126.賭博場を掌に
日が傾き始める頃、馬車は無事に賭博場へと到着した。
ゲームハウス"ディスフラス"と店名が掲げられたその店は一つの屋敷が店となっていて、貴族が所有するタウンハウスをそのまま流用したようだ。
係の案内で御者が馬車を馬留めに置くと……あらかじめ用意していた仮面を装着してルミナ達は馬車を下りる。
「ようこそディスフラスへ」
「観光ついでに面白そうな店を見つけたから寄ってあげたわ。娘達にはやらせないけれど……いいわよね?」
「もちろんでございます、こちらに」
馬車を案内した係の人間がそのままロザリンドをエスコートし、ルミナとエイミーもそれに続く。使用人に偽装しているシグリはその後ろだ。
店の入り口をくぐると、ロザリンドはエスコートした人間にチップを渡して別れを告げる。後の説明はいいから後は自由に回らせろという意思表示だ。
「ふむ……そこまで大きくはありませんね。いきますよお二人とも」
「ふ、夫人」
ロザリンドが先導しようとすると、エイミーが駆け寄る。
「エイミーさんが先程から黙ったままで……このまま入ってしまってもいいのでしょうか……?」
「歩き方は教えた通りに出来ていますから問題はないでしょう」
「そ、そうではなくて……あんな話を聞いた後では……」
「エイミー様は自分から求め、自らの境遇を知り、自分なりに受け止めようとしていらっしゃるのです。ルミナ様も自らの境遇に悩むことはあったでしょう? エイミー様は今というだけのことです」
今は一人にしなければいけないとロザリンドは暗にルミナに伝える。
ロザリンドの言っていることを理解しつつも、ルミナは他者の事を慮る傾向にあるので素直には頷けない。
「ルミナ様はエイミー様を気に掛けてあげてくださいな、同年代の友人が傍にいてくれるというのは心強いものです」
「はい、わかりました……」
「それと、ここではわたくしのことはマミーと呼んでくださいまし」
「はい、わかり……え?」
「うふふ、わたくし娘も欲しかったんですのよ。ルミナ様にママと呼んでもらえるのが楽しみですわ」
賭博場での三人の設定は賭博好きのロザリンドとその娘ルミナとエイミー。
娘に自分の趣味を覚えてもらうためにここに来た高位貴族という雰囲気で遊ぶ予定だ。
しかしただ遊ぶだけでは、運営側から声を掛けてもらうことはできない。
裏決闘場に行くには運営に声を掛けられるよう目立つ必要がある。
「ご安心くださいな。エイミー様が考えている間、わたくしはわたくしの役割を果たすまで。役割というのは自ら望んでこなすもの。他でもない息子に頼られたのです、この賭博場を手玉に取って御覧に入れましょう」
ロザリンドは自信満々で受付を済ませて奥へと進む。
大男二人が脇に立っている扉の先には開けた空間があった。
貴族のパーティーの際、ダンスホールとしても使われたりする大広間だろう。
大袈裟なほど輝くシャンデリラ、輝く糸が縫われたカーテンに床には敷き詰められた赤いカーペット……ゲームに使われるテーブルが等間隔に二十ほど並べられており、ディーラーと客が思い思いのゲームを楽しんでいる。
ロザリンド達が入ってきた瞬間、ホールにいた客達からの注目が少し集まる。
派手なドレスに華美な装飾品の数々、そして仮面をしていても滲み出てしまっている品の良さ。連れている娘二人も幼いながらも隠しきれない美貌を持っていてどこの上級貴族かと噂され始めた。
貴族社会において、仮面を着ける場所でも他人の詮索はタブーだが……それだけのインパクトがあったということだろう。
「やはり貴人向けとは謳っていますが、雰囲気だけのご様子……上級貴族の方はほとんどいらっしゃりませんね」
「わかるのですか?」
「ええ、装いを見れば一目瞭然です。ただの口うるさいおばさんで終わることはなさそうですわ」
ロザリンドは自信満々に空いているテーブルの一つにつく。
ルミナとエイミーはその後ろに立ち、さらにその後ろにシグリが立っている。
「参加してもよろしくて?」
「ようこそマダム」
このテーブルでやっているのはカード。
他の客も席に着くとゲームが始まる。
「あら残念、またわたくしの負けですわ」
「どうやらカードは向いていないのでは?」
「ははは、遊ぶお金を夫にせがまなきゃいけませんな!」
「うふふ、ですが楽しかったですわ。また遊んでくださいませ」
ルミナのロザリンドへのイメージはかっこいい大人の女性。
そんなイメージもあって、テーブルに着いた瞬間から圧倒的な勝利を見せるのかと思っていたが……予想に反してそうはならなかった。
他の客の小言に微笑みを返しながらロザリンドは別のテーブルへと向かう。
「まぁまぁ……今度こそ七になるかと思いましたのに」
そのテーブルでもロザリンドはサイコロで負けた。
同じように客に色々と言われながら次のテーブルへ。
「見てくださいまし、わたくしの手札……ようやく役ができましたのよ」
「マダム、それでも負けだぜ」
「あら残念。ついていませんね」
次のカードのテーブルでも負けた。
