128.笑顔の仮面
「お前、予想以上にやるなぁ」
「カナタ様ってば子供なのにかっこいいわぁ、ちゅーしちゃう」
控室でりんごジュースを飲みながら、カナタを案内して時よりも露出が多い恰好をしたジェニーに撫でられる。
黒い生地が胸と腹、そして腰しか隠しておらず……普段接している女性達とは全く違う装いにカナタは少し緊張気味に縮こまって座っていた。
「それにしてもあの魔剣士……相手が子供だというのに殺す気で斬りかかっていましたね」
「ああ……あの魔剣士は欠損好きのレーノルダの糞貴族の紹介だよ……。少し前まで刃を潰した剣しか使わなかったってのに……バウアーが殺しを始めてからあんな輩まで……」
ダーオンの見立てに、エメトは忌々しそうに舌打ちをする。
あの魔剣士はカナタ相手に油断しながらも、剣の刃はしっかりと立てていてカナタの肩から腰に掛けてまでを斬るつもりでいた。つまりは殺す気で武器をふるっていたということだ。
……エメトの知っている裏決闘場はあくまで暴力を楽しむ興行だ。断じて殺し合いではない。まっとうな人間には何が違うのかと言われるかもしれないが、そこには悪人なりの線引きがあるのだ。
「なんにせよカナタが思っている以上に強くてよかった」
「どうするカナタ様? さっき賭け金の配当に行った時、
「いや、断りますよ……」
どうやらうまくやりすぎたのか、カナタの魔術の使い方を見て興味を示した貴族が一定数いるらしい。
貴族の中には将来有望な後継者を求めている家もあるので、その貴族達のお眼鏡に適ってしまったようだ。
「予定通り、お前をバウアーに当てるようにトーナメント表を組む。初っ端から新人とってのは不自然だから……三回戦目くらいにな。その試合の間にお前のお仲間に魔道具を捜索させてやる」
「ありがとうございますエメトさん」
「ジェニー、伝言頼むぞ。今日飛び入りだった金払いのいいおば……お姉様と女二人に使用人の組み合わせだ。全員は無理だから一人か二人をスタッフ用の服着せてこっちのエリアに入れてやれ」
「はぁい、任せて」
「ダーオンはさりげなくそいつらを守れる場所にいてやれ」
「わかった」
エメトの指示を受けてダーオンはそのまま、ジェニーはカナタの頭をぐりぐりと撫でて控室を後にした。
具体的に実力を示したのもあってエメトの協力も積極的になったように感じる。
「あ? 誰だ?」
二人が出て行ったすぐ後に、控室をノックする音がした。
まだ一回戦目の選手が入ってくるには早い時間だ。
二人が何かを聞き忘れて戻ってきたのかと思ったが……ゆっくりと開く扉から姿を現したのはダーオンでもジェニーでもない。
「失礼するぜエメトくん」
「バウアー……さん」
「!!」
整った顔立ちにオールバックのグレー髪をさせた青年が控室に入ってくる。
カナタは一瞬驚いたが、動揺を見せないようにりんごジュースを飲み干した。
「どうしたんです? ここはまだエキシビジョンマッチ用の控室ですよ」
「おっと出資者への詮索か? 請求書を送っても?」
「……」
「冗談だエメトくん。いやなに、さっきの試合があまりにも見事だったから挨拶をしようと思ってな」
「はぁ……」
エメトはカナタに目配せする。
カナタは立ち上がって頭を少し下げた。
「よろしくお願いします、先輩」
「おう、ガキなのにこんなところに来てしまうなんて……苦労しているんだな?」
バウアーは手を差し出し、カナタはそれに応じて手を握る。
握手を終えて話そうとするが、バウアーはカナタの手を握り続けて話さなかった。
「それにしてもその実力でわざわざここにね……君ならラクトラル魔術学院に入ってもよかったんじゃないか? ラクトラル魔術学院には実技を主に見る平民枠だってある」
「平民枠で入るのは貴族のプライドが許せなかったので……家を再建してから堂々と入りたかったんですよ」
探られてる、とカナタでもすぐに気付けた。
さっきの試合はエメト達の信頼を得る材料にもなったが、敵の可能性が高いバウアーからは疑われる材料になってしまったようである。
カナタはそこらの貴族らしく、なるべくそれっぽい答えを口にする。
貴族は侮られてはならない、という教えは何かを誤魔化すにも理屈ではなく感情で返せるのでそういう意味でも都合がいい。
「なるほどプライドか……貴族らしい答えだ」
「いずれ返り咲くので、没落してもプライドは捨てません」
「ああ、それは否定しないとも」
向かい合うカナタとバウアーの横で、エメトは平静を装いながら壁に寄りかかっていた。
傍から見れば子供と大人が握手をしながら話している微笑ましい光景だ、少なくともエメトとカナタが協力関係を結んだ時のようにナイフなど出ていない。
それでもエメトには、自分の時よりも殺伐としているように見えた。
「それにしても没落した家を再興したいとは……ランセア家……ああ、確かにあったな……アンドレイス領から北西の領地にある家だったっけか?」
「いえ、アンドレイス領に住んでましたよ。小さな町で兄と姉と細々と暮らしてました」
「そうかそうか。勘違いだった」
