127.顔見せ
「エメトの兄貴、賭博場から一組飛び入りだってジェニーさんが」
「あ? 直前のこのタイミングでか?」
「ええ、娘二人連れて遊んでたおばさんでした。滅茶苦茶金払いがいいとかでこっちを薦めたら二つ返事で参加したいと」
裏決闘場でもうすぐトーナメントが始まるという時間。
新入りは本戦の前に余興としてエキシビジョンマッチをするらしく、カナタは控室にいた。
そこには新入りが逃げ出して余興を台無しにしないように見張りを立てている……という名目でエメトがカナタと共謀すべくこそこそと話し合っていた。
そんなエメトに部下から一つの報告が届く。
「ババアは夫が金持ちならじゃぶじゃぶ使ってる上に血にも耐性あって観客としては最高だからな、バウアーのせいで観客が減ってるとこに来てくれんならありがてえな」
「……エメトの部下のお兄さん、その人の髪の色って空みたいな鮮やかな髪をしてませんでした?」
カナタが問うと部下は頷く。
「ああ、そんな感じだったな」
「なんだ? 心当たりあんのか?」
「母ですね。本当だったら表から潜入してここ探す手筈だったんです」
カナタがそう言うと、エメトと部下の間に気まずい沈黙が流れる。
すると冷や汗をだらだら流し始めたエメトが部下の胸倉を思い切りつかんだ。
「誰がおばさんだてめえ! お姉様だろうがぁ!!」
「でもエメトの兄貴もババアって!?」
「言ってねえ! 気品あるマダムはお金の使い方も豪快だ、っつったんだ!!」
「ええ!? 都合よくねえっすか!?」
「あ、あの、別にそこは大丈夫なので……母はそういうのあまり気にしないですし……」
カナタがそう言うと、エメトは安堵し、部下の胸倉から手を離した。
対バウアーのために協力関係にこぎつけることはできたが、エメトにとってカナタは依然としてトラブルの種であることは変わりない。
敵の敵は味方という状態であって、機嫌取りはかかせない。
「なるほどな、お前が裏から、他が表からその違法魔道具とやらを捜索する予定だったってことか……その違法魔道具ってのはどんな形なんだよ?」
「話によると臓器のような小さい肉の塊みたいな形らしいです、知りませんか?」
「いや、そんな気色悪いものはいくらなんでも景品映えしないからな……。杖やらスクロールなら優勝賞品にしたことあるが……」
「そうですか……」
トーナメント当日までエメトの許可を得てスタッフエリアなどは捜索したが、違法魔道具らしきものは見つからなかった。という事は、ここにあるとすればバウアーが所持してる可能性が高い。
事前にバウアーに会えていればもう少し楽だったのだが、結局バウアーは当日まで姿を現さないつもりらしいのかカナタは一度も会えなかった。
「それにしても、母親が子供がこんな所で戦ってるの見て大丈夫かよ? お前が怪我でもしたら倒れるんじゃねえのか?」
「まさか」
エキシビジョンの時間になってカナタは立ち上がる。
カナタが第二域の魔術師と申告したからか、相手はシャーメリアンで傭兵稼業をしている魔剣士らしい。
当然相手も子供、なんてことはない。
「むしろ、俺に賭けながら無事を祈るタイプですよ」
「はは、勝てばそりゃ無事だろうからな」
エメトに背中をばんばんと叩かれながらカナタは控室を後にした。
エキシビジョン用の控室の外は決闘場への続く一本の廊下があるだけで薄暗い。出口の直前で止まると決闘場の明かりが少し差し込んでくる。
外からのコールがあるまで待機するのがルールらしい。
「――シャーメリアンの商人を護衛したその腕はお墨付き! 野盗はその金置いてきな! 盗賊傭兵ジュンラー!」
決闘場のほうから歓声と響き渡るようなコールが聞こえてくる。
恐らくは、カナタの対戦相手が呼ばれたに違いない。
「――そして決闘場最年少! 家の復興のため、涙ぐましい道のりでここを訪れた小さき魔術師! 没落貴族カナタ・ランセア!」
コールを聞いて、カナタは明かりのほうへと歩き出す。
眩しさから目を細めながら決闘場のほうへと姿を現すと、歓声が耳に飛び込んできた。
砂が敷き詰められた決闘場を囲むようにして広がっている観客席は個室のようになっていて、その席はほとんどが埋まっていた。仮面をした客達は遠目に見ても貴人という雰囲気で、カナタが見てもわかるくらいである。下の方の席は少し雰囲気が違う。商人の類だろうか。
カナタの相手の魔剣士はそんな観客席に愛想を振りまくように手を振ったり、剣を抜いたりしているが、カナタはそんな気にはなれない。
