熾火

紫陽_凛

1,火車

 燃え盛る車に載せられている。なんか知らんが高級車っぽい形状をしている。文字通り燃え盛っているからおれの手も足も顔も髪の毛もぼうぼう燃えていて服なんかもう煙とカスだ。真っ裸で悶絶しながら声にならない声を上げるおれ、喉を焼かれて声もまともに出ないおれ、というかなぜ「火の車」に載せられているかわからないおれ、そんなおれに、地獄から来たみたいな、痩せた、死んで干からびた人間に無理やり魂を突っ込んだみたいな形相の女の、血走ったまなざしがぎょろり、ぎょろりと向けられる。おれにはそいつらがにやにや笑っているように見える。いや、笑っているのだ。面白くて仕方ないといったふうに。

『火の車に乗るのは初めてかえ』

 俺は焼けた喉を搔きむしり、かぶりをふる。ハイソウデスなんて頷いてなんかいられなかった。この苦痛から逃れる方法を知りたい。あたりを転げまわってこの身を焼く炎を消したい。しかし車の中は頑丈で狭く、しかも両脇をその気持ちの悪い女に挟まれており、ついでに燃えているものだから、俺は無我夢中に女の乳から逃げようとする。しおれたひょうたんみたいな乳房を押しのけ、おれは火車の窓に手を掛ける。

 おれに声をかけたほうが、手を叩いて笑った。

『はは、ほほ、逃げても無駄じゃ、火は消えぬ』

『これトチ。亡者に余計なことを教えるでない』

 もう片方がやはり笑みをこらえきれないといったふうに声を漏らした。

『しかしモミよ、偶にはこのようなことも無いとつまらぬ』

『それは、そうだ、そうだ、うふ、ふふ』

 モミと呼ばれた女は膝を広げてあろうことか自らのまたぐらの間に指を突っ込んだ。最悪だ。俺はもだえ苦しみながら火車の窓をぶち破る。

『あは、あはははは』

 トチとモミは嬌声をあげながらそのまま火車を走らせていった。


 燃えて燃えて燃えている。火車からまろびでるように出た俺は走りに走って地面を転げまわって火を消そう消そうとするのだけれどどうしても消えない。やたらめったらに叩いたり水に入ったり土を掛けたりあらゆる方法を試すのだが、俺を燃やす炎はおさまるどころか燃え上がる一方だ。

 悲鳴も苦悶も漏らすことができずに、おれは苦しさを発散しきった体で考える。なぜこんなことになった? なぜ、おれは燃えているのだ? これじゃネットでチラっと読んだ漫画みたいだ。炎の拳でパンチするやつ。


『地獄の炎は消えないよ』

 通りすがりの猫がそう言った。よく見ると尾が三又に分かれている。

『おまえのすべてを燃やし尽くすまで消えないよ。それは罰だ』


――罰だと?なんの?

 猫はぱちりと瞬きをする。まるでこちらの思考を読んだかのように。

『そこまでは。自分の魂に聞きな。マア、地獄直通の火車かしゃから降りた亡者なんか初めて見たけど。なんたって、十年前に死んだがこどものとき見たっきりだっていうし……』

 猫はあくびをした。『それにおまえに付き合ってやる義理もないし。降りたんなら降りたなりの理由があるんだろうよ、知らんけど』


 猫は去った。猫の言葉を信じるならば、俺はやはり身を焼く炎に苦しみながら歩むほかないらしい。地獄の炎は消えないよ。すべてを燃やし尽くすまで。 

――おれはどうして燃えているんだ。

 地獄直通の火車とやらに乗せられていたのだから、何かの罪を犯した上で死んだことになる。だから燃えている。

――いや、思い出さなきゃいけないのはその前だ。

 なぜ死んだのか。どんな罪を犯したのか……火だるまになるほどの罪とは何か。殺人、強姦、誘拐。思いつく限り地獄行きになりそうな罪状を並べても、どれもしっくりこないし、どれもおれらしくない。そんな大それたことは、小心者のおれにはできっこない。昔からそうだ。大きい態度したやつの後ろでごまをすっているのがおれだ。

 それは性格であると同時に処世術だった。頭はちっとも良くないし、勉強も嫌いだったし、生きるのもへたくそだった。だからおれは金魚のフンみたいな生き方を改めなかったし、改めるつもりもなかった。おれは大きい態度をしたやつのことを持ち上げたりほめそやしたり、たまに言うことを聞いたりした。そうすれば彼らは甘い蜜をくれたり良い隠れ家をくれたりした。カクレクマノミとイソギンチャクみたいに。

――おれは何もしなかったはずだ。

 働いていた。その記憶がある。言われるがままに荷物を運び、言われた通りの手順を踏んで滞りなく取引を済ませた。堂島どうじまくんの言ったとおりに。堂島君の言ったことは、本当になるから。

――おれは、何もしていないはずだ! 罰を受けるほどのことなんかしていないはずだ!

 真偽を確かめるべく、おれは急いで記憶をたぐった。地獄の炎がおれのすべてを燃やし尽くす前に思い出さなければならない。



 



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熾火 紫陽_凛 @syw_rin

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