129.嵐になる前に

「おほほ、カナタに賭けるだけで賭博場のチップ代が取り戻せてしまいそうですわ」

「夫人ってばもう……」


 裏でカナタとバウアーが接触してから少しして、観客席は前座も終わっていよいよ本番という空気の中……スペースの一つでエキシビジョンマッチで得た金貨に高笑いするロザリンドがいた。

 カナタが子供だからと魔剣士ジュンラーのほうに賭けていた者が多いらしく、前哨戦とばかりに賭けた金貨三十枚は倍近くになって返ってきている。


「今日は手持ちが少なかったですが……この調子なら大丈夫そうですわね」

「夫人……上では賭博に勝ちに来たわけじゃないと仰ってたのに……」

「出来る貴族というのはその状況によって立ち回りを変えるものですよ」


 ほくほくしているロザリンドにルミナは呆れながらも、それだけ気持ちに余裕があるロザリンドが羨ましかった。

 ここに留まっていても違法魔道具を捜索するという目的は果たせないのだが……エイミーはずっと黙っているままなことに加えて、トーナメントはまだ始まっていないので客の意識もまばらだ。

 動くのならトーナメントが始まってからだというのはルミナもわかってはいるが、そわそわしてしまうのは経験の差だろう。


「――お待たせ致しました! 素晴らしい前座に観客席の皆様方にも火が点いたことでしょう! 一回戦の出場者の入場です!」


 響き渡る声とともに観客席の視線が決闘場のほうに集中する。

 そのタイミングで、ロザリンド達が座るスペースに露出の激しい女性が何やらいくつか袋を持って入ってきた。


「賭け金はいかがいたしましょう?」

「……」

「夫人……?」


 エキシビジョンマッチの時も同じような格好をした女性が賭け金を聞いてきた。

 その時ロザリンドは考えるまでもなくカナタに賭けたのだが、今度は入ってきたその女性をじっと見つめている。

 ルミナが不思議そうに見ていると、ロザリンドは微笑んだ。


「では、あなたが協力者であることに金貨十枚」

「失礼、素敵なマダム。しがない平民なのでそんな金額は払い戻しができませんわ」

「あら残念、大儲けできるチャンスでしたのに」

「え? え?」


 会話を楽しむ二人にルミナは困惑する。


「カナタ様のお友達とお母様ですね? 魔道具の捜索ができるようお迎えに来ました」

「な、なんで……?」

「せっかく女性用下着ビスチェのような露出の多いスーツで殿方を楽しませるような服装をしているのに……袋を多数持参してしまってるせいでせっかくの美肌を隠してしまっているんですもの。そんな状態で客の場所に来るということは興行とは別の、何か意図があると考えて当然ですわ」

「ジェニーです、よろしく。カナタ様からお話は聞いてますわ」


 ルミナは言われて改めてジェニーを観察する。

 確かに賭け金の回収にしては大荷物過ぎる。

 だが、こうして言われて観察しなければただの違和感としてスルーしてしまうだろう。


「観察とは誰にでも出来るからこそ、本当の意味で出来ようとする者が少ない。目につくものから違和感や意味を感じ取り、情報へと繋げる……無意識にできるようになれば貴族として得難い武器になりますわ」

「はい、夫人」


 ロザリンドは真剣に話を聞く姿勢のルミナに頷く。


「ではジェニーさん、カナタの現状を教えて下さる?」

「ここに来てからの五日間で支配人代理のエメト、護衛役のダーオン、そして私含めた他数名と対バウアーへの協力関係を結んでいます」

「あら、想像以上の成果ですね」

「カナタ……すごい……」

「うふ。私達みたいな悪人にはあの子の素直さが刺さっちゃいましたわ」


 当然だが、当初の計画では裏決闘場のスタッフと協力関係を結ぶ予定はなかった。

 賭博場のほうではコーレナが、裏決闘場のほうでは潜り込んだエイミーかシグリが魔術を駆使してスタッフから服を強奪して表と裏から捜索する予定だったのだが、スタッフとの協力関係が取り付けられているのなら内部の案内もあってぐっと楽になる。


「という事はやはり、バウアーはここにいるのですね?」

「ええ、さっきすれ違ったから多分カナタ様のことをちょっとは疑っているかと思いますわ」

「すでに接触していると……ふむ……」


 ロザリンドは少し考えるように顎に手を当てる。


「トーナメント以外の日に着る女性用制服を何着か持ってきましたわ。バウアーの部屋も私が案内できます。えっと……どなたがスタッフになりすますのかしら?」

「私よ」

「エイミー様……」

「エイミーさん……!」


 ジェニーに聞かれて、ここまでずっと黙っていたエイミーが立ち上がった。

 ルミナはもちろん、ずっと無言のままのエイミーを心配そうにしていたシグリすらも驚いていた。


「魔道具がここのトーナメントの優勝賞品とかだったら楽だったけど、バウアーがここにいるなら魔道具を使われる可能性が高くなるもの……耐性がないおばさんは行かせられないわ。

