130.トラブルエンゲージ
ジェニーに連れられてエイミーが裏のエリアを捜索する中、決闘場での試合は続いた。
一回戦の第一試合が終わり、第二試合、第三試合と続いてトーナメントが進んでいく。
様々な魔術師が二回戦へと勝ち進む中、カナタの出番も再び訪れた。
エキシビジョンマッチに出たからといって一回戦が免除されるなんてことはない。
一回戦は六試合あり、バウアーは次の五試合目に出場する……それまでカナタが勝つ計算をしているのはエメトの見立てによるものだろうか。
「――お待たせしました第四試合! 再び登場! エキシビジョンマッチで最年少ながら相手を圧倒した有望株! 猛者を手玉に勝利へ猛進! 没落貴族カナタ・ランセア!」
入場口から歩いてくるカナタに、ボルテージが高まった観客の怒号にも似た声援が浴びせられる。
エキシビジョンマッチから今までにかけての盛り上がりは凄まじい。
決闘場に敷き詰められた砂には前の試合で起きた流血で赤く染まっている場所もある。
「――そしてこちらからはシャーメリアンが生んだ切り裂き魔! 誰が呼んだか血濡れの刃! 小技も見せるぞカバンの紐には気をつけろ! 斬撃魔術の使い手シメルタ!!」
対戦相手の登場にまた歓声が盛り上がる。
どうやら相手はカナタとは違い、初めての参加ではないようだ。
顔の血色はよく、自信に満ちた表情をしており……歓声の大きさから察するに出場者の中でも有望株の魔術師なのかもしれない。
しかし、カナタの思考は目の前の対戦相手とは別のところにあった。
(次の試合がバウアーだから今頃エメトさんが控室に案内しているはず……後はエイミーに任せるしかないな……)
カナタはちらっと決闘場に張り巡らされた檻越しに観客席のほうを見る。
エキシビジョンマッチの時に見つけたロザリンドとルミナの席……先程はエイミーもいたが、今はいなくなっている。
ジェニーの案内で魔道具確保のために動き出しているということだろう。
(慌てなくていいエイミー……バウアーが肌身離さず持っていたら俺が奪い取ってやればいいんだから)
決闘場に降り注ぐ熱狂の中、カナタは冷静に通路を見つめていた。
「ないないないないない!」
そんなカナタの心の声が届くはずもなく、エイミーはバウアーの部屋を漁りながら焦りを見せていた。
転がる酒瓶を蹴飛ばしながら、タバコと酒の匂いに顔を顰める。
部屋は荒れている風でもなければ、意図的に何かを隠せるようなスペースがあるわけでもない。
「倉庫もおトイレもスタッフエリアも探したしねえ……ねえエイミーちゃん本当にわかるの?」
「わかるわ! 見た目はグロいし……それに魔力反応が特殊だからわかるの! これでも術式は少し解析したもの……!」
そう説明するエイミーの瞳はうっすらと輝いていた。
エイミーの瞳には学院での被害者であるイーサンに刻まれていた違法魔道具の術式が半分ほど映っている。
"
エイミーはその性質を利用してイーサンに刻まれていた術式を解析と同時に模倣して自分に刻み、同じ魔力反応を感じ取るという無理矢理な方法をとっていた。
当初カナタに怒っていたのは、その模倣が不完全なままだったからであろう。
「もしかしたら外に拠点があるのかしらぁ……」
「いえ、ここに来てわかったけど近いはずなのよ……!」
エイミーの瞳がうっすらと輝いているのは魔道具が近い証拠だった。
しかし、探しても見つからない。
まさか魔道具だけ妙な場所に隠しているか……それとも肌身離さず持っているのか。
「バウアーが肌身離さず持ってる可能性が高くなってきたわね……」
「他の出場者の部屋は……無理よね?」
「試合が終わって帰ってきちゃってるもの……それに、人が来るとわかっている場所に隠すかしら……?」
「そうよね……もし見つけられたらあのグロさだもの……。捨てられてもおかしくないわ」
「そんなグロいの?」
「もうね、内臓って感じ」
「トラウリヒって趣味が悪いのね……」
「作ったやつが趣味悪いの!!」
ドン引きするジェニーにエイミーはつい声を荒げる。
込み上げる苛立ちは自分の無力さからだろう。
バウアーが持っているとすれば、結局カナタ任せになってしまう。
それに見合う報酬として聖女の魔術の
その何かがなんなのか自分でわからないまま、とにかく動いた。
この衝動が一体何なのか、エイミーにはわからない。
「あ……」
「なに?」
そんな中、ジェニーがもう一つ気付く。
「探してないところ……そういえばカナタ様の部屋……五日前まで空き部屋だったわ……。バウアーは今日来たからそれを知らないはず……」
「行きましょ!」
「ええ、こっちよ」
ジェニーの案内でカナタが使用していた部屋に向かう。
途中、出場者らしき人間ともすれ違ったが……試合後だからかジェニーとエイミーを気にする余裕はないようだった。
カンタの部屋に到着するとジェニーは鍵を開けようとしてドアノブを掴むと、
「開いてる……?」
ジェニーは不審がりながらも、扉を開ける。
「あ? なんだお前ら、取り込み中だ」
「エ……メト……」
カナタの部屋には何故か、頭から血を流すエメトとその胸倉を掴んで体を持ち上げるバウアーがいた。
……それはあまりに不運な邂逅だった。
カナタ達がバウアーを探ろうとしていたように、バウアーもまたカナタを疑っていた。
予定ではエメトが今頃控室へと案内していたはずだが、カナタを疑っていたがゆえにバウアーはカナタの部屋を探りに来ていた。
