第4話 軍医な殿下から見た聖女さん。(2)

「母国で災害ボランティアすらやったことがないくせに、君に何かできるわけがないだろ」

「なんでそんなことわかるのよ!」

「日本でまともな災害ボランティアをやってれば、手ぶらで来るはずがないからな」


 まともなボランティアなら、物資はすべて持ち込むべきだということは弁えているものである。支援物資はもちろんの事、自分たちの食料や水、トイレ、宿泊に必要な諸々などちゃんと準備しておき、現地に負担をかけないようにすべきものなのだ。


「はぁ?!なによ知ったかぶり!」

「私の母も、日本の出身でな」


 ぐ、と自称聖女が一瞬言葉に詰まった。


「親から話、聞いただけじゃん!」


 この立ち直りの速さと食って掛かる面の皮の厚さだけは、めて良いのかもしれない。


「あちらの育ちだが?」


 私のこの答えに、モーツ大尉があからさまにニヤニヤしていた。


「あのなお嬢ちゃん、この方、あっちでお育ちになってあっちで医者になった人だぜ?」

「はぁ?!」


 モーツ大尉の言葉に一言叫んだ自称聖女は、顔を真っ赤にして口をゆがめた般若はんにゃの形相になっていた。


「けが人の面倒見るのも、殿下ができるんだよ。お嬢ちゃん、無駄足踏んだぜ?」

「……なんなの、あんたら!神罰!!」

『キャンセル』


 自称聖女が全力で叫んで魔力を集めたので、散らしておいた。

 いわゆる聖女の魔法は通常なら妨害されにくいものだが、あいにく、私の母は聖女である。母が教えてくれた魔法は私も使えるし、妨害もできる。


「なにすんの!?あたし聖女なんだけど!」

「八つ当たりするのを見逃す理由はないからな」

「あんたが!あたしの邪魔、してんでしょ!」


 また魔力を集めようとしているので、頭にもう一発落とすついでに、娘の体の表面に魔力遮断しゃだんまくを作っておいた。

 先に空手チョップついでに仕込んでおいた、予備魔法陣もきれいに作動している。これで、この娘が周りに害をなすことはないだろう。


「たとえ我々に援助が必要だとしても、知識もしかるべき準備もない者の出番ではない。下がりなさい」

「知識がないとか、決めつけてんのひどい!」

「事実だろう」


 決めつけも何も、この娘のやってることを見ればわかる話である。

 現代的な知識には欠けるこちらの貴族のご婦人方だって、必要な物資を付けて誰かを派遣してくるのが普通だ。手ぶらで来るのは女神教の阿呆どもくらいである。


「頑張ってんだから、評価しないとだめじゃん!」

「お前に手を出されたら、民が死ぬ。引っ込んでいるのが一番の親切だぞ」


 これでも一応は王族だし、民のことも気にしてはいるのである。

 陸軍に随伴している者たちも、立派にこの国の民だ。この娘に引っ掻き回されたせいで彼らに被害が出たら、たまったもんではない。


「あたし頑張ってんの!」

「無資格の上に知識もない奴は、引っ込んでいろ。そこまで言わなければ判らないか」

「ひどい!」

「頑張れば評価してもらえると思ってる時点で、君は子供だよ。もう一度だけ言う、下がりなさい」

「なんの資格があって言ってんのよ!」

「王族で、医者だが?」

「あっちの医者なら、戦争中でも怪我人助けるべきって知ってんでしょ!」


 さすがにここまで食い下がって喚き散らしていると、周りの兵どもも不穏になり始めている。

 仕方ない。


「おまえは国際人道法のどの部分について話をしてるんだ」


 こうなったら、大勢の前でこの娘の間違いを指摘するしかないか。

 指摘内容を理解する者はいないだろうが、この娘が無知であると周りに理解させられればそれで良い。


「はぁ!?」

「その反応だと、国際人道法なんて聞いたこともないな?」


 この娘は『あちらでは怪我人を助けることになっている』と主張しているが、あちらの紛争地帯での傷病者の救助については、ちゃんとルールがある話だ。

