第3話 軍医な殿下から見た聖女さん。(1)

 女神教の『聖女』が押し掛けてきたと聞いて、頭が痛くなった。


「……私が出る」

「しかし殿下」

「君たちは通常業務を進めておいてくれ。バカ聖女をたたき返すなら、相応の地位が必要だ」


 溜息ためいきしか出てこない。


 この世界で幅を利かせる宗教の一つに、女神教というやつがある。

 どういう宗教かといえば、一言でいうとクソだ。


 『女神のいとし子たる人間が苦難に陥った時は、女神が解決策を授けてくださる』という教えのもと、何かといえば召喚術を使う。召喚といえば聞こえはいいが、よその世界から物を盗んできたり人をさらってきたりするわけで、まあぶっちゃけた話、盗賊集団と変わらない。

 彼ら自身にはもちろん、盗みや誘拐をしている自覚はないが。


「視察に来た『聖女』が、炊き出しをしたいと言い始めたわけか」


 聖女に対応している兵站部隊の中隊長の名を聞いて、慌てる必要はないと判断した私は、報告にやってきた軍曹にそう尋ねた。


「は。戦場で傷ついたものを助けるためにお越しになったとのことですが、そこで怪我人の様子に心を痛められ、彼らに食べ物を振舞うべきとおっしゃられたと」

「なのに、物資も持たずに来たと」


 やる気のなさしか感じられないじゃないか?


「は。そのご様子です」


 長年を陸軍で過ごした軍曹らしい、いかにもいかつい顔には表情らしい表情はなく、声も平板だったが、だからこそ軍曹が歓迎していないことは良く伝わってきた。


「追い返す。軍曹、君もついてきてくれ」


 面倒な奴が来た、というのが正直な感想だった。

 この戦闘区域で戦闘が始まる前で良かった、とでも思っておくしかないだろう。キャンキャンわめくだけの連中は、戦端が開かれたらパニックし、指示を無視して動き回り、何かと足を引っ張ることになる。


 そしてモーツ大尉に向かってヒステリックにわめいている小娘を見つけ、頭をひっぱたいた。

 日本でこれをやったら問題になるが、ここは父の出身世界。かつ、ここでの私は王族である。乱暴なのは認めるが、やっても問題にはされない。


「……なにすんのよ!」


 喚いたのは、十代後半といった年齢の、髪の色を抜いているアジア人の娘だった。


「聖女気取りのクソガキをしつけに来た。対応させてすまんな、モーツ大尉」

「殿下、忙しいはずでしょう。こんなもん、俺らが対処しますって」


 女神教の聖女サマを『こんなもん』扱いとは、さらりと辛辣しんらつなことを言うモーツ大尉である。


「なあに、戦闘開始前だから軍医なんて暇なもんさ。今のところ、部下で間に合ってる」


 多少の小競り合いはあったが、本格的な衝突前の小手調べ程度のものだ。

 軍の負傷者はほとんどいないから、私たち衛生部隊はまだ忙しくなっていない。


「中佐が嘆きますぜ?」

「嘆く暇があるなら、もうちょっと仕事させてもいいな」

「鬼ですかい」


 そして私に対しても割と遠慮がない。


 とにかく見下されがちな兵站部隊を指揮して、横柄な戦闘部隊の将校どもに文句を言わせないだけのことはある。図太い性格と戦闘部隊の将兵を黙らせる腕っぷしがあればこそ、モーツ大尉は戦闘部隊脳筋どもから対等に扱われている。


「ちょっと!なに無視してんのよ!!」


 そこでまた喚いた小娘の頭に、空手チョップを落とす。

 頭を抱えてうめく小娘を見て、女神教の女神官が私に詰め寄ろうとしたが、私の護衛が女神官を抑えつけた。


「戦場に邪魔をしに来た自覚もないか」


 私としては、これ以上に言うことはない。


「邪魔しに来たって、そんなわけないでしょ!」

「無自覚なバカか、始末が悪い」


 何の準備もせず、ただ災害が──戦争も人災と分類される災害である──起きたところに突っ込んでいき、何かできるふりをしてヒーローごっこしたがる迷惑な人間は、母の祖国にいたときにも目にしていた。


 災害ボランティアと称して現地に入り込んで、被災者のために用意した食料を食い散らかし、被災者のための避難所の片隅に陣取って、邪魔するだけでクソの役にも立たない連中というのは、母の祖国でも災害のたびに問題視されていた。

 このバカ娘がやっていることは、何も用意せずに被災地に押しかけて迷惑だけかけていく、あいつらボランティアと同じである。


「私たちの世界じゃ、けが人は保護することになってんのよ!」

「ほほう?物資も持たずに?」

「だから、それはあんたたちが出せばいいでしょ!」

「一つ聞くが、君は何という国から来た」

「日本よ!知らないでしょうけど!!すっごく平和でいい国なんだから、真似すればいいのよ!!!」


 阿呆あほうである。

 もう一発、空手チョップを落としておこう。

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