第21話 【奥義炸裂!】
ここはとある研究機関。
その研究機関に持ち込まれた賢者の石を前に、研究者達は目の色を変えたのだが……。
「なんだ、これは! 唯の石ころではないか!」
「あの馬鹿、偽物を掴まされやがって!」
いざ研究を開始してみると、それが全くの理解の外にある代物で、研究者達の目には唯の石ころにしか見えなかった。
賢者の石というのは所有者と魔力の波長を合わせて初めて効果を発揮する代物なので、魔力の波長が合っていない間は唯の石ころなのだ。
そんなことも理解出来ない研究者達は、高い金を出して依頼を出した暗殺者の方へと苦情を出した。
そもそもの話、彼らは非常に利己的な人間であり、自分のことを優秀だと思っているが故に、自分に理解出来ないものをゴミと決めつける傾向があった。
賢者の石はまさに彼らにとってそのものであり、その価値を理解出来ない彼らにとってはゴミそのものなのだ。
そうして研究者達が暗殺者のことを偽物を掴まされた間抜けと喧伝した為、世間に名が知れていた暗殺者の名声は一気に落ちた。
「なんだとっ! この俺が偽物を掴まされたというのか!」
実際には研究者達の言いがかりだし、暗殺者が奪ったのは本物の賢者の石だったのだが、そんなことは彼に分かる訳がない。
というか世間に名が知られている暗殺者という時点で本末転倒なのだが、そんなことに気付けるくらいなら暗殺対象を相手に呑気にお喋りなんてしていない。
「舐めやがって! あの女ぁっ!」
そして無駄にプライドが高い暗殺者は激昂した。
そして自らの汚名を雪ぐため、再び聖女のことを調べ始めたのだった。
◇◇◇
あれから1ヵ月以上が経過して、やっとセルティオの書類整理が一段落した。
「つ、疲れましたわぁ~」
「これに懲りたら、これからは面倒臭がらずに毎回カルテは整理しておくように」
「そうしますわ」
適当にカルテを書いているとこうなるわけだから、今後は真面目にカルテを書くようになるだろう。
「それにしても、整理したらわたくしのカルテはこれだけになってしまいましたわ」
最初は山のように積んであったカルテだが、整理を終えた今、セルティオの目の前にあるのは数百枚の束ねられた書類だけだ。
間に付箋が張ってあるので分別は出来ているが、確かに多いとは言えない量だった。
「怪我を治す際に気を付けた点を纏めたカルテは兎も角、病気の患者なんて滅多に増えるもんじゃないからな。こればかりは時間を掛けてデータを集めるしかない」
通常、診療所に来る患者の病気というのは大半が風邪だし、未知の病気というのは滅多に発見されない。
そういう未知の病気を試行錯誤して治療して、そのカルテを残しておく。
そうして次に似たような症状の患者が来た時に即座に対応出来るようにするのが治療師としての正しい姿だ。
「どれどれ」
診療所の長としてセルティオが整理した書類を見せてもらう。
「ふぅ~ん」
残念ながら、俺にとって未知の病気という記録は発見出来なかったが、セルティオが必死に患者の治療に対して試行錯誤して頑張っていた様子は察することが出来た。
5年前は力業での治療しか出来なかった聖女様は、本気で患者と向き合って治療に邁進して来たらしい。
「じぃ~……」
感心していたらセルティオが俺をジッと見つめていることに気付く。