「今日の素敵なドレスの色に賭けたのですが、二択でも負けてしまうだなんて」
次のルーレットでも負ける。
いくら賭博に疎いルミナでも、ただの運ではなくカモにされていることはわかった。
この場でロザリンドより派手な客はいない。
加えて娘を二人連れているという状況から、親の威厳を見せるべく勝つまで何度でも賭けるだろうと思われてしまっているようだった。
「ふ、夫人……」
「はて……?」
心配からかルミナはロザリンドに声を掛ける。
だがロザリンドはルミナからの呼ばれ方が不満なのか首を傾げた。
「ま、マミー……」
「はい、なんですか我が娘よ」
ルミナは恥ずかしいのか頬を赤くする。
だがそんな場合ではない。この状況は本当に大丈夫なのかと聞く方が大切だ。
「焦ってはいけません、私達の目的は賭博に勝つことではないのですから」
余裕を持った表情でロザリンドは次のテーブルへと座る。
このテーブルでもまた負けており、ルミナの不安はさらに募る。
何度か同じように繰り返して、チップがなくなったら買いに行き……また戻ってゲームをするを繰り返した。
「あら……また負けてしまいましたわ」
「おや本当についてないですね」
「わしも遠目から見ておりますが……負け続きですな」
そして六つ目のテーブルでもまたロザリンドは負けた。
すぐに切り上げているおかげで損失はまだ大したことはないが、こうも負けが続くと当然不安は拭えない。
また次のテーブルに行くかと思えば、このテーブルの時だけは……ロザリンドの行動は違っていた。
「ディーラーさんどうぞ」
「え……? え!?」
ロザリンドは突如、金貨を十枚ディーラーへと投げる。
同席していた客はその金額は勿論、賭博場で渡すチップの常識とは違う行動に驚きを見せた。
ディーラーへのチップはそのテーブルで勝ったものが払うというのが定番であり、一番負けたものが一番多く払うなど普通はあり得ない。
何より、このテーブルで賭けていたのは精々が銀貨……賭け金よりも遥かに多く払うチップなど聞いたことがない。
「あなたはイカサマをせずにわたくしと遊んでくれましたわ、それはほんの御礼です……ああ、金貨十枚では足りませんでしたか?」
「いえとんでもございません! あ、ありがとうございます! マダム!」
そして賭博場で働く者はその煌びやかさから勘違いされやすいが薄給だ。
金貨など平民ではまず見ない上に、ロザリンドの予想通り……ここは貴人向けと謳っている割には客のほとんどは下級貴族。ここまで太っ腹な貴族はほとんどいない。
ロザリンドはわざと声を大きくして礼を伝えて席を立つ。
その声は当然ホール中に響き渡り、一気に注目を集めた。
ロザリンドは当然、自分がイカサマをされていることはわかっていた。
観光ついでに賭博場に寄る貴族が後腐れがないからと多少むしり取られるのはよくある話。
だが、それこそがロザリンドの狙いだった。
「さあ、次はどのテーブルに行きましょうか」
ロザリンドのその一言で空いたテーブルのディーラー達は熱狂する。
「マダムぜひこちらに!」
「こちらの席は二席空いております!」
「マダム!」
「マダム! こちらへ!」
「まぁまぁ、仕事熱心な方ばかりですのね」
イカサマをしている人間を咎めるのではなくイカサマをしなかった人間に多額な礼を渡すことで……暗にイカサマを見抜いた上で楽しんでいたという懐の大きさを見せつけるきっかけにする。
同時に、イカサマをせずに相手をすれば無条件で稼げるという利をディーラーに伝えることで……全員がカモとして見ていたロザリンドへの評価は一変した。
そして賭博場にあるまじき状況だが……賭け金を巻き上げられていたはずのロザリンドとディーラーの立場も完全に逆転してしまう。
ロザリンドがチップを渡せば信頼とチップを得て、渡さなければイカサマと判定される。
冷静に考えればロザリンドがイカサマかどうかを見抜いているかどうかの証拠などあるはずがないというのに……あまりにもチップが多額なせいか、ロザリンドがチップを渡すかどうかでディーラーへの評価が決まってしまう空気へと変わってしまった。
事実、ロザリンドが負けた時にチップを渡さなかったテーブルからは客が遠のき始めている。
(ほ、本当に手玉に……!)
一変したホール内の空気を肌で感じ取ってルミナは戦慄する。
先程ロザリンドが言った賭博に勝つことが目的ではない、という言葉の意味をこの状況が物語っていた。
ルミナ達の目的は目立つことで運営に声を掛けてもらい、裏決闘場へと案内されること……今まさにこの状況が、ルミナ達の目的そのものだった。
「ふふ、この歳で殿方にこれほど求めらるなんて……女冥利に尽きますわね」
この一時間後、いくつかのテーブルでチップを振舞っていたロザリンドは狙い通り運営の人間に声を掛けられることとなる。
カナタにお願いされて気合いが入っていたのか、ロザリンドは自分の役割をきっちりとこなしきった。
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