何も出なかった結果バウアーはエメトを脅し、殴りつけたところに……ジェニーとエイミーは運悪く出くわしてしまったのである。
「あなた一体何を! エメトを離しなさい!!」
暴力が返ってくるとわかっていながらジェニーは叫ぶ。
「…………」
だが意外にもバウアーは無言のまま動かなかった。
その視線はジェニーがいる扉の方を見つめているが……ジェニーを見ているにしては不自然だった。
「……?」
「……白…………」
何故か、バウアーの視線は前に出ているジェニーではなくその後ろのエイミーに向けられていた。
呆けるようにこちらを見つめていたかと思うと、バウアーは突然エイミーの制服の色をつぶやく。
ジェニーが持ってきてくれた制服の一つだが、問題はそこではなかった。
「白の装束……トラウリヒ……いや、その見た目……顔……目……!」
何かのスイッチが入ったかのようにバウアーはエメトを落とし、がりがりと自分の頬を削るように掻く。
その姿は先程までの傲慢そうな姿とは打って変わって不安定で、視線がぶれている。
そして突然、エイミーの瞳は違法魔道具の魔力反応を感知した。
魔力反応はバウアー本人から……やはり肌身離さず持っていたのかとエイミーは舌打ちする。
「お前……聖女か……! 奪いに来たのか! 人形自ら! この俺様から!!」
「……え?」
エイミーの驚愕はバウアーが自分を聖女だと認識していること……だけではなかった。
魔力反応を感じる場所が、どこかおかしい。
「ふざけんな! ここまできてさせるものか!! 俺を突き出しにきたのか……! あの御方に売りに来たか!! 他の愚図と同じように!」
「あ、あなた……まさか――!」
バウアーが持っているというよりもむしろ――!
「人形でも! その顔剥いだらトラウリヒはどんな顔するか楽しみだ!!」
「きゃああ!!」
バウアーは叫びながらエメトの体をジェニーに投げつける。
ジェニーはエメトを受け止めながら転び、それを無視してバウアーはエイミーへと襲いかかかった。
その瞳は焦点が合っておらず、よだれを垂らしながら叫び、それでいて敵意はしっかりとこちらを見据えていた。
自我は残っているものの違法魔道具による精神汚染の症状であるのは明らか。
バウアーの突然の変化に、エイミーは魔道具の場所を確信した。
♦
「……なんだ?」
決闘場ではカナタとその対戦相手に賭け金が賭けられ、試合が始まる直前だった。
しかし何か決闘場と裏のエリアを繋ぐ通路のほうが騒がしいことにカナタは気付く。
「ん……? この音は……?」
対戦相手のシメルタという男も気付いたようだった。
二人は試合前だというのにお互いではなく、通路のほうを見る。
その通路からは音と同時に二人の人間が迫ってきていて、一人は浮いていてもう一人は魔術を唱えているようだった。
「ぐっ……ううう!」
「なに!?」
「ぬう!?」
通路から決闘場のほうに向けて放たれる無数の土くれ。
地属性魔術の攻撃がこちらに向かってくるエイミーに襲い掛かりながら、同時に決闘場にいる二人も巻き添えになりかける。
カナタも対戦相手のシメルタも突然の乱入に驚きを隠せない。
「エイミー!?」
「カナタ……! ごめん、ジェニー達からバウアーを引き離そうと思ったらこっちに誘導するしかなくて……!」
突然決闘場に飛び込んできたエイミーの登場に観客席はざわつく。
しかしさらに続いて乱入してきたバウアーの登場に一部からは歓声が上がった。
「おやぁ!? 怪しいと思っていたが、やはりトラウリヒと繋がっていたのか君!?」
「バウアー……だよな?」
「やはり俺を騙していたか!? 請求書はどこに送ればいい!?」
選ぶ言葉は同じようだが、先程話した時とは別人のようでカナタは困惑する。
傲慢な貴族のような立ち振る舞いは消え、貴族らしい笑顔の仮面もかぶっていない。
話した時も思ったより余裕がないとは思っていたが、まるで何かに追い詰めて壊れてしまったかのような危うさがあった。
「でもカナタ、魔道具の場所がわかったわ!」
「どこに持ってる? 俺には見えない」
「違う、持ってるんじゃない……こいつ、魔道具を
「なに!?」
エイミーが感じ取った魔力反応はバウアーの体の中から。
確かに隠し場所に出来るならこれ以上ない場所ではあるが、普通はやらない。
飲み込むのが精神干渉の違法魔道具というのならなおさらだ。何がバウアーにそこまでさせるのかカナタには想像もつかない。
「――おおっと! これはどうしたことか! 出番は次のはずのバウアー選手! そして史上最年少かと思われた没落貴族カナタ選手と同年代のサプライズ出場者の登場だあ!」
この事態をトラブルではなく、あくまで興行にしたいのか司会はテンションを上げながら叫んだ。
観客席も試合直前ということで盛り上がっていたからか、司会の声をそのまま受け入れてさらに歓声が上がる。
「――まさかまさかの乱入試合! さあ賭けるならバウアー・シメルタの大人タッグ! はたまたカナタと謎の美少女の子供タッグ!! 今日来た人はラッキーデイ! 決闘場リーズン初のタッグマッチの始まりだああ!!」
カナタ達にとっては特に嬉しくない司会の機転によって観客席の熱は最高潮。
歓声に混じって追加の賭け金を投げ込む声が決闘場にまで聞こえてくる。
決闘場のカナタ達の困惑を無視して、試合開始を奏でるゴングの音が鳴り響いた。
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