第3話 お泊り

「皆、本当にお疲れ様....」


時刻は23時。予測していなかった部品の紛失などがあり、思ったより時間が掛かってしまった。

既に冬にぃ達先生を含む皆はヘトヘトで、終電には間に合うわけもなく予告通り、俺達はお泊りを余儀なくされた。


「つっかれた...」

「...クッソ...」


わざと作っていた萌え袖を肘あたりまで捲りあげるほど、乃愛も既にぶりっこをする余裕も無くしている。

問題事をすぐ起こす四目ですらも、勢いすらなく同様に机に突っ伏していた。


二人だけでなくもちろん他の皆も同じような感じで、死んでいるか意識を失っているかだ。


「....お疲れ、おい、そろそろ順番に風呂入って来いよ」


担任の空曇が学校の設備である大浴場への移動を促す。

ご飯は既に作業中に先生二人が取ってくれた宅配ピザで全員済ませているから、後はシャワーを浴びて明日に備えて寝るだけだ。


明日はいよいよ文化祭。こんなに苦労した気持ちは一生忘れないだろうし、学校に泊まることも初めてだ。

綺麗に飾り付けも終わったこの教室を見ると、明日への期待がこのような状況でも少し湧いてくる。

行事ごとに全力投球するタイプでもないし、どちらかと言えば面倒くさいと感じてしまう方なのだが今年はできてよかったなと感じることが出来そうだ。


「奏さん!」

「うわっ!?」


藍乃が急に後ろから抱き着いてきて、思わず叫ぶ。


「なんだか幸せそうなお顔でしたので、思わず。」

「思わずで抱き着くな。でも、ちょっと明日が楽しみだったりしないか?」


藍乃を振り解いて、問いかけると藍乃は少し戸惑ったような顔を一瞬してから、遅れて肯定の言葉を吐いた。


「え、あ...そうですね!明日は文化祭!こんなに苦労したんだから絶対繁盛してもらわないと!」

「?お、おう、だよな!」


思わず首を傾げると、その動作の意味に答えるようにようにいつものように笑って、藍乃は言う。


「えへへ、奏さんがそんなこと言うなんて珍しくて。ちょっと固まっちゃいました。」

「...なんだ、そういう意味かよ!つーか失礼だなお前。」

「ごめんなさい!奏さんが可愛くて!あ、そうだ、奏さん。後で少しお時間いいですか?」


私今からお風呂行くんです、奏さんも終わってから屋上とかで会えたら!と藍乃が続ける。


「いいけど、どうした?」


俺もちょうど今から行くつもりだったし、まだすぐに寝付けるわけでもないので断る必要はない。

内容は分からないが、とりあえず了承の返事を返した。


「内容は来てのお楽しみ!です!では30分後くらいに屋上で待ってますから!」

「..わ、分かった。んじゃまたな。」

「楽しみにしています!!」


手をブンブンと勢いよく振りながら、藍乃は去っていた。



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部室棟の奥にあるそこは、確かに大浴場と名が付く通りの温泉のような施設だった。