決闘場は下を向けば砂が敷き詰められており、横を見れば周囲は壁、そして少し見上げると観客席とこの決闘場を隔てるように鉄の檻で囲まれている。
観客席から見下ろされるような形になっているこの場所はまさに、血と暴力が作る見世物の場であろう。
相手の魔剣士は鉄製の
その代わり、右手に握る剣は切れ味が鋭いであろうことが遠目に見てもよくわかる。
「――それでは皆様、お楽しみください! エキシビジョンマッチですので本戦の軍資金を使用人に取らせに行くことがありませんよう計画的に!」
どこかから司会の声が聞こえてきて、試合開始前の賭けの時間となる。
魔剣士が観客席にアピールしていたのはそうやって賭け金を集めさせるためだったが、カナタには関係ない。
カナタと魔剣士は互いに歩み寄って中央で対峙する。
「おいおい、子供を殺すは目覚めが悪いな……ある程度盛り上がったら早めに降参してくれよ? 心配するな、愛想よくしていればどっかの変態貴族が買ってくれるかもしれないぞ?」
「愛想よく観客席にアピールしてたのはあんただろ? 趣味がいいな、誰かに買ってほしかったのか?」
互いに軽く挑発をして開始を待つ。
すでに魔剣士の間合い。開始と同時に一歩踏み込めばその剣はカナタに届く。
「――それでは試合開始です!」
決闘場全体に響く司会の合図。
同時に、魔剣士ジュンラーがカナタの右肩目掛けて剣を振り下ろす。
そのまま振り下ろされれば右肩から左腰にかけて斬り裂かれ、致命の一撃となるだろう。
「『
同時に動いたのはカナタも同じだった。
カナタの影から鎖が伸び、その鎖はカナタの腰に巻き付いたかと思うとそのまま空中へと持ち上げる。
ジュンラーの剣はそのままカナタの影が落ちた砂へと振り下ろされた。
「なに!?」
観客席からも、おお、と声が上がる。恐らく中には魔術師もいるのだろう。
小柄な子供の体ゆえの拘束魔術の妙な使い方に身を乗り出す観客が複数いる。
「む――!?」
『
空中に持ち上がったカナタに気を取られ、影に振り下ろしてしまったジュンラーの剣、そしてそこまで寄ってしまったジュンラーの体もまた黒い鎖に捕まってしまう。
剣に魔力を込めて鎖を斬ろうとするも遅い。
最初から剣に魔力を込めていれば剣を一瞬拘束されることなく魔術を弾くことができたが……カナタが子供だからと油断していたのか、魔力を温存しようとしていたのかジュンラーは魔力を込めずに斬りかかってしまった。
「"
ふわりと空中に投げ出されながらカナタは足が止まっているジュンラーに向けて手をかざす。
周囲に現れた八つの水の球体から、ジュンラー向けて水が矢のように降り注いだ。
「なめるな――!」
拘束されているジュンラーは全身に魔力を張り巡らせてその攻撃を何とか耐える。
ジュンラーとて魔剣士の端くれ。この程度の攻撃魔術でギブアップとはいかない。
降り注ぐ水が止み、ジュンラーが得意気に口角を上げているとその後ろから声が聞こえた。
「やっぱ傭兵団のみんなって強かったんだな……『
「ごぼっ!?」
「少なくとも、子供だからって油断はしないもんな」
突如、ジュンラーの全身を水がどっぷりと包み込む。
空気を求めてもがこうにもジュンラーは先程の拘束魔術で拘束されているので逃げ出せない。
巨大な水の球体、その正体は単なる第一域の魔術なのだが……その大きさに観客席の方からまた歓声が上がった。
「ごぼっ!? あぶあっふ!! あぶぼ!!」
「…………」
カナタは冷たい視線で水の球体の中でもがくジュンラーを見つめる。
ジュンラーはカナタの瞳からただの子供じゃないことをようやく理解して剣を手放した。
魔剣士が剣を手放すというのはつまり、戦意がないことを示す降参の証。
そこでようやく、カナタはジュンラーを沈めていた水の球体を解除した。
ジュンラーが砂の地面に投げ出されて、そこで再び司会からの合図が響き渡った。
「圧倒! 圧倒ぅ!! 瞬殺だぁ! 勝者は没落貴族カナタ!!」
もしかすれば血を望む観客にとっては物足りないかもしれない無血の勝利。
ジュンラーが油断しなければもう少し勝負になったかもしれないが、魔術師として紹介されている相手に魔力無しで挑むほうが悪い。
勝利をコールされたカナタは勝利を喜ぶ様子もなく、観客席のほうを少し見上げた。
「ははっ」
そして観客席の中に見知った髪色をした人達が座っている個室席を見つける。
その場所から聞こえてくる一際大きい拍手に、カナタはようやく笑顔を見せた。
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