 そしてあちらでも、条約を批准していない国の軍隊にはそのルールを守る義務もない。

 条約など存在しないこちらの軍隊に対しては当然、同じルールは求められない。


 そもそも国際人道法という概念すら、この世界には無いのだ。

 そんな状態では、「敵味方なく非戦闘員の傷病者を保護しろ」と現場で喚いたところで、無視されて終わりだ。


 この娘が本当に何かしたいなら、前線にしゃしゃり出てきて喚くのではなく、後方で女神教の影響力を利用して、枠組みルール作りに奔走ほんそうすべきだろう。

 ……そんな頭があるわけもないか。


「知るわけないじゃん!知識がないからやるなっていうの!?」


 ジュネーブ条約と追加議定書を暗記していろとまでは言わないが、その存在くらいは知ってから喚いてもらいたい。


「無知な奴が手を出していいことではないんだよ」

「ひどい!」

「それしか言えないのか」

「ひどいじゃん!あたしがんばって」


 同じ言葉を繰り返すだけだったので、手を伸ばして雑に口をふさいでみた。


「あっちのルールを押し付けたいなら、最低限の知識くらい持て」


 顔を真っ赤にしているが、もはや容赦する必要はないだろう。


「必要な知識すら持ってないなら、おまえの主張はただのわがままだ」


 そもそも国際人道法を知ってたら、民間人を軍隊に随伴ずいはんさせるなとまず言ってくるはずだけどな。


 あちらで下手に民間人を随伴ずいはんさせた場合、軍が民間人を『肉の盾』にしていると責められることもある。そんな基本的な事すら分かっていないんだから、最低限の知識すら無い、と判断していいだろう。


「なによ、えっらそうに!」


 手を放してやると、足をどすどすと踏み鳴らして、顔を真っ赤にして怒鳴った。


「私は偉い人だからな。軍曹、この娘を保護してやってくれ。そうだな、どこか暗くて静かな場所がいい」


 人道的援助に必要な知識すら持たないのだから、この娘が主張する「けが人を助けたい」は単なる口実と判断できる。本気でやる気があるなら、最低限の知識くらいは備えているはずだし、相応の準備をしてくるものだろう。

 その準備すら怠り、こちらでは概念すら一般的ではない人道的援助を口実に軍に近づいて、一時的とはいえ軍の行動を妨害したのだから、これは敵対行動または妨害工作と判断されておかしくない。


 とりあえず、捕獲しておく理由はできた。


 本当は追い払いたいところだが、ここで帰れと言っても押し問答になるだけだろう。そして、私もそんなものに付き合っていられる時間はさほどない。

 それに素直に帰りもしないだろうから、居座ろうとする彼らがこれからの戦闘に巻き込まれるのは目に見えている。

 捕獲して閉じ込めておくほうが、誰にとっても安全だ。


「了解であります」

「なにすんのよ!!」

「お付きの者たちは一人ずつ分けて収容し、沈黙を保たせろ。それぞれ名前を控え、収容した日と場所は記録に残せ」


 名目上は妨害工作の疑いで捕らえるわけだし、捕虜と同じ扱いをしておく必要がある。


「かしこまりました」


 叫ぶ娘と女神官が連れ去られていき、あとには肩をすくめたモーツ大尉が残った。


「相変わらず、お優しいこって」

「そりゃ、私のことか?」

「それ以外に誰がいるってぇんです?あの娘、問答無用で不敬罪で捕縛する事だってできたでしょうに」


 それなのに会話して解説してやるなんて親切ですな、と苦笑気味に言うモーツ大尉の肩を強めに叩いて、持ち場に戻ることにした。

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異世界聖女は問題児 中崎実 @M_Nakazaki

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