「無理もないです。家が小さすぎて何かに招待されたことなんてないですから」
バウアーは疑いの視線を、カナタは家の名前を借りる時に事前にルイから教えてもらった知識を総動員しながら、自分を本当に家を再興させたい子供だと思い込む。
疑われている。バウアーはトラウリヒの魔術師相手は確実に殺しているとエメトから聞いている。恐らくはカナタがトラウリヒの人間かどうかを確認したいに違いない。
「時にカナタくん、神を信じるかな?」
バウアーは口元をにやけさせながら直球の質問を投げ込んできた。
エイミーとシグリの話によればデルフィ教徒は神の存在を偽れない。
この質問をすれば一発でばれてしまうとのことだった。やはり、こうやってトラウリヒの魔術師かどうかを探っていたのだろう。
「さあ? 見たことないのでわかりません。もしいたら没落する前に家を救ってほしかったですよ」
「ははは! 違いない! 違いないな! 神は金を出さない! 理不尽な請求書をいつだって出し続けるからな! はははははは!!」
バウアーは笑いながらカナタの手を離す。
誤魔化せたかどうかはわからないが……突然笑っていたかと思っていたら、バウアーは急に真顔になった。
「……うぶ」
「……?」
吐き気を催したような声を出したかと思えば、次の瞬間には何事もなかったかのようにまた表情が戻る。
「だが、さっきの試合……あれはよくないな」
「というと?」
「客は血と暴力を見たがっている。どちらもなしに試合を終えるというのは……サービスがなってないな。ここの出場者としての気構えもできていない。ここは魔術をアピールする場所じゃないんだぞ? 子供にはわからないと思うが、空気を読むんだな」
横で見ていたエメトが何か言いたげにバウアーを睨む。
空気を読むのはお前の方だよ、と言わんばかりにここ最近忙しくなった恨みを視線に込めていた。
「バウアーさんは何でここに? お聞きしましたよ、ベルナース家の方だとか……こんな所にいなくても困らないんじゃ?」
「君も詮索するのか? 俺は出場者であり出資者だ。詮索するなら別途料金を請求するが?」
「自分も質問に答えたんですから、これくらいいいでしょう?」
「口を慎め。君と俺の価値は等価じゃない」
一方的に質問しておいて、この物言い。
悪い意味で貴族らしいなとカナタは思った。
「だが確かに何も渡さないのはな。いいだろう……なに、ただの暇つぶしさ」
「暇、つぶし?」
ぴくっ、とカナタの眉が動く。
「ああ、ベルナーズの家に帰られたらそりゃ楽な生活が待っている。身の回りの世話を使用人に全てやらせて、俺は優雅な生活を送れるだろうさ。
だが、それだけじゃ満たされないんだ……周りの人間が苦しんでいると、自分が楽に生きられていることをより実感して、安心できるだろう? だからより不幸な人間をさらに不幸にして、ついでに魔術師としての腕を駆使して儲けているってわけだ」
「…………」
「ここには居場所のない魔術師が集まる……苦しんでもいい人種だ。より金のある貴族達に尻尾を振るだけの魔術師ばかり。ちょうどいい場所だったからな。元来そういう性格なんだ、性格が悪いなりに居場所を見つけたいんだよ俺は。表社会では迷惑をかけてしまうと経験したから」
バウアーは満面の笑みでそんなことを悪びれもなく言ってきた。
エメトは今にも殴り掛かりそうだったが、懐から出したタバコを加えて自分の感情を誤魔化している。
普通の人間が聞けば胸糞悪い理由であるが、カナタは黙ってそれを聞いた後に表情を変えずに聞き返す。
「嘘ですよね?」
「ほう?」
「いや嘘ではないけど本音じゃないみたいな……? もしかしてベルナーズの家に戻れない理由でもあるんですか?」
「…………」
自分が詮索されたお返しとばかりにカナタは切り込む。
子供だからと舐めているのか、バウアーの表情はあまりにもわかりやすい。
アンドレイス家で開かれたパーティーの時に知った貴族の武器……それは笑顔。カナタに質問してきた時はにやけるような笑みだったのに、自分のことを答える時は貴族特有の作られた笑顔そのままだ。
家に帰られた楽な生活が待っている、本音はここにあるんじゃないかとカナタは思う。
一度でいいから帰ってみたい……そういう気持ちは理解できるから。
「豪胆だな……どこか覚えがある。本当に没落した家の人間か、お前?」
「はい、さっきお答えした通りです」
図星を突かれたからかバウアーの笑顔の仮面が剥げる。
カナタの質問がバウアーの何かに触れたのか、さっきまでの態度とは打って変わって……敵意をあらわにしていた。
それ以上はカナタと話したくなかったのか、そのまま黙って部屋を出て行ってしまう。
「何であんなこと言った?」
足音が聞こえなくなって、エメトが問う。
「いや、聞いた話より余裕がなさそうな雰囲気だったので……何でかなと……」
「そうか……ひやひやさせんな馬鹿!」
「あいて」
傍から見ているエメトの心臓には悪かったのか、ばしっ、とカナタの頭は叩かれた。
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