正確な形状を知ってるのは私だけだし、同じように耐性があるルミナには万が一に備えてもらいたいから私でしょ」

「エイミー様、私もご一緒を……!」

「駄目よ。バウアーがここにいるのが確定したんなら耐性がないあなたも危ないもの……ここでおばさんとルミナを守って」

「っ……!」


 聖女の役割がわかった今でも、シグリはエイミーの護衛騎士。主はエイミーだ。

 主であるエイミーの命令にシグリは言葉を引っ込める。


「裏のエリアの案内は私が。念のためこちらにはうちの魔剣士を置いておきますわ」

「ありがと。着替えは……白はある?」

「ええ、ぜーんぶ持ってきたもの。サイズもばっちりよ。あなたぐらいの歳からこっちの世界に来る子だっているから」


 ルミナは一番小さいサイズの制服を受け取ると、シグリとジェニーに隠してもらいながら着替え始める。

 周囲の視線は今決闘場のほうに向いているのもあって見られる心配はない。


「ジェニーさん、もう一つ頼まれて欲しいのだけどよろしくて?」


 ロザリンドは着替えを隠す壁になっているジェニーに金貨を一枚差し出す。


「なんなりと素敵なマダム」

「賭博場のほうに置いてきた二人組がいます。その二人に伝言を伝えて下さる?」

「ええ、お任せを」


 ジェニーは嬉しそうに金貨を受け取ると胸の谷間へと。

 それを見て顔を赤らめているルミナ。まだ女の魅力が開花しきっていない彼女には少し刺激が強い。


「特徴は?」

「目つきが鋭くて、芯が強そうな子と……そうね、馬鹿っぽい子が一緒にいたら間違いないわ」

「そんなのでわかるかしら……?」


 エイミーが着替え終わると、ジェニーは不安を抱えながらもロザリンドの伝言を伝えるために一度賭博場のほうへと上がっていった。







「はぁあ!? なんでまた三が出るんです!? 一、二、三と来たら次は四を出すのが自然な流れ! 夜が明けたら朝! 雨が降ったら止む! 外れちゃいけない人の道でしょう! そこに直りなさいこのサイコロ! いやダイス! このルイが説教してやります!!」

「もうやめろ! お前にこのゲーム……というかギャンブルは向いていない!」

「あら……わかっちゃったわ……」


 近くの部屋でエイミーを待機させて賭博場のほうへと行くと……一際騒がしいテーブルでゲーム用のダイス相手に説教をしようとしている客とそれを止めようとしている二人組を見て、ジェニーは確信してしまう。

 ロザリンドの伝言を伝える相手は間違いなくあの二人だろう、と。


「だってコーレナさん! 夫人にもらったお小遣い全部使っちゃいましたよぉ!!」

「だから向いてないって言っている! さあどけ他の人の邪魔だ!」


 この場所のおかげか、他の客もスタッフもよくいる親の金で遊びに来ている令嬢としか見ていないようだった。

 しっかり者の姉と自由な妹の組み合わせにでも見られているのかもしれない。

 壁際ですんすんと泣いているルイと呆れているコーレナにジェニーはそっと近付いた。


「お楽しみのところ失礼します、お嬢様方」

「ふえ……? どなた……うわ、えっろ」

「こちらこそ失礼を。騒いでしまった」

「いえいえ、素敵なマダムより伝言を預かっております」


 ジェニーが言うと仮面を着けていてもわかるほどコーレナの顔つきが変わった。

 ルイも少し遅れて、ロザリンドのことを言っていると気付く。


「ご安心を。私はカナタ様の協力者の一人です。伝言を頼まれました」

「まずは聞こ――」

「その格好でカナタ様に近寄ったんじゃないですよね?」


 コーレナの声を遮り、ルイはジェニーに詰め寄る。

 ジェニーの恰好は腕や足は勿論、肩や谷間も見えていて露出度が高い。

 ジェニーは少し考えたかと思うと、ルイの質問にウィンクで返した。


「~~~~~~~~~~!!!!」

「すみません、主人に並々ならぬ感情を持って仕えている女なもので」


 何が起こるかを察したコーレナは咄嗟にルイの口を両手で塞ぐ。

 言葉にならない声は何とか抑えられ、賭博場に絶叫が響き渡るのは防げた。

 防げなくとも、さっきの令嬢がまた騒いでるで済まされそうではあるが。


「ふふ、わかるわ。いい子だものね」

「理解してくれて助かる。それで伝言とは?」

「ええ」


 ジェニーはロザリンドからの伝言を伝えると二人は首を傾げる。

 ロザリンドの伝言ということでルイも落ち着いたようだ。


「いつでも客を避難させられるようここで待機……?」

「地下で何が起きる予定なんだろうか……?」

「さあ? カナタ様ってそんな滅茶苦茶にやる子なのかしら? そうは見えなかったけど……?」


 二人は考えて、どちらかといえば滅茶苦茶やるほうだと意見が一致。

 伝言通り、賭博場の入り口付近で待機することにした。

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