帰宅部である俺は普段から部室棟に行くことが無いからなんだか新鮮だったがもう時間も時間だ。

俺はなるべく早めに大浴場を後にして藍乃と約束した屋上へ向かうことにした。


大浴場のあった部室棟から屋上へはやや遠く、正直外はもう真っ暗で、俺達の教室と部室棟以外は既に電気が付いていない。

怖くはないと言えば嘘になるのだが樹が「暗くて怖いなら着いていったるで」とニヤニヤしてきたのが不愉快だったので断り、一人スマホの懐中電灯機能を頼りに、歩いた。


こんなに暗くて遠い場所なんだったら、藍乃とは別の待ち合わせ場所を選ぶべきだったと少し後悔をした。


屋上へ向かう階段を上り、屋上の扉を慣れた手つきで開く。

そこには既に、屋上の柵に手を掛けて、空を見上げる藍乃が居た。


藍乃はドアの開く音でこちらに気付いたようで、振り返る。


「来てくれたんですね。ありがとうございます。」

「おう..何かあったのか?」

「奏さん」


隣に来るように手招きする藍乃に大人しく従い、同じように柵に手を掛けた。


「星、綺麗ですよね」

「...そうだな。廊下は懐中電灯必要だったけど、ここなら肉眼でも見える」


屋上はスマホの懐中電灯をつけずとも、星が輝いているおかげで全く辺りが見えない程でもなかった。


「あの」


藍乃は俺の方をいつもよりも真剣な表情で、見つめている。

急いだのだろう、少し濡れたままの髪の毛が、余計に大人っぽく映った。


「...奏さん、私は奏さんのことが大好きです。」


真っ直ぐな、告白。いつもの冗談交じりの告白ではない、ただただ一直線な揺らぎない気持ち。

受け止める準備もできておらず、俺は「え、あ、」と単語を吐いては目線が泳ぐ。


「困らせるつもりはないんです。奏さんが、私のこと好きじゃないの知ってますから。」


藍乃はにこり、と微笑んで優しく両手で俺の右手を包む。


「奏さん、明日文化祭が終わったらお兄さんと話をしてみませんか?」

「え...」


自分の告白などまるでなかったかのように、藍乃は話を変えた。


「...話せばわかる、なんて無責任なこと言わないですけど、一度向き合うのも大事じゃないかなって。」

「......」


俺は何も返せなかった。俺は折り合いの悪い兄と二人暮らしをしていて、毎日違う女を連れ込む兄に嫌気がさしていた。

毎日違う香水の香りがする兄、ただなぜそんなことをしているのか、向き合ったことは一度だってなかった。

__お世話になっている兄に、両親を失った唯一の肉親の兄に、嫌われることが怖かったから?


「嫌ですか?」

「あ...いや、」


真っ直ぐな藍乃の瞳が、俺の心をまるで見透かすように思えて反射的に目を逸らした。


「奏さん、なんだかお兄さんの話になると、違う理由があるような気がしてならないっていうか。」

「...」

「話し合えば、少しでもお兄さんの気持ちも、奏さんの気持ちも、お互い伝わるんじゃないかって。」

「...」


耳を塞ぎたい衝動に駆られる。違う理由、?違う、俺は__俺は、?


(...ひどいね、奏のお兄さんは)


(大丈夫だよ、話す必要なんてない)


(俺のお家ならいくらでも来ていいよ、俺は奏の居場所を奪わない)


(ねぇ、奏___)


「っ!!!」


冬にぃの言葉が、頭の中でぐるぐると回っている。心地よい、身をゆだねたい甘い優しい言葉だ。

俺の大好きな、冬にぃ。俺は、俺は__。


「奏さん」

「あ......」


藍乃の両手が、俺の頬を包んでいた。ぐっと力の籠った手で、真っ直ぐに顔が戻される。


「逃げていたら、何も掴めません。だから__お願いです...どうか______」


最後まで言葉は紡がれることなく、屋上のドアが開いた音によって中断された。


「あ、....ごめん、二人とも、お話中だった?」

「ふ、冬祈先生!!」


その先に居たのは冬にぃ。


「そろそろ寝る場所の確認するから、戻ってきてほしくって。ごめんね話の途中。」

「あ、ええっと」


なんでここに冬にぃが来たのか、藍乃が何故今この話をしようとしたのか。

俺には向き合わなければいけなかったのに、ただ俺は「戻ってきて」といった冬にぃの言葉に従うべく藍乃の顔を見た。


「...大丈夫です、戻りましょう奏さん。」


藍乃は先ほどと打って変わって少し低い声でそう言いながら、俺にすぐに背を向けて強引に手を引いた。


「あ、お、おい!」


戸惑ったままの俺の手を無言で引く藍乃の後ろ姿に、俺はそれ以上何も言えなかった。


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「あんたら、何してたんだ。」


疲れ切って不機嫌そうにメガネを指で上げるのは、山許ヤマモト 三言ミコト


「悪い、ちょっと話をしてた。」

「うん、これで全員だね。」


屋上から戻ってくると、既に全員教室で自由気ままに過ごしていた。


「教室で布団引いて寝ようかって話してたの~」


乃愛が積み上げられた布団を指差して言う。


「まあ10人程度なら、男子と女子の間隔さえ開けてしまえば問題ないかと思って。」

「一番端がいいんだけど...朱音、隣いい?」


朱音が布団の配置を黒板に書き出している隣で、オカ ココロ はしゃがみ込んでいた。


「ねぇ嵐ィ、一緒に寝よぉ~」

「おうもちろんだ、おい俺らの近くには誰も近づくんじゃねぇぞ。」


DQNカップルは早々と自分たちの一組分の布団を取りながら、そう言っているが誰一人としてDQNカップルの隣なんかごめんだと思う。


「奏さんの隣は勿論私ですよね!?」

「う、うわっ!?いいわけねぇだろ!!」


またいつも通りに戻った藍乃が、俺に飛びつく。


「ええ~?やっぱりダメですか?」


先程までのことなんて無かったように振る舞う藍乃に、少し安心感を覚え「ダメに決まってんだろ」と頭を叩いた。


「奏は俺達と一緒な~」

「藍乃ちゃんはのあ達と女子側で寝よっ」


樹と柊が俺の分の布団の準備を始めてくれている。


俺は屋上での話しのことなど、すっかり他所へやって、明日の文化祭はどうだとか、まるで修学旅行の夜みたいに皆とはしゃぎあって、そしていつの間にかすっかり寝てしまっていた。

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とある高校で起きた悲惨な事件 日の暮 @hinogure

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