111.魔道具の行方

 エイミーの側仕えがエイミーの涙を拭き、鼻をかませて、少し休ませると……カナタ達は実技用校舎のほうへと訪れた。

 側仕えは入れないので、ルイ達はまた待つことになってしまう。

 なので、まだ修理の終わっていない渡り廊下をカナタ、ルミナ、エイミーの三人で渡った。


「約束通り、イーサン先輩には話をしてもらえるよう頼みます」

「よろしくお願いするわ……」

「これで治癒魔術を教えて分と引き換え……なのよね」

「はい、けど……自分に出来るのはイーサン先輩に話を通すところまでです」

「ど、どういうこと? わかるように言いなさ……い、言ってよ……」


 カナタの不安そうにエイミーが聞き返す。

 ふわふわと浮きながらカナタの後ろをついていくエイミーの言葉遣いはどこかぎこちなく、表情も固い。

 そんなエイミーの隣までルミナは下がって、安心させるようにその手を握った。


「エイミーさん、そこまで過度に気にする必要はないんですよ。クラスメイトなんですから」

「そ、そう……?」

「はい、私達がエイミーさんからの取引を断ったのは対価と見合っていない要求だったこと、そしてカナタが言っていたのは聖女という肩書きを振りかざしてしまっていたエイミーさんの姿勢についてです。

普段クラスメイトと接する時までエイミーさんの普通を変える必要はありません。同じ特級クラスの生徒同士、楽に接してくれていいんです」

「わ、わかったわ……」


 同年代かつ同性であるルミナの微笑みに、エイミーの表情は少し柔らかくなった。

 ルミナが握ってきた手も振り払うなんてこともせず、安心するように握り返している。


「きっと誰かに気付かせてもらわないと、気付くのは難しいのかもしれません。肩書きや権力を持った人間には誰にでも起こりえる事なんです。たとえば私が急に公爵家の名前を出しながら、道を開けなさい、なんて事をし始めたらきっと変な目で見られてしまいますけど……私自身はその目に気付けないのかも」

「あなたみたいな人がそんなことする所、想像できないから個人的には気になるわ……」

「ふふ、万が一、私がそんな間違えをした時はエイミーさんにしてくれたようにカナタが言ってくれるかもしれませんね」

「きっと、遠慮無く言ってくるに違いないわね……ねぇ、エイミーでいいわよ」

「え?」

「楽に……なんでしょ? 堅苦しいじゃない……?」

「では、私もルミナとお呼びください」

「うん……」


 ルミナが歩み寄ったのもあって、ルミナとエイミーの二人が打ち解けるのは早かった。

 渡り廊下を渡って実技用校舎でイーサンの部屋を探す頃には自然に会話も出来るようになっていて、取引を断った時に感じたような溝はない。

 ただのクラスメイト同士の会話といった雰囲気だ。


「あ、そうだ……ねぇカナタ、さっきのどういう意味なの……? 話を通すところまでって……」

「エイミーさんも知っての通り……」

「あなたもエイミーでいいわ……まずは、ここから、始めたいの。聖女様って呼べだなんてあなたに偉そうに言ってたところから、さ……変えてみようと思うの」

「わかりました、では学院にいる時はエイミーと呼びますね」

「うん、それでいいわ」


 そんなカナタとエイミーの会話はルミナとほとんど同じやり取りなのだが。

 それを聞いたルミナは浮遊しているエイミーを羨ましそうに見上げた。


(わ、私もカナタに呼び捨てで呼ばれたい……!)


 欲望が少し漏れたかのように、ルミナのエイミーの手を握る力が少し強くなった。

 ルミナの心の中の欲望は当然二人に伝わるはずもなく、ここでは無視するものとする。


「エイミーも知っての通り、イーサン先輩はトラウリヒの違法魔道具によって四年も幻覚を見続けて学院を徘徊するようになっていました」

「ええ、扇動魔道具リーベの術式は自然に解除されることはないから……」

「エイミーが聖女の肩書きを持っている持っていないにかかわらず、トラウリヒに対していい気持ちを持ってない可能性があるということです」

「え、だ、だってそれは……」

「それはわかってます。イーサン先輩だってわかってると思いますが……どうしようもなく嫌になる時っていうのはあります」


 イーサンが違法魔道具によって四年を失ったことは、エイミーに責任があるわけでも、エイミーが悪いわけでもない。そんなことはこの場にいる誰もがわかっている。

 だがこれは理屈ではなく感情の問題だ。

 たとえば、領主に圧政を受けていた平民は領主だけでなく支配階級全てを恨むことだってあるだろう。

 違法魔道具を調査していたイーサンが、その違法魔道具の出所であるトラウリヒに対して良くない感情を抱き、その感情を優先したのならエイミーは門前払いされる可能性だってある。