「なんだよ?」
「見るなら見せて欲しいですわ。わたくしだってクルシェ様が持つカルテに興味がありますもの」
「別に良いけど、俺だけじゃなく養父の分もあるから複雑だぞ」
そうしてセルティオに俺が所有するカルテを見せることになったのだが……。
「……とんでもない量ですわ」
診療所の地下に作られた地下室を占拠するレベルで建てられた棚にぎっしりと詰め込まれた書類を見て顔を青褪めさせた。
「最初に言っておくが、下手に触って書類の順番を乱しでもしたら、全部の書類を整理させるからな」
「ひぃっ!」
この1ヵ月で書類の整理がどれだけ大変か味わったセルティオは触れようとしていた書類から手を遠ざけてブルブル震えていた。
「とりあえず、見せても良いのは……この辺りだな」
そうして俺は束ねられたカルテをセルティオに渡してやる。
「こ、これは見ても大丈夫なんですの?」
「丁寧に扱えよ」
「は、はい」
そうして恐る恐る書類を捲ったセルティオは――直ぐに夢中になって読み始めた。
「す、凄いですわ。わたくしが知らない病気の詳細と、その病気の治療法がこんなに!」
セルティオは驚いているが、渡した書類は比較的珍しいというだけで偶に診療所にも訪れる患者がいる程度のレア度だ。
本当にやばい病気の詳細が書かれているカルテは流石に見せてやらない。
今のセルティオに見せても意味がないから。
「こ、これ……書き写してもよろしいでしょうか?」
「いいけど、参考資料程度に考えろよ。本当に病気になった患者と直面して治療して診ないと勝手が違って上手くいかないからな」
「……経験則ですの?」
「そうだよ」
先代の養父から受け継いだカルテだが、その通りに治療しようとしても俺とは勝手が違うことも多くて参考資料程度の役にしか立たなかったことが何度もあったのだ。
「勉強になりますわ」
これからのセルティオの仕事はカルテを書き移す作業になりそうだ。
ってか、聖女なのに治療してねぇ。
「なんだか本当に聖女様があなたの弟子みたいになっちゃったね」
「女としての魅力は全く感じないが、治療師としては優秀だし熱意も本物だからな」
その夜、ユツキと話をしていたらセルティオの話題になった。
「流石は聖女様だね」
「そこは流石はセルティオって言ってやってもいいと思うぞ」
聖女という名前だけで、あそこまで熱心にカルテを読み込むことなど出来はしない。
セルティオという人間の本質が人を助けることに対して善性を持っているということなのだろう。
「すっごく高い評価だね」
「男としてではなく、治療師としては、な」
「凄く美人だと思うよ」
「俺は、このくらい大きくないと嬉しくない」
「あ」
俺はユツキを抱きしめて、その大きなおっぱいに顔を埋める。
「……えっち」
「男だからな」
時刻は既に夜。
カツキは既に寝かしつけてあり、今は夫婦の時間だ。
「もう。今日は危ない日なのに」
「ウェルカムだ」
そろそろ2人目が欲しいと思っていたところだ。
◇◇◇
今日は診療所の庭でカツキとサッカーボールで遊ぼうと思っていたら……。
「ふっ! はっ! やっ! たぁっ!」
ベルガが訓練中だった。
「…………」
だがベルガは剣士だから剣を振るのは分かるのだが、途中で蹴りの練習が入るのはどういうことなのだろう?
