131.払い戻しがあるかは知らない
「まさか……いよいよばれたのか……?」
時はエキシビジョンマッチが終わり、カナタと邂逅した後のこと。
バウアーはカナタ達の想像に反して焦りを見せている。
元ラクトラル魔術学院の教師という経歴に加え、ベルナーズという上級貴族の家名を有していながら……バウアーはこのオールターという町に四年もこそこそと隠れ住んでいた。
その理由は本来、流出したトラウリヒの三つの魔道具を手に入れるはずだった派閥からその中の一つを秘密裏に持ち出して逃げ出そうとしたからである。
実験の暴走ということにして魔道具は破壊されたと報告書を書いて辞職をしたが……裏切った派閥はそれで納得してくれるわけもなかった。
「神についてあんなことを言えるということは今までの奴らと違ってデルフィ教の人間ではない……ということは……」
この四年は家に帰ることはできなかったが、比較的穏やかに過ごせた。
オールターには裏切った派閥による包囲網が敷かれていて、出ようとすれば情報が一瞬にして行き渡る。ベルナーズの本家を頼れば考家そのものが危険に晒されてしまうので帰れない。
迂闊にオールターの外に出ることはできなかったが、オールターは広いのでバウアーが潜伏して暮らすだけならば容易だった。
――今年、聖女が入学するとわかるまでは、の話だが。
バウアーはついにトラウリヒからの追手が来たと考えた。
流出した違法魔道具がオールターに集まっていたことがついにばれたのだ。
そうなった時に真っ先に捕まるのは自分だとバウアーはわかっていた。
何故なら、残り二つは
トラウリヒはこれらの魔道具を開発した国……バウアーはトラウリヒにも行ったことがあり、聖女の役割がハリボテなことはわかっていたが聖女の魔術だけは本物だということもわかっていた。
……違法魔道具を飲み込むという凶行に至ったのは裏決闘場に来た日のことだった。
こうすればよほど近づかれない限り自分の魔力反応で誤魔化せる。聖女の魔術でも容易には見つけ出せまい。
違法魔道具による精神汚染は自分の魔力で胃を包めばある程度なんとかなる。
トラウリヒの魔術師は全員殺せばいいと、金稼ぎついでに裏決闘場で殺戮を繰り返した。
「ふざけるな……俺は他の奴らとは違う。あの御方に使われるのも、殺されるのもごめんだ……! せっかく俺を理解しない周りの愚図共を好き勝手出来そうな魔道具を手に入れたんだ……! あともう少しで逃げ切れる……!」
トラウリヒから流出した魔道具の中で、煽動魔道具リーベだけがバウアーには魅力的に映った。
感情だけにアクセスし、一時的に消去することで誰でも戦士へと変える違法魔道具。
術式を研究すれば他の感情も使い手の望むままに好き放題できる可能性が高い……そう考えたからこそ危険を承知の上で盗み出した。
裏切った派閥の目的を知っているのもあって、逃げ切れるタイミングがあるのもバウアーはわかっている。
「後もう少しなんだ……全員……全員殺せば……。ああ、そうだ……俺は助かるじゃないか! 俺を追ってきてそうな奴らは全員殺せばいいんだから」
トラウリヒの魔術師も、派閥からの刺客も、今日見たカナタもなにもかも。
全員殺せば自分は見つけられないと、バウアーはまるで名案を思い付いたかのように笑う。
四年間、オールターで慎重を期しながら隠れていた人間とは思えない短絡的な思考。
バウアーは飲み込んだ違法魔道具の術式がこの二ヶ月で精神を徐々に汚染していると、自分で気付くことはできなかった。
自分の魔力によってここまで影響を防いでいたが、それにも限度がある。
"
自分が裏決闘場に来た日の夜すでに徘徊したことなど、バウアーは知りすらしなかった。
「まずはあのカナタというガキが何なのか聞き出そう。エメトくんがいい。エメトくんなら何か知っているはずだ……ああ、仕方ない……この俺が直接行ってやろうじゃないか。追加料金を請求しないとな」
自我はある。意識もある。それでいてたがが外れている。
これでこそ裏決闘場に相応しい暴力性?
否。自分勝手な暴力が興行に相応しいはずもない。
♦
「ジェニーさんは?」
「大丈夫、でも男の人が怪我を……! エメトって呼んでたわ!」
「エメトさんか……」
元々の対戦相手であるシメルタが状況を掴み切れていないうちに、カナタはエイミーから短く状況を聞く。
エメトが怪我をしていると聞いて迷っている暇はないと指示を出す。
「タッグマッチなんか糞くらえだ。こっちは俺だけでやる、行ってくれエイミー」
「で、でも……」
「あのバウアーってやつ……どう考えても正常じゃない。イーサン先輩の時は周りなんてお構いなしに暴れてた。このまま始まったら観客を巻き込む可能性が高い。
エメトさんを治せたらジェニーさんに任せて観客席のほうに戻ってくれ」
バウアーはカナタとルミナを交互に見て、どちらを殺すか選んでいるかのようだった。
そのバウアーの様子をカナタの元々の対戦相手であるシメルタはタッグマッチのアピールタイムだと勘違いしたのかまだ攻撃せず、のんきに盛り上がる観客席に向かって手を振っている。
「ルミナ様と母上を頼む、お前が頼りだ」
「え……」
カナタはそう言って、通路のほうを指差した。
エイミーはカナタからの言葉を聞いて、あっけにとられたように一瞬呆けた。
「任せたぞエイミー」
「……う、うん!!」
エイミーはふわりと浮いて、通路のほうへ飛び込む。
目指すはバウアーが立ち塞がっているのとは反対側のもう一つの通路だった。裏決闘場は基本的に一対一。通路も当然二つある。
それを開始の合図だと思ったのか、カナタの元々の対戦相手であるシメルタは臨戦態勢に入った。
バウアーは逃げようとするエイミーのほうに手をかざす。
「おやおや逃げるのかな! 『
「"
カナタの背中から生える黒い腕がエイミーの背に放たれた岩の塊を弾き落とす。
通路に立ち塞がるようにカナタは二人の前に立った。
「――ああっと! 没落貴族カナタ! 仲間の美少女に逃げられた! タッグマッチだと思われたこの試合! まさかまさかの二対一へと! カナタに賭けた方々は運がなかったかぁ!?」
いつまでも好き勝手に実況する司会の声を無視してカナタはバウアーを睨む。
元々の対戦相手であるシメルタもじりじりとこちらに距離を詰め始めた。実況が煽ったからかやる気になったらしく……バウアーと同時に相手せざるを得ない。
今から事情を話したからといって、この空気の中戦わない方向にもっていくのは無理だろう。
「司会の言う通り運がないな少年……だがこちらも仕事だ、
シメルタが詰め寄りながら言う。
憐れむようなその声にカナタは答えた。
「こっちも仕事だ、大穴になる予定はなかったけどな」
シメルタは制圧。バウアーに遠慮は必要なし。
カナタはただ戦うよりも厳しい条件を自分に課した二対一を受け入れる。
魔術漁りは選び取る らむなべ @ramunabe
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