「これはイーサン先輩に限ったことではないです。そうなったら話すのは難しいですね」

「そう、でもそうよね……。なんとなく、気持ちはわかるわ」


 エイミーはぎゅっと目を閉じる。


「聖女の頼みなら当たり前に通ると思っていた私は、本当に甘かったのね……」




 少し歩いて、実技用校舎の一室……イーサンの研究室に到着する。

 イーサンが徘徊している間、寝泊まりのために残されていた部屋だ。

 中からは何か忙しなく動いている気配が聞こえてくる。

 カナタがノックすると、扉がほんの少しだけ開く。


「どちら様かな、ここは遊び半分で来るところでは……」

「カナタです、イーサン先輩」

「カナタか! よく来てくれた!」


 警戒しながら扉を開けたイーサンはカナタの姿を見た途端にその警戒を解いた。

 歓迎の意を込めてイーサンが腕を広げると、カナタもまた腕を広げて、互いに軽く抱き締め返す。身長差がありすぎてカナタが小柄に見えるほどだ。


「昨日の今日で来てしまってすいません」

「何を言っているんだ。カナタならどんな時でも歓迎するさ……それで、そちらのお嬢さん達は? カナタの友人か?」

「こちらは主人のルミナ様です」

「初めまして、アンドレイス家のルミナと申します」

「アンドレイス公爵家の……これはこれは……」


 ルミナが手を差し出すと、イーサンは自然に跪いてルミナの手を取り、手の甲に口づけする仕草を見せた。


「あ、握手のつもりだったのですが……ともかく私はただの付き添いですので、お気になさらず」

「付き添い……? では用があるのはそちらのお嬢さんなのですか?」


 イーサンは意外そうにルミナの隣で浮遊しているエイミーのほうに視線を向ける。


「エイミー・デルフィ・アインホルンよ……」

「デルフィの名……! トラウリヒの聖女……」


 トラウリヒに留学経験があるイーサンはすぐにエイミーが聖女だということに気付いた。

 エイミーはイーサンが気付いた瞬間、どんな反応をするかびくっと肩を震わせたが……イーサンはルミナの時と同じようにエイミーの手を取る。


「トラウリヒはとても美しい国でした。お会い出来て光栄です、聖女殿」

「あ、ありがとう……でも、聖女じゃなくてエイミーでいいわ」

「それでは、エイミー殿と」


 イーサンの対応に安堵したのかエイミーの緊張が少し解ける。

 自己紹介が終わるとイーサンは快く中へと入れてくれた。

 忙しなく動く気配はどうやら掃除中だったらしく、半分片付いていて半分片付いていないといった様子だ。

 テーブルと椅子は確保されているが、部屋の隅にあるもう一つの机の上には何かの紙やら残骸が置かれている。

 エイミーは早速、イーサンに本題を話した。

 他の魔道具の話は伏せて、イーサンを四年徘徊させることになった違法魔道具……扇動魔道具リーベの話を。


「まさか盗まれたものだったとは……すまない、そうとは知らずに余計な研究をしてしまった」

「な、何を言ってるの、むしろ謝るべきは……」

「いや、魔道具の事故は自己責任です。エイミー殿の謝罪は必要ありません」


 イーサンにきっぱりと言われて、エイミーは口をつむぐ。

 カナタとルミナは基本的に話には入らない形なのだが、イーサンはばつが悪そうにカナタをちらっと見た。


「カナタの頼みというのもあって協力したいけど……正直、力になれるかどうかは微妙かもしれない」

「というと……?」


 カナタが聞くと、イーサンは部屋を見てくれと言わんばかりに手を広げる。


「見てわかる通り四年も放置してしまった部屋を昨日今日と掃除しているんだけど……どうやら僕が調査していたその魔道具はここにはもうないようなんだ。僕の中にあった術式もカナタが完全に消したから僕自身ももう手掛かりになり得ない」

「そ、そうよね……」


 エイミーは肩を落とす。当然といえば当然だ。

 イーサンという明確な被害者がいて、そんな危険な魔道具が四年もこんな場所に転がっているわけがない。


「恐らく、学院長辺りが回収しているんじゃないだろうか? というより、僕の一件もあるわけだし……学院長はエイミー殿が受けた指令について知っているんじゃないのか?」

「エイミー、学院側にこの話は?」


 エイミーはふるふると首を横に振る。


「い、いえ……手詰まりになるまではと思ってたから……」

「行くのなら僕も付き合おう。僕がいたほうが話が早いはずだ」

「ありがとうございますイーサン先輩」

「カナタの頼みだ、どこまでも協力するとも」

「えっと、程々でお願いします」

「そ、それもどういうことなんだ……?」


 イーサンにカナタとエイミーの間に起きた一連の流れを話すと、納得したように頷いていた。

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