その蹴りが明らかに俺を意識した蹴りであることも気になる。
それは兎も角……。
「柔軟性が足りんな」
「っ!」
練度の低さに思わず声を掛けたら偉くビックリしていた。
「いたなら声を掛けろ!」
「いや。ここって俺の診療所の敷地内だぞ」
「むぅ」
正論を言ったら不機嫌そうに視線を逸らすベルガ。
「それで柔軟性って?」
「身体が柔らかくないと威力のある蹴りなど出せんぞ。お前が蹴りで戦うには柔軟性とそれに付随したバネが足りん」
「そ、そうなのか」
「ああ。だから隅っこで柔軟でもやっていろ。カツキと遊ぶのに邪魔だ」
「むぅ」
カツキがサッカーボールを持っているのを見て大人しく庭の隅っこによって柔軟を始めた。
意外と素直な奴だ。
「パパ~!」
「おう。今行く~」
そうして俺はカツキとボール遊びを始めた。
相変わらずカツキは偶に油断出来ない返しをして来るので気を抜けない時間を過ごした。
「むふぅ~♪」
だが、どうやら満足してくれたようなので、今日のところはこれでお仕舞いだ。
そうして診療所の中に引き返そうと思っていたら……。
「見本を見せてくれ」
「へ?」
庭の隅で柔軟をしていた筈のベルガが唐突にそんなことを言って来た。
「なんだって?」
「だから、見本を見せてくれ。蹴りの参考になるような技を」
「…………」
どうやらベルガは本格的に蹴りの訓練をしたいと思っているようだ。
その理由は不明だし、別に付き合う義理はないのだが……。
「きゅ~!」
「ん?」
「きゅ~がみたい!」
「……ひょっとして九星脚のことか?」
「うん!」
カツキからリクエストが入ってしまった。
「仕方ないなぁ~」
ベルガからの要請などどうでもいいが、カツキからのリクエストだというのなら応えるのも吝かではない。
俺は物置から適当な物を運んできて的を作り……。
「行くぞ~」
「パパ、がんば~!」
「おう」
カツキに笑顔で手を振って――的に向かって突進を開始する。
「ふっ!」
前回と同じように上からの唐竹からか開始して、右、左と次々に蹴る足をシフトしながら8発の蹴りを的に叩きこみ……。
「はっ!」
最後に的のど真ん中に強烈な蹴りを叩きこんで粉砕した。
「パパ、しゅご~!」
「おう。任せろ」
それを見て大興奮のカツキを抱き上げて頭を撫でる。
「…………」
一方で、目を見開いて俺の九星脚を見ていたベルガは口を唖然と開けれて呆気に取られていた。
「流石にいきなりこれをやれとは言わん。難易度の高い技だからな」
まぁ、1番難しかったのは8発目までに的を粉砕しないように調整して9発目で恰好良く粉砕する演出なのだが。
「今のが……お前の最強の技なのか?」
「あん? いや、別に最強ってわけじゃないし、奥義って程のもんでもないけど」
「これ以上の技があるのか!?」
何故か驚愕して食いついて来るベルガ。
「頼む! 見せてくれ!」
「おいおい」
いきなりそんなことを言われたって……。
「みた~い!」
「……仕方ないなぁ」
カツキにリクエストされたのでは仕方ない。
俺は再び倉庫から的になりそうな物を庭に運び出したのだが……。
「あなた、頑張ってぇ~」
「見学させてもらうぞ」
「楽しみです」
「ワクワクしますわ」
「……ギャラリー増えとる」
ユツキ、キリエ、アルカティア、セルティオの4人が庭で待っていた。
そこにカツキとベルガを加えた6人がギャラリーだ。
「言っておくけど、これは見ていて楽しい技じゃないぞ」
俺は開始前にハードルを下げる為に予防線を張っておく。
そうして庭に的を立てて――ちらっと皆の方を見るとワクワクした視線を感じる。
「やれやれ」
どうやらハードルを下げることには失敗してしまったらしい。
俺はガッカリしながら的から少し離れた位置に立つ。
「行くぞ~」
そうしてギャラリーの中でも特にユツキとカツキに手を振って――的に視線を向け
た。
「「「「え?」」」」
次に聞こえてきたのは4人分の困惑した声。
声を上げなかったのはカツキとキリエだけだ。
俺の超神速の踏み込みによって、俺の姿を目で追うことが出来ずに見失った者達が上げた困惑の声だ。
ズガァァンッ!
そして一拍遅れて響く轟音。
超神速の踏み込みを余すところなく蹴りの威力に転化させた超神速の蹴りが的を一撃で粉砕した音だった。
「「「「…………」」」」
その結果を見て呆気に取られて声も出ない4人。
「パパ、しゅんご~!」
「相変わらず馬鹿げた威力だ」
対して素直に賞賛してくれるカツキと呆れたような声を上げるキリエ。
そこまでしてから、やっと再起動したユツキが俺の元へと駆け寄って来る。
「今のあってあれだよね! すんごい踏み込みから繰り出す超神速の奥義!
