用できない」
大野の信頼度はすでに底を突き破っている。
「流石に可愛い可愛いワタクシ大野でも、そんなことしませんって、ね、ね?」
「じゃあ返せよ」
「写真、一緒に撮ってくれますよね?」
ため息をつきつつ、頷く。大野は顔をぱっと輝かせて、そばに寄ってきた。ふわりと香る柔らかな匂い。
「パスワード、パスワード……あ、いけた」
「おいっ、お前……!」
高速で指をスワイプしていた大野がじとー、と僕に目を向ける。
「え、マジっすか……今どき誕生日そのままとかありえます?」
「うるせぇな!」
大野からスマホを取り返そうと腕を伸ばすも、その腕を逆に掴まれて、
「はいっ、チーズ! せーのっ、いえーい!」
「え、ちょ、まっ」
ぱしゃり、とスマホのフラッシュが光って、同じ画面に僕の微妙な顔と大野の純真無垢な笑顔が映った。
しっかりと保存し、フォルダーに収められたのを見て、諦める。
スマホはあっさりと帰ってきた。
ケラケラと笑って、大野は歩道の脇にあった小石を蹴り飛ばす。
「今日は海で遊んだので、明日は山に行きましょう」
「却下」
「いけず!」
げじげじと蹴ってくる。
「筋肉痛の登山は流石に死ぬからなぁ。……それに、明日はうちの春……あー、妹をコンクール会場まで送らなきゃならんし。君に付き合ってる暇はない」
大野は目を丸くする。
「あれ、あなたって妹いましたっけ?」
「十一歳差だよ。僕が高校の頃に生まれた」
「わお、とてもお元気なご両親で」
「……高齢出産なんてろくなもんじゃないさ」
大野の顔がはっとしたものに変わった。
母さんは春を産んだ直後に死んだ。死因は心臓発作。色々と無理があったのだろう。……父さんを殴ったりして、家を飛び出したのもその頃だった。
それから六年後の冬に、父さんが死んだから葬式に出てほしいという報せを妹の手紙で知った。
後から知ったが、その頃、春は親戚の家にたらい回しにされていたという。
僕は就職活動の真っ最中だった。とても自分以外のことに構う余裕なんてなかった。就職活動も一段落ついて、気づいたときには、葬式なんてとっくに終わっていた。
今まで確認してこなかったメールやポストには、大量の書類やプロモーションの底に潰されるようにして、妹からのメールが何十通も届いていた。
その全てを無視したのだ。孤独な家族の助けを求める声を、自分の都合で。
あれ以来、春から連絡は届かなくなった。
そして、現在、僕と春の仲は最悪といっても過言ではない。
「じゃあ、明日はやめておきますね」
「そうしてくれると助かるよ」
大野はいつにもまして愁傷な顔をする。違和感が凄い。そんな顔もできたのか。
「春さんは高校生ですか?」
「そうだな。僕と同じ高校で、吹奏楽の地方コンクールに出るそうだ」
「応援しなきゃですね」
「……そうだな」
春は僕に応援されたところで何も変わらないだろう。見向きもされないかもしれない。
「わたしも応援してあげましょうか?」
「大野が行って何になるんだ」
「ぱわーを授けるんです」
なんのぱわーだよ。
「いきなり無関係の人に応援されても怖いだろ」
「あなたの妹さんなら、わたしのお友だちですからね。とても興味があります」
これは言っても聞かないやつだ。
「勝手にしてくれ」
「勝手にしちゃいます」
諦めることにした。
ずくしゅ、ずばーん、すぱこーん!
家に帰る道中、物騒な効果音を口で鳴らしながら、大野は自転車を漕いでいる僕の首を触って遊んでいる。ひんやりした大野の手で触られると身震いがした。
「何をしてるんだ?」
「街の忍者からあなたの首を守ってます」
……あー。
子どもの頃に自動車や電車に乗っている最中、窓から街を見るとき良くそんな空想にふけっていたことを思い出した。
とても速い忍者。どんな壁でも屋根でもすいすいと飛んでいく。
大人になるにつれて、いつしかいなくなっていた。
あの忍者たちは、今、どこにいるのだろうか。
「あっ、今、あなた死にました」
「おい」
「リスポーンには所持金の半分をオオノユイ教会にお支払いしていただく必要がございます。さあ、ぷりーずまねー?」
「調子に乗るな」
「……あいたっ!?」
大野の手が、そんな空想と繋がっているように思えた。
淡色のアレゴリーちゃん 紅葉 @kiaka
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