「お、おう。そうだから、落ち着け」
例の漫画のファンであるユツキとしては興奮せずにいられなかったのだろう。
ひとしきり俺を凄い凄いと賞賛した後に――グルリと視線をキリエに向ける。
「な、なにかな?」
「副団長さんも出来るんだよね?」
「……へ?」
「今のと同じような奴、副団長さんも出来るんだよね!」
「瞬剣のことか? 出来るが刀を傷める技だからあまりやりたくないのだが……」
「瞬剣! ってことは主人のは瞬脚なのね! 見たい! 見たい!」
「みたい~!」
ユツキに続き、カツキまでリクエストしてはキリエに断れる状況ではない。
「……分かった」
渋々ではあるがキリエが了承した。
そうして再び用意された的の前に今度はキリエが立つ。
「ふぅ~……」
息を吐き心を落ち着けるキリエだが……。
「左足に注目よ! 左足ですんごい勢いで踏み込むのよ!」
「ふぁ~!」
「…………」
興奮したユツキとカツキの2人が邪魔で精神統一には失敗しているような気がする。
「……行くぞ」
それでも気を取り直したキリエは的を睨みつけた後――俺と同じように超神速で踏み込み……。
ギュィィンッ!
奇妙な音を残して的を真っ二つにして――後に粉々になった。
それは見事な一撃だったわけだが……。
「貴様ぁっ! 的の中に何を仕込んだ!」
音で俺のイタズラがバレてギロリと睨まれた。
「柔な的じゃ面白くないと思って、ちょっと鉄板なんかを入れてみた」
「刀が折れたらどうしてくれる!」
襟首を掴まれてガクガク揺らされた。
「ふわぁ~。しゅごい、本物の
「だぁ~!」
夫と父親を他所にユツキとカツキは大興奮だったけど。
まぁ、ユツキとカツキだけでなく、他のメンツも口々に賞賛したりして興奮していたけど。
「…………」
その中でベルガだけが目を見開いて、俺とキリエの放った技を目に焼き付けている姿が少しだけ印象的だった。
まぁ、見ただけで再現出来るような技じゃないけど。
その後……。
「凄かったねぇ~! 恰好良かったねぇ~!」
「しゅご~!」
夜になってもユツキとカツキの興奮は収まらず、何度も凄い凄いと言っては俺を称賛してきて少しくすぐったかった。
まぁ、ユツキの方は好きな漫画の再現が嬉しかっただけかもしれないが、これだけ褒められれば悪い気はしない。
「あんなのあるなら、もっと早く見せてくれればよかったのに」
「あれも実戦だと使わないからなぁ~」
「そうなの?」
「いや。どう考えてもオーバーキルだろ。人間相手にあんな威力は必要ないぞ」
「……確かに」
多少の防具程度は紙切れ同然に引き裂く技とか、戦場で個人相手に使ってられないわ。
そう考えると――普通に蹴った方が効率的なのだ。
おまけに俺の場合は靴に特殊な鉄板を仕込んであるので、普通に蹴ればそれだけで必殺の威力が出せる。
結果、益々過剰な威力の技は不要になる。
「本物の戦場って複雑なんだね」
「そうなんだよ」
単純に威力だけを追求した技とか不要だし、1人の敵に集中するような環境ではないので連続技も向いていない。
一撃必殺になって次々と放てる技が重要なのだ。
そうなると通常攻撃が一番効果的になってしまうのも仕方ない。
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※今出来ているのはここまでです。
目標だった10万文字は達成出来たようなので、この続きは執筆が溜まってから投稿したいと思います。
異世界で傭兵を辞めて平穏な生活を送ったらトラブルさんがやってくる。